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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第4章
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心霊探求 4


 私達は電車に乗ってから駅前で買った安いパンをかじっていた。意外にも陵平は無口だ。でも、隣に座る彼は今までとは比べ物にならないほど近い。体温が伝わる距離感にいる。犬に懐かれたようなものだ、と思うことにした。


 再び室蘭市に着いた私は、今度は美貴が入院している病院に向かった。資金に限界があるので徒歩で行こうとすると、頼んでもないのに陵平がタクシーを使おうと言い出した。


「金はあるから」



 案の定、病院では面会許可はまだ出ていない状態だった。

 私は美貴の病室の目星をつけると、駐車場側に回ってその部屋の窓に向けて念じてみたが、なんの反応もない。「なにしてんの?」と陵平が質問してくるが、私は返事をしなかった。


 「無視かよ」とブツブツ文句を言い始めている。


 ビョンデットはあれ以来音信不通となっている。


 ―――彼なしでまたあの廃墟に向かうことは、無謀だろうか?


 私は悩んでいた。

 私があまりにも無言なので、陵平が自分の身の上話を始めた。


「ここがお前が生まれ育った町かぁ。へぇ……田舎だけど、悪くないなぁ」


 良くも悪くもないとでも言いたいのだろうよ、と可愛げのないことを思う。


「俺はさ。両親が商売に失敗して借金地獄になったもんだから、爺ちゃんの家に預けられて育ったんだ。婆ちゃんは俺が生まれた年に癌で死んじゃって、爺ちゃんは男手ひとつでまだ幼い俺の世話をしてくれたんだ」


 陵平は唐突に身の上話を始めた。こいつとはもう三年程の付き合いだったが、そんな身の上話を聞くのは初めてだ。私はよそよそしくも自然と彼の話に耳を傾けた。


「爺ちゃんの家が火事で全部なくなったことがあって」


 そのフレーズが耳に入ってきて、私は飛び付いた。


「火事って?」


 陵平は注意が向けられて嬉しいとで言うようにイキイキと顔を輝かせた。自分の感情を素直に表現できる人間がいるのだということをまざまざと見せ付けられる。私はどこか屈折している自分に居心地の悪さのようなものを感じていた。


「不審火だったんだ。夜中に台所のシンクで何かが燃えたらしいんだ。爺ちゃんも俺も全然心当たりが無くて、戸締りだってしっかりしてたって爺ちゃんが言っててさ。誰が何のためにシンクの中で燃やすのかってミステリーだったよ。放火にしては変な場所だしな」


「なんで助かったの?」


「運よく俺がトイレで起きて、すぐに爺ちゃん叩き起こしたから二人で玄関から逃げられたんだ。

木造三十五年のボロ家だったから、あっという間に燃えちゃって消防が来る頃には屋根の上まで炎が……」


 話しながら陵平の顔色が悪くなったから、私は慌てた。


「ほんと、助かって良かったよ。じゃなきゃ、こうして二人で遠出なんて出来なかったもんな」と、励ましのつもりで言うと、奴は嬉しそうに笑顔になって「生きてて良かった」と無邪気なセリフをぶち込んできた。


 ―――その笑顔もセリフも、ストレート過ぎるだろ?


 心の中では言い返せるのに、私はまだ戸惑っている。言い返さない私を、悟ったような顔をして見つめてくる陵平の態度にも少しずつ慣れていけば良いのだと自分に言い聞かせていた。


「……照れてやがんの」と聞こえたが、聞こえない振りをした。


 またタクシーに乗って、今度は住宅地を抜けて問題の廃墟の程近い民家の前で降りた。陵平の財布から一万円札が出てくる度に、不思議な気持ちがする。爺ちゃんと二人暮らしのこいつがなぜそんな大金を持って居るのかと一瞬気になったが、今は捨て置くことにした。追々、事情はわかるだろう。


「今度はなに? どこにいくの?」


 財布をリュックにしまいながら、陵平は歩き出した私に追いついてくる。説明をしてないんだから、いちいち質問されるなんて当たり前なのに、私はイライラした。


「この上に集合住宅があったんだ。老朽化が酷くて居住者がみんな出て行った後も取り壊されずに残っているんだけど。ネットで調べたら、解体工事しようとする度に怪我人が続出して何度も頓挫したっていういわくつきの場所なんだとさ」


 イラつきながらもなんとか説明をすると、普段ビョンデットが私の面倒を見てくれている有難さに気付いた。わからない人に説明するというのはエネルギーの要る行為なのである。


「なんでこんなところに?」


 質問攻めも鬱陶しいものだな、と思いつつ。着いて来ても良いと言った手前、無視するのも無責任な話だ。結局、説明しなくちゃいけないんだと腹をくくる。

 美貴との出会いや私の霊感について他人に説明するという行為は簡単ではない。理解されないことを伝えたときの反応を見るのは、とても嫌なものだった。


「ここが目的地なんだよ」と、気だるく説明を始めようとしたとき。


 じわじわと耳の奥でノイズが鳴り始めた。それが、毎秒ごとにどんどんボリュームを上げて神経を締め付けてくる。思わず両耳を塞ぐように頭を抱えてしゃがみ込んだ。悲鳴にも似た高音域の音と、低い不安定な音が絡み合い頭の中を占拠される。


 陵平は何を思ったのか、私を何かから守るように覆いかぶさってきた。

 すると、ノイズがぱたりと止んだ。


「え?」


 ―――そうか、本当に陵平は怪奇現象をブロックする体質なのかも。


 あちら側からの一方的な干渉はなくなるということは、肉体的にも精神的にもかなり楽だ。

 陰鬱なプレッシャーさえも今はない。


 信じられないような晴れ晴れとした感覚になった。これが吉と出るのかはわからないけれど、私は何も知らずについてきた陵平に心から感謝の念が込み上げた。


「もう平気みたい。ありがとう」


 私は陵平に立ち上がらせてもらう格好になった。

 腕を引き上げられた途端、陵平の過去の映像が頭に流れ込んできた。



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