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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第4章
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心霊探求 5

 地鳴りのような振動が周辺から迫ってくる。

 私が居るこの場所を中心に、その波動は襲ってきた。

 まるで固い何か全身を叩かれたような衝撃を感じた途端、私だけが瞬間移動をした。


 暗い中に白い光の帯が差し込んでいる。

 舞い上がる埃。

 濃度の高い陰鬱な気。


 冷たいコンクリートのうちっぱなしの廊下の真ん中に私はいた。

 廃墟となった集合住宅のエントランスホールのようだ。


「…うわ…マジで……」


 私は驚きと恐怖で、全身にものすごい鳥肌が立っていた。


 カツン……カツン……どこからか足音が聞え始める。


 建物全体に反響してくるその音はまだかなり遠い感じがする。でも、それは確実にこちらに迫って来るようだ。私にはわかる。


 人ならざる者がいる。


 ―――そんなものは珍しくとも何ともない!


 怖気づくな。美貴がいるんだ。

 会いに行って、自分に体に戻るように説得するんだ。


 両手を見つめ、自分にお呪いの言葉を言い聞かせることにした。


「私はここにいる……」


 私はここにいる。

 ここにいる。

 ここにいる。


 覚悟を決めてここへ来た。


 美貴に会うために来た。


 美貴に会えたら、それで良い。

 用があるのは美貴だけだ。


 悪魔になんて用はない。

 悪魔の話なんて聞かない。


 悪魔は相手にしない。

 悪魔はいない。

 悪魔なんていない。


 生まれたての小鹿のようにガクガクと震える脚を叩いた。

 不規則な足音が聞こえてくる方へと、一歩目を踏み出そうと気合を入れて片足を持ち上げる。動いた途端に舞い上がる埃で、ゲホゲホと咳が出た。


 念のため、出入口に目をやると完全に封鎖されており、内側からベニヤ板が打ち付けられている。愚連隊がたまり場にしないために封鎖したのだろう。それでも、落書きらしきものが至るところに書かれているのを見る限り、きっと出入口はあるに違いない。いざという時のために、出口を探そうと体の向きを変えた。


 カン!!


 ッコロコロコロコロ…………


 突然の物音に飛び上がってしまう。


「誰だ!!」と、思わず叫んでいた。


 そう広くはないエントランスに自分の声が響き渡る。


 シ―――ンと、静まり帰るだけで誰も返事をしない。


「ったく、脅かしやがって」と文句を言うと、急に風が動き出した。


 黒い影が、気配が、動いた気がした。

 焦げ臭いような、硫黄の匂いが鼻につく。

 

 咄嗟にビョンデットに以前教えてもらった印を切った。魔が私に入るのを防ぐ簡単なものだ。


 ビリリと静電気のような感触が走る。

 目に見えない何かが、私の体の表面にぶつかった気がした。


 両手を広げパンっと乾いた音を立てる。

 

 ピシッ、バシッ、っとあちこちから聞こえ始め、獣のような気配を感じる場所に目星をつけた。


「下がれ!!」と、大声で怒鳴りつけると向こうも警戒したように手を出しては来なくなる。


 この異様な空気に飲まれず、強気で対処するしかない。


 自分の声と異常な事態に脳が興奮したのか、自分とは思えない程気が漲っている感覚がしている。


「指一本でも触れてみろ!後悔するぞ!!」


 それは気休めではない。ビョンデット曰く、私の能力が覚醒すれば大抵の黒い影は一瞬で浄化できるという。覚醒すれば、の話だが……。


「ここはお前のような子供が来る場所ではない」と、はっきりとした声が聞こえた。


 振り向くと左側の角から顔だけを覗かせる怪しいおっさんが蛇のような目を向けて立っている。


「とっとと立ち去れ」と、また偉そうに命令された。


「私をここに召喚したのは、どいつだ?」


 私は身構えながら質問した。


「……それは、我らではない」


 男は黒いマネキンのような姿になって、その燃えるような赤い目を輝かせた。

 目を見てはいけない気がした私は、黒いヤツの胸の辺りを睨みつけた。


「おまえらじゃないっていうなら、誰がこんなことを?」


 私がそう言うと、突然閃光が襲った。


 あまりに突然の眩さに目がくらむ。

 閉じた瞼越しにはっきりと見えてきたのは、見覚えのある女性の顔だった。

 

「あなたは、美貴のお母さん?」


 白光する女性は、悲しそうな目を私に向けると謝ってきた。


「私が呼びました。乱暴なやり方でごめんなさい」


 彼女は優しい声で訴える。


「あの子は自らを許せず、その身が滅ぶことを願ったのです。あの子をこんな酷い場所から連れ出してあげて。あなたの声ならあの子に届くはずだから!」


 美貴の母親はそう言うと急激に小さくなった。それはまるで、燃え尽きる花火のような儚さだ。


「待って!なぜ、あなたが迎えに行ってあげないの?」


「私もまた、自分を許せないから……あの子の前には行けない……」


 そう言いながら、白い炎は完全に消えた。

 見渡してみると、黒い悪魔らしきマネキンも消えていた。


 私は一人になって、我に返った。

 こうしてはいられない。


 四階建てのコンクリートの階段を昇っていく途中、壁にはありとあらゆるいたずら書きがびっしりと書いてあった。まるで三流美術館のように、色とりどりのスプレーペンキで描かれた絵とも字とも言えそうな文字が何を意味しているのか読み解く余裕さえもない。そこらじゅうに使用済みスプレー缶が散らかっていて、ついにそのひとつを蹴ってしまった日には果てしなく転がり落ちていく缶の音が神経を逆なでした。

 

 埃っぽい空間で息を切らして走るのはあまりいいものではないが、私には時間がない気がしていた。


 よく考えたら、あんな一瞬で私だけが瞬間移動するなんて、物理的には不可能だ。

 私はきっと幽体離脱をしている状態なのだ。

 長い時間、肉体を離れるのは危険なことぐらい想像がつく。


 それに何よりも本能的に急がねばならない気がして、どうにもならない焦燥感が突き上げてくる。


 一気に最上階まで上り、屋上に抜けるドアを探したが見つからない。

 私は手短な部屋のドアを開けて飛び込んだ。


 視たことがある風景が広がっていた。


 草原の中でシロツメクサを摘む三歳の女の子が座っている。

 小さな手の中に何本ものシロツメクサが握られている。


 少女はキョロキョロと周辺を見回す。でも、私には全く気付いていない様子だ。


「美貴」


 私が声をかけても、ダメだ。


「どこにいるの?」


 私は幻覚の少女を抱き上げようと手を伸ばしながら駆け寄った。

 すると幻はうっすらと消え始めた。


「どこなの?」


 私は一度座り込んだ姿勢で周囲を見渡してみたが、まだ幻覚の中にいるようだ。


「美貴ぃぃぃ」


 部屋が壊れるほどの大声を張り上げてみた。すると、先ほどの黒いマネキンがいつの間にか壁にもたれているのに気付いた。


「静かに」


 黒いマネキンが女の声で言った。



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