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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第2章
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助けを求める声 2

 「暁 和」と書いて「あかつき まどか」と読む。


 漢字だと極端に短いけど、仮名をふると長くなる名前を実は気に入っている。

 純正の日本人でありながら瞳の色が淡い灰色という変わった特徴のせいで、小さい頃から色違いの私は仲間外れにされてきた。人は見た目にとことん弱く、そしてバカみたいに振り回されやすい。パッと見た時の印象がほぼ総てとなり、私の身なりは「可愛い」とは程遠いせいもあって、大人にさえも嫌われてしまう傾向にある。同年代の友達なんて、一人しかできなかった。ま、ひとりいれば十分だけど。

 それに、嫌われてしまうのはたぶん、見た目だけのせいばかりじゃない。私には、人が視えないものが視える。聞こえないものが聞こえ、知らなくても良いことを知ってしまう。だから皆、無意識に私を避けてしまうのだろう。正しい距離を取らなければ、私みたいな子供に私生活はおろか誰にも言えないような秘密まで気付かれてしまうのだから、大人には堪らないよね。そんな厄介なやつは、きっと居ない方が良い。


 鋭いのは、目付きと感性と言葉。怪我しなくなかったら、近寄るべからず。放っておくのが正解。取扱説明書なんてものは、ない。


 大抵のことなら触れるだけでほぼわかる。膨大の情報を吸い上げた途端に、脳裏では映像化が始まってビジョンが何かを訴えてくる。それをどう解釈するかっていう能力は、別物。生憎、まだ十五歳の私には年相応の感受性と判断力しかないので、せっかくの才能も生かし切れずにいた。数か月前までは―――。


 こんなすごい能力は神様のギフトでしょ? って、簡単に言うだろう。


 私も同じ立場なら言っちゃうかもしれないけど、誰が好き好んで他人の問題にこっちから首を突っ込みたいと思う?


 よく考えたらわかると思う。


 誰にも知られたくない秘密まで、私の能力にかかれば全部丸見えだなんて。でもそんなこと、誰にも打ち明けてなんかないけどさ。もしもバレたら、速攻追い払われちゃうんじゃないかな。それぐらい、厄介な能力でもある。

 どんな才能も使い方を間違えたら、とんでもない人生に転落することは間違いないと思うから、これまでもこれからも、誰にも言うつもりなんてない。


 たまたま偶然知ってしまった他人の秘密だって、視なかったことにしている。思い出したくもないし、興味ないし。脅しのネタとして使おうものなら、私が犯罪者にされちゃう。そんなヘマはしないけど。


 って言っても、もっと小さかった頃はいっぱい失敗もした。手痛い目にも遭ってる。一番キツかったのは、私の発言でもしかしたら人間一人をこの世から消したかもしれないっていう出来事。関わった人が他にいないおかげで、誰にも知られていないけど。私だけは忘れてはいけないと思っている。


 中学に上がる時、家庭の事情で生まれ育った街を離れ、もっと大きな街に移り住んでからの私は、生まれ変わったつもりで大人しい子の皮を被りながら静かに暮らしていたんだけど、ひょんなことから凄い助っ人になってくれた相棒がいた。その名も「ビョンデット」っていう外国人のゴーストなんだけど、彼はとにかく礼儀正しくて退屈な真面目君。年齢不詳だし自分のことは全く語ろうとしないミステリアスな指導教官だ。

 

「ビョン、ありがとう。助かったぁ」


 いつものように誰もいない空間に向かってお礼を告げた。


「先ほどの女性が残した思念から、あの囚われている少女の顔をピックアップします」


 そう言って私の目の前に突然現れた少女の顔には、見覚えどころか懐かしさで胸が熱くなった。


「佐伯美貴だ!」


 美貴の母親は確か。幼いころに病気で亡くなっていて、その後割と早く継母がやって来たんじゃなかったか? 


 ということは、さっきの女性はおそらく美貴の産みの母親ということだろうか―――。


「美貴は自殺したいと思うぐらい悩んでるの?」


「状況から見て、そのようです」


 ビョンデットは声だけで私の問いに答えてくれる。


「自殺を止めさせろってことね?」


 私は携帯電話を持ち上げてアドレス帳を開いた。故郷の親友は佐伯美貴以外にいない私にとって、その電話番号は永遠に不滅のものだった。懐かしい気持ちで指先でなぞりつつ、まだ深夜二時だと気付いてどうしようか迷ってしまう。


「もう手遅れかもしれません」


 突然、頼もしい相棒が物騒なことを言った。


 ―――露骨に不安にさせるんじゃねぇよ。


 言えない言葉を飲み込んで、言葉を選ぶ。


「どういう意味?」


「まだ彼女は死んでませんが、落ちるのは時間の問題かと」


 憤慨と焦燥で息を吸い込んで思い切り吐き出そうとしたが、つっかえて咳き込んだ。気管支のほうに唾が入ったのか、やたらと苦しくて咳が止まらない。


「落ち着いて、まどか」


「お、…ゲッホ……おちつてらゲッホ、れっかよ!! ゲッホゲッホ………」


「先ほどの黄色い目の悪霊は、そこらにいる低級霊とは格が違いました。あれはかなり強い霊です」


「お前より強いの?」


「それはわかりません」


 ―――わかんねぇじゃねぇよ。


 そう言いそうになってまた言葉を飲み下した。ビョンデットは私の口の利き方が雑になると、しばらく音信不通になることがこれまで二度も経験している。そのため、言葉遣いには細心の注意が必要なのだ。面倒臭いったらないが、世の中全般に通用するマナーだからと説教され指導を受けて間もない。


「あのヤバいゴーストの正体、調べてきてくれない?」


「あなたの望みならば」


 そう言い残すと、ビョンデットはどこかへ飛んで行った。


 本当の本当の一人きりになって、私は佐伯美貴との思い出のアルバムを広げた。


 彼女には生まれたばかりの妹がいた。まるでお母さんのように赤ん坊の妹を抱き、カナリヤのような美声でゆりかごの歌をうたって寝かしつけたのを見た時は、母親とは偉いものだと感動すら覚えたものだ。おむつを替え、どろどろした離乳食とやらを食べさせ、ミルクを飲ませて寝落ちするまで腕の中に抱いて、いっそ赤ん坊になりたいとさえ思わせられた日のことを思い出す。

 女らしい柔らかな物腰の美しい少女。それが美貴の印象だ。


 彼女が困ったことになっているなら、是が非でも助けたい。


 取りあえず、夜明けまでまだ時間があるから今は寝て、明日の大事な予定を消化してしまおうじゃないか。


 私はベッドに戻って目を閉じた。


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