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ダークサイド 真実は闇の中  作者: 森 彗子
第3章
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ひとり旅 6

 女性は真っ直ぐに美貴の部屋に向かっていた。そしてドアを開けて入って行ったので、私は急いでついて行った。すると女性は美貴のベッドから本を取り出してパラパラと捲っているところだった。その本の黒いインクの文字がまるで生き物のように女性の手を覆い始めていた。


 私は両手同士をギュッと掴んで神に祈った。体内の奥に鎮座する神々しいまでも力強く輝く魂に意識を集中した。そうしなければ、あの黒い文字に獲り憑かれてしまいそうで、慌てて防御壁を築き上げる。


 そうしている間にも女性は見る見ると真っ黒いマネキンのように変身していく。そして両目が真っ赤な宝石のように爛々と光っているのを見て、私は守りを強化した。その黒い生き物がこちらへ歩いてきて、私の体を通り抜けて行く。その瞬間、何かささやき声のようなものを聴いたがそれが言葉なのかどうかは怪しかった。廊下に黒い煤のようなものを残しながら、黒塗りになった女は階段を下りて行くのを見届けた。


 彼女を追って階段を降りると、そこにお母さんが怯えたような表情で立っていた。


「なんなの?これ」


「なんか見た?」


「真っ黒い熊みたいな霊を見たわ……」


「ここ、出たほうが良いわ」


 私はお母さんの手を引いて外に出た。


 外には見知らぬ女の人が立っていた。


「勝手に入らないで下さい」と凄い剣幕で怒っている。


「すいません」


 お母さんは頭をペコペコと何度も下げて謝った。


「不法侵入ですよ!」


「ごめんなさい。娘によく言い聞かせます」


 怒っている女の人は私を睨むようにじっと見ている。私はつい睨み返した。


「あなた何歳?法律犯したら逮捕されるってことぐらい知ってるわよね?」


「私は十五歳。中学三年生です。不法侵入ぐらい知ってます」


「ここはまだ捜査中の現場なの。荒らされたらとても困るのよ」


「わかってます。だから別に荒らしてなんかないんで、安心してください」


「何なの? この子、生意気ね」


「すいません」


「ちょっと、話を聞かせて貰おうかしら」


 女の人は上着のポケットから警察手帳を出して見せてきた。


「勘弁してください」


 お母さんは血相を変えて謝っている。


「あなた、この事件現場の娘さんの友達かなにかね?」


「三年前に引っ越すまで、親しく付き合ってました」


 私の顔を覗き込むその女の人に向かって、私は堂々と答えた。


「名前は?」


暁和あかつきまどか


 女の人はちょっとだけ目つきを変えて私を見た。


「参考人として事情聴取させて下さい」と、態度を変えて頼んできたので、お母さんは驚きつつも「はい」と答えた。


 私達は女性刑事に連れられてこの町で唯一のファミリーレストランに向かった。


 

「つまり、美貴のお父さんは死んでないんですね?」


 私は驚きと共に安堵した。さっき佐伯家で視た光景から推察するに、首を絞められた男性は美貴の父で、首を絞めた女性の方が美貴の継母で間違いなさそうだ。


「なに? どういうことなのか、ちゃんと説明してくれないとわからないわ」


 話に入れないお母さんが、抱っこをせがむ子供のように私の腕を掴んで揺すっている。


「後にして。ちゃんと話すから」


 私の静止を渋々受け入れたお母さんは、ファミリーレストランのソファの背もたれに身を預けてコーヒーカップを手に持った。女刑事は瀬良尋子せらひろこと名乗った。美貴についてあれこれと質問してくるので、通常の友人が知っている程度の話から始めた。


「美貴さんと最近連絡取ったことはないのね?」


 意気消沈している。


「二年前に手紙が来たことがあって、その内容は悩みの匂いは無かったですよ」


「じゃあ、悩んでいた様子をあなたは知らないってことね。 よくわかりました」


 女刑事はそう言うと立ち上がった。収穫なしとわかって、さっさと切り上げようとしているのが見え見えな態度だ。


「ご協力ありがとうございます。今回は注意で済ませるけど、もう不法侵入なんてしたらダメよ」


 伝票を手に持って会計に向かって歩き出す背中を見送りながら、私は決意を胸に瀬良刑事に問いかけた。


「美貴のお父さんが誰に殺されそうになったのかは、もうわかってるんですか?」


 瀬良刑事はピタリと動きを止めて、ゆっくり振り返った。


「現在捜査中の話は出来ないことになってるの」


 きりっとした男前の眉毛が印象的な女刑事は丁寧に答えてくれた。


「美貴の継母は自供しているんですか?」


 瀬良刑事は目を剥いた。


「あなたは何か知っているの?」


「凶器とか状況とかならなんとなく」


「どういうこと?」


「これ推測ですけど、美貴の継母は精神不安定とかで何も話せないんじゃない?」


 刑事は口元に人差し指を当てながら、駆け寄ってきた。


「声が大きいわ。もう少し声のトーン下げて話を聞かせて」


 そう言うと、再び先程座っていた場所に腰を据えた。


 私はジュースのお代りをお願いすると、瀬良刑事の目をじっと見つめた。瞳の奥を覗こうとしてみたけれど、うまく出来ない。疲労を感じて両目をぎゅっと瞑った。


「凶器や状況がわかるって言ったわね。凶器は何なの?」


 まるで試すような質問だ。


「ネクタイ」


 私は短く答えた。


「じゃ、状況は?」


「背後から首を締め上げたことによる窒息」


 刑事は目を丸くした。


「…あなた、もしかして。視える人?」


 囁き声でそう問われて、私は頷いた。


「さっき、あそこで視たんですよね」


 刑事は驚きながらもお母さんと私を交互に見て言葉を探しているようだ。


「あなたは?」


「私は娘程じゃないけど、多少なら……」


 お母さんはちょっとだけ得意げに答えた。


 瀬良刑事の叔母にあたる人がこの北海道の小さな町では特に有名な霊能者なのだそうだ。だけど、瀬良刑事には微塵も視える能力がないという。自分では全く皆無な能力を無条件で信じられるほどではない、と付け加えた。


「あなたは友達を助けるために来たのね」


「はい」


「そう。じゃ、あなたの出来る範囲で助けて欲しいの。美貴さんは今、病院で入院しているんだけど、ショックが強すぎて意識が保てないみたいで、心ここにあらずっていう感じなのよね」


「会わせて貰えるんですか?」


「そうね。ちょっと話を通すのに時間がかかるけど、いずれにせよ今夜はもう遅いから明日また連絡させてもらうわ」


 瀬良刑事はそう言いながら上着の内ポケットから名刺入れを取り出した。その一枚を私にくれた。


「連絡先は私の携帯電話ね。じゃ、気を付けて帰ってね」


 刑事さんと別れた私たちは取りあえず自宅に帰った。


 高速道路でも、片道一時間ちょっとかかる。車中で敬意を説明したけれど、お母さんは「よく、わからんわ」と呆れたように言った。お母さんは仕事の疲れもあって、目が奥に入っている。


「お母さん、ありがとう」


 私は自分の部屋に入って着替えすることもなくそのままベッドに横になった。急激な睡魔に襲われて、吸い込まれるように眠りに落ちていった。



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