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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第5章
25/41

深淵を覗くとき 6

*


 病院の中に入れて貰ったまでは良いが、そこから先が長かった。さっきからもう一時間近く待たされているのに、瀬良さんは病棟に上がったきり戻って来ない。

 病院だから怪我人や病人や面会に来ている人々が往来し、土曜日で診察のない日でも人は結構いる。売店の近くの椅子に陵平と二人並んで座って時が経つのを見つめていた。


 と、思ったら。

 

 船を漕ぐ陵平の長い首を見て、私の目もショボショボと緩い乾きを覚えていることに気付いた。さっき買った缶ジュースはすでに空っぽで、非常用に持っていたカロリーメイトも半分こして食べてしまったから、手持ち無沙汰だ。暇つぶしと言ったら陵平の寝顔を見るぐらいなもので、ついため息を零しては陵平の長い睫毛を見つめた。

 寝息は新鮮なものだ。背は高いが、まだ小学生の子供のような顔付きの陵平を見ていると同じ年とは思えなくなってくるから不思議だ。


 周囲のざわめきの中に知っている人は誰もいない。私が住んでた場所はこの中央部から北東部に位置する開発が始まったばかりの住宅地だった。知り合いに一人ぐらい合っても良い筈と思いながらも、誰も知らない。


 懐かしいって思いながらも、子供にとっての古郷とはそうしたものなのだろう。行き交う人々を無心に観察していると、突然声が降ってきて驚いた。


「ごめんなさい。すっかり待たせちゃったわね」


 いつの間にかそばに来ていた瀬良刑事が申し訳なさそうに謝っている。


「それで、美貴は?」


「本当に目覚めたのよ。事情を聴いてたらこんな時間になってしまったの」


 腕時計を指先でトントンと叩いた。


「このタイミングで悪いニュースが飛び込んできて。美貴さんのご両親二人とも、正午になる直前に息を引き取ったのよ」


「え?」


 瀬良さんがしゃべり続けているというのに、私は呆然として音が遠ざかった。荒れ地の中にぽつんと一軒だけ立っている物置小屋みたいな場所でひとり親の帰りを待つ狼の子供のような気持ちになった。


 ―――狩りに出かけた両親が共倒れて、残された子狼は生き延びることが出来るのか?


 ましてや美貴の下には、二人の小さな妹がいるというのに。

 お母さんを失った子がまた二人増えてしまった。

 お父さんを失った子も同時に三人……。


 親を亡くした子供にとって、生き延びることは想像する以上に大変なことでもある。


 冷たい水が足首から下を冷やしているような、そんな寒さを覚えた。

 

「……気の毒過ぎるよ。

だけど、この事件は美貴の家族全員があの夜死んでてもおかしくなかった。

幸いにも子供達だけは生き残れている。


そんな彼女たちのためにも、ちゃんと真実を明らかにして亡くなった両親を弔ってあげないといけないって思います」


 真実は時に残酷だったりもするけれど、悪魔が絡んでいる以上私がそれを調べる必要はあると思う。また、誰かが罪悪感を抱えてしまうのは頂けない。せっかく美貴が自分を許し身体に戻って目を覚ましたんだ。

 最後まで出来る限りの協力はやめたりしない。


「真実って言うけど、どうやって明らかにするの?」


 警察側の情報をひとつも教えてくれない瀬良さんを責めてもしょうがない。現場に行けばなにがどうなったのか、また新しい発見があるかもしれないしそれに。


 ―――黒い影の招待は悪魔だけじゃない。


 この前、美貴の家に入った時に見た黒シルエットの幽霊は誰だったのか。


 悪魔に獲り憑かれていたのは、美貴だけじゃなかった気がしてならない。


「佐伯宅に行きます。どうしても気になることがあるから」


 瀬良刑事は考え込んだ。そして十数秒ほど間を置いてから、やっと口を開いた。


「ちょっと待って。

美貴さんの話では、お父さんは出張中で居ない筈だったの。でも、実際は夫婦の寝室で絞殺されていたわ。彼を殺したのは間違いなく継母の詩織さんよ。

 こうした家族間で起きた事件は通常表には出ないわ。


 まだ小さなお嬢ちゃんに、両親同士の間で殺人事件が起きたなんて真実をわざわざ知らせる必要がある? 残酷じゃない? 」


 瀬良さんの言わんとしていることは何となくわかるけど、いつか小さな妹たちが成長したときに母親が父親を殺したという事実だけを知った時の衝撃と嘆きを想像したら、真実はひとつで良いと思う。

 関わる人の数だけ主観が入るため、真実はいくつかの顔を持つ。警察は客観的証拠と関係者の背景をざっくり調べたらあとは調書に記入してファイリングするだけで、遺族に説明や後遺症の世話までするなんて考えにくい。


 ひとつの事件にかける時間も労力も限られているのだ。警察は他にも事件を抱えているし、瀬良刑事の立場で調べられることはもうとっくに調べている筈だろう。


 ―――この事件はなぜ起きたか。誰が起こしたのか。それが問題だ。


「警察はもう、これ以上調べる気なんかないでしょう? 加害者も被害者も家族で、二人共死んじゃったんだから」


「……そうね」


「後味が悪過ぎるとね、十年後とかにはどれだけ腐った味になってると思う?」


 瀬良さんは大きな目で私を見つめていた。


「この事件を引き起こしたのは、この世の者じゃない。私は真実を見つける。ちゃんと終わらせらないといけないと思うから」


 私は瀬良さんの背中側に炎に飲まれていくリビングの風景を観ていた。



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