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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第4章
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心霊探求 4


 炎が立ち上る。


 部屋の壁という壁にまるで蛇のような火が勢い良く登って行く光景。

 天井を焦がし、こたつや食器棚が燃え上っている中、台所で何かが動いた。

 私はそれを追うように幼い陵平から身を乗り出して意識を台所へ移動させてゆく。

 部屋の奥へと進み、遮る壁の向こうにすり抜けたとき、赤い目の黒い奴がこちらに気付いた。


 でも、次の瞬間。


 突然後ろに強い力で引っ張られた。




「大丈夫か?」


 焦った表情で陵平が私を覗き込んでいた。

 倒れた私は抱きかかえられた格好で陵平を見上げた。


「黒い人影見なかったか?」


「は?」


「お前、あの時見たんじゃないのか? ”あれ”を」


 私の問いにキョトンとする陵平は、”あれ”が何なのかわかっていない様子だ。


「火事だよ。火事の時に台所に居ただろ?」

「火事のとき? って……え………えぇ?」


 驚くことなのだろうが、この反応はもう慣れたものとはいえ、今は物凄く邪魔で苛立った。


「お前の火事の家の中を視たんだよ! そこに居たヤツがキーマンだ」


 私は驚く陵平の腕の中から自力で立ち上がり、今度は彼を見下ろした。


「あの黒い奴。火事現場ならどこにでもいるようだな」


「ちょっと、待って!

お前が変わったヤツだとは知ってたけど、何がどうなってるのか説明してくれ! 

視たっていうのは、何をだ?

俺の記憶を、過去を視たとか……?」


「……そういうことだ」


 陵平は信じられないものを見るような目で私を注目した。


「あ……あの……確かめても良い?」


 陵平は今まで見せたことがない怯えた様子だった。声が震えている。


「俺の爺ちゃんの家を視てきたんなら、何があった?」


「黒電話、ピンク電話、柱時計、数珠みたいなのれん、阪神タイガースの帽子、白ビキニの女のポスター、ビールケースが二段玄関に積んであって、耳が欠けた狸のでかい置物があったかな……」


 私は目に入ったものを全て列挙した。陵平は両手で自分を頬をしっかりと掴んで、唖然としている。


「…う……嘘みたいだ……」


「わかったろ? 私はこういう奴なのさ」


 吐き捨てるように言ったのは、嫌われたと感じるのが嫌だからだ。

 小さい頃、透視したまま言うと大抵の奴は面白がった挙句、最後は嫌って去っていった―――。


「ショック状態なところ悪いけど、廃墟に用があるから行ってくる。お前どうする?」


「廃墟? なんでそんなところに?」


 陵平は目を剥いて驚いた。


「陽が高いうちに行動しなくちゃ意味がないんだよ。説明は後」


「ちょっとぐらい何か言ってくれたって良いじゃん!」


 陵平は気分が悪そうな顔になったが、私は一笑して無視した。

 この前来た時とは別のルートを行ってみることに決めていたから、早速そちらに向いて歩き出す。

 甘い稲穂のような草の香がする錆びれたアスファルトの細道を進むと、突然勾配のきつい坂道に差し掛かる。擦り減って消えかけている止まれのオレンジの線を踏んで、人っ気のないその坂を上り始めた。背の高い陵平は私を追い越さないように加減しながら、長い脚で大股に歩いていた。ずっと無言だけどずっと視線を注いでくる。ふとそちらを向くと、悩まし気な横顔を見上げる格好になった。


「……遠いのか?」


 こちらを視ずに問われ、「すぐそこさ」と答える。たかだか数分の道のりだというのに、登るたびに足に鉛が乗せられていくような重さを感じる。


 前回は西日がよく当たる角度から近付いたけれど、思ったより移動外距離は長かった。事前に地図で確認したところ、今日のルートの方が短い距離で廃墟に近付けるし、何より入口が北東向きのため裏手から迂回する手間が省けている。鬼門とも言われる北東方向からの潜入はゲン担ぎする者から見れば、あり得ない選択肢だろう。私はあまり気にしない。


 携帯電話の時計は午後十三時を過ぎたところだ。


 すっかり錆びた通行止めの金属ポールを乗り越えて、私達は黙々と歩き続けた。陽が高いので全体的に明るいのはありがたい。それでも、あの廃墟に近付く度に体感温度が下がって行くような感覚になる。


 振り向くと、いつの間にか背後に後退していた陵平が不安そうな顔をして立ち尽くしていた。


「……気のせいかな。なんか、体が重いんだけど」


「気のせいじゃないさ。ここはそういう場所だから」


「えぇ?」と、露骨に困惑した。


「お前ら仲間同士でつるんで肝試しには行ったりしないわけ?」


「好きな奴はするけど、俺は好きじゃないから」


「好きじゃないのに着いてきたの?」


「好きな奴にはどこまでも着いていくんだよ」


 陵平は息を切らしながら言った。


「ちょっと休憩させて」と言うと、アスファルトにへたり込んだ。


「喉乾いた……。何か飲み物持って来これば良かった」


 確かに準備不足だったかもしれない、と後悔する。好意で私について来たとはいえ、巻き込んだ責任として忠告すべきだった。疲れた様子の陵平を見ていると、自分のことしか考えてなかった自分を責めたい気分に駆られてくる。


「……色々、ごめん」


「あん? どうしたの? しおらしくなって」


「お前のこと、ちょっと試してた」


「……どうせそうだろうと思ってたさ」


 陵平はしかめっ面のまま口角を釣り上げた。笑っている風には見えそうで見えない。


「私、今ね。昔の親友に会いに行くところなんだ」


「昔の親友?」


「そう。佐伯美貴っていう子。ニュースで見なかった?」


「あ……あの。一家心中の事件だろ?」


 陵平は大きな目をキョロキョロとさせて、考え深げに顎を触っている。こういう時のこいつは、真剣に何か頭を回転させているのだろうことは前から解っている。多分、その頭の中に入っている情報を引っ張り出しているところなのだろう。


「何が起きたのかはもうわかってる。さっきお前にやったみたいに、美貴の家に行って当時の状況を視たんだ。美貴はここに来る前に寄った病院に入院しているんだけど、中身がこっちに居るみたいなんだよね」


「中身……」


 まるで狐につままれているかのような呆然とした声で、陵平は繰り返した。


「そう。美貴の意識だよ」


「へ、へぇ。意識……生霊とかじゃないんだ」


「生霊とも言うのかな。呼び方なんてどうだっていい。

とにかく美貴がこっちに居ることはもう調べがついてる。私がこれ以上出来ることがあるとしたら、美貴に呼びかけて自力で帰ってもらうしかないんだけど、この前声をかけて目が合ったから、もしかしたらもう身体に戻ってるんじゃないかと思って、さっき病院で確かめてみたんだ。でも、反応がなかったから……」


「だからここに来たんだな。……わかった。俺に出来ることはなにかある?」


 僅かに震えた声だった。戸惑っているのだろう。


 私はそんな陵平の態度に急に親近感を覚えた。

 大きな彼の手を掴んで、私は陵平を真っ直ぐに見上げた。


「え?」と、陵平は戸惑っている。


「実は、もう結構役に立ってくれてるんだ。

お前、あちら側の連中にとっては手も足も出ない体質みたいだ。

今まで幽霊とか妖怪の類は視たことある?」


「……ない」


「信じてる?」


「あんまり信じてなかった……でも。お前のさっきのやつで、すっかりひっくり返された」


 陵平は苦笑いを浮かべた。


「そうか。じゃあ、忠告するけど。

あいつらは人間の負の感情をエネルギーにして、存在を維持しているんだ。これ、私の勝手な仮説だからあてにならないかもしれないけど。

 心構えとして一番大事なことは自分を信じ抜くこと。急激に気分が落ち込んだり、遠い過去の事をつい今しがた起きているかのような感覚になったらそれは連中の干渉なんだということを覚えておいて。罠なんだ。蜘蛛の巣に掛かった蝶を糸で縛り上げて、増幅させた恐怖心や不安を喰う。つまり、餌にされちゃうってわけ」


「え、えさ……?」


「そう。怖いっていう気持ちがどんどん膨らんでいくと、あいつらそのご馳走の臭いに反応して集ってくる。それを防御するのは私でもかなり難しい。私の体質はどっちかっていうと霊と呼ばれているような連中を受け入れやすいんだ。体中どこからでもすぐに侵入されて、嫌な過去をほじくられることもしょっちゅうでさ。

 そうなったら、色んな弊害が出る。詳しい話は今は時間がないからまた今度するけど。でも、今日は強力な助っ人が勝手についてきてくれたから実はすごく心強いんだ」


 私はそう言って陵平の大きな手をギュッと握り締めた。


「……俺の事?」


 スローモーションで動くぜんまい人形のように、陵平が反応した。私はつい笑顔になっていた。


「そう。世の中には色んなタイプの人間がいる。私みたいな中途半端な霊感がある人間もいれば、陵平みたいな視えないものに鈍感で、しかも奴らを鈍化させられる人間もいるんだ」


「俺が?」


「そうだよ」


 私は陵平の手に自分の大事にしてきたお守りを握らせた。


「私の友達になってくれてありがとう。これ、しっかり握りしめてて」


 陵平が頬を赤らめて、私の手を握り返した。


「そばに居るだけでお前を護れるっていうなら、俺はどこへでもついて行く」


 頬を赤らめながらも、陵平は私の手をぎゅうっときつく握り返した。

 気恥ずかしいけど、微笑み合う。


「……まどか」


 陵平が私を名前を呼んだその瞬間。


 突然、それは起きた。



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