深淵を除くとき 5
目を閉じて祈るのはいつもと同じ。
違うのは、内側から溢れ出ようとする得体のしれない力を信じて解放することだけ。
美貴が解き放った闇を切り裂く光の矢が、私の体から飛び出した。闇を振り払うように動き回った光の矢は、美貴を捉えると光で包み始めた。
「大丈夫。私が戻してあげる」
苦悶の表情を浮かべていた美貴が少しずつ穏やかな顔に変わっていく。
「どんな顔して戻れるって言うの?」
「誰も美貴に罪があるなんて思ってないんだよ。そう思ってるのは美貴だけだ。
自分を許せばいい。それだけで一気に楽になる」
美貴は時々吠える犬のように口を開けて、この世の者ではない咆哮を上げた。美貴の魂に獲り憑いた悪魔が私の光に焼かれているのだ。
―――もう一押しだ。
私は美貴の顔に近付いた。震えながら押し開かれた瞳は澄んだ色をしていた。硫黄の匂いも肉が焼けるような匂いも消えている。
清めた霊体を肉体に戻すために、今度はお呪いを唱え始めた。
「美貴って名前にどんな希望を詰め込んだのか、ちゃんと感じたことはある?」
「……私の名前?」
幼い少女のあどけない顔が、瞳が、私に向いて真っすぐに向き合った。
「美しく誇り高く生きろって、私には見えるけどな」
「……美しく誇り高く……」
私は美貴の手を掴んだ。ほんのりと体温のような熱を感じる。
―――あと、少しだ。
「お前が絶望してあの廃墟で悪魔に獲り憑かれた時から、美貴のお母さんはずっと心配してお前を守ってたんだ。真夜中に助けを求めに私のところに現れた。
大事な娘だから、愛してるから、助けを求めてきたんだろ?
お前のことを憎んだり許せないと思っていたら、そんなことしないさ。
ちゃんと見て。
お母さんの愛情を感じて。
美貴をどれほど愛してるか信じてあげて」
「お母さん……」
美貴の頬には沢山のキラキラと宝石のように輝く涙が滑り落ちていた。
自分の命が愛されていると感じた時、人は自ら輝き始める。
長い睫毛を上げると、そこには燦然と輝く力強い瞳があった。
―――やった。悪魔祓い成功だ。
「さてと、もう大丈夫。今すぐ身体にお帰り。そばにいるから」
美貴の頭上に光が差し始め、穏やかな表情には微笑みが咲いた。
「そのまま出ておいで。もっと私と未来の話をしよう」
美貴はゆっくりと頷いた。
私は目を開けた。いつの間にかまた陵平が私の体を支えて立っていてくれていた。見上げてすぐに報告すると、陵平も笑顔で喜んでくれた。
「うまくいって良かった」
陵平は私を見下ろしながら微笑んだ。
「暁さん?」
突然背後から女の人の声が掛かり私と陵平が振り向くと、今しがた駐車したばかりの車から女性が降りているところだった。灰色の車両から、灰色のスーツをビシッと決めたその人は、先日ファミレスで話をした瀬良刑事だった。
「こんにちは。刑事さん」
「こんにちは。また来てくれたのね。遠いのに、ご苦労様」
「美貴は親友なので」
「佐伯さんも嬉しいわね。大変な時にこそ駆け付けてくれる友達は真の心友よ。あなたの優しさが彼女を救ってくれることを願うわ」
瀬良刑事は気の毒そうにそう言った。
「ねぇ、ところで。どうなの? あれからまた何か新しい発見はあった?」
「たった今、美貴の霊魂とコンタクト取れたところです」
驚きつつも笑顔で「すごいじゃないのぉ」と素っ頓狂な声を上げられた。
「この人は?」と、陵平が私に視線だけで聞いてきたから、やっと紹介する。
「この人は瀬良さんっていう刑事さん。美貴の家で起きたことを調べてるんだよ。事件性があるかないかとかね」
「どうも、初めまして。お、俺はまどかのクラスメイトの原西 陵平って言います」
陵平は見かけ茶髪っぽい髪をなびかせる不良少年なくせに、やけに真面目な挨拶をした。人を見た目で判断してはいけないというのに、少し意外な一面だった。
「そっかぁ。トモダチが一緒なのね」
瀬良さんは深読みしたかのような笑みを浮かべた。当たらずしも遠からずだし、面倒だから説明はしないで置こう。
「そんなことよりも、瀬良さん。もう美貴は目覚めると思いますよ」
私は自身満々に伝えた。




