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リリスの娘  作者: 茶無
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08




 メサルティムに聞くところによるとここは月に一度、『月堕ちの日』と呼ばれる日に娼館(・・)として客を呼ぶらしい。貴族たちがケモミミ少女を愛でにやってくるのだ。

 その日、貴族たちは気に入った娘を一晩買う(・・)ことが出来る。


 そう、

 【リリスの娘】とは、そういうお仕事をさせられる。

 ここはやはり、そういうところなのだ。


 一応初参加の新人であるボクは『お披露目』のみで手出しされないとのこと。しかし次の月はそうはいかない。ボクもそういうことをさせられる。


 そして年に一度の『星堕ちの日』には、

 貴族たちはリリスの娘の生涯を買うことが出来る。

 その後はどうしようと買った者の自由だ。奴隷の側に自由は無いけど、基本的には良い暮らしをさせて貰えるらしい。

 自分を気に入ってくれる貴族を探し、自分を飾り媚び諂うのがここのリリスの娘たちのライフワークになる。


 ポラリスは違う。

 そういう目的の貴族たちに媚びたりせずに、一晩たりとも体を許したことは無い。

 ポラリスの目標は戦士奴隷だ。


 貴族は買ったリリスの娘をどうしようと自由。

 王侯貴族ならば強力な護衛として娘を買うこともあるらしい。

 白熊と合成されたポラリスは人間よりもずっと強い。……というかリリスの娘はみんな人より力が強いのだそうだ。

 ボクも例外ではない。あんまり実感ないけど。


 ベガさんが言っていた『五星』というのは、リリスの娘の価値に位を付けたものらしい。

 人と獣を合成したリリスの娘は元となった人間と動物によって希少価値が違う。頭の良い人間、見た目の良い人間、珍しい動物、強力な動物、そんな基準で価値がつけられるわけだが、合成される動物は犬や猫など普通の動物が多い。

 本物の魔獣。ボクがこの姿になる直前に見た大きな銀色の狼のようなものはそれだけで価値が高い。その価値を持つ最高位の『五星』は今はベガさんとボクだけしかいないらしい。


 その力を示す場は来月にある。

 ポラリスはそこで強さを見せつけ、戦士として買われることを望んでいた。

 ボクは……、戦うのはイヤだ。

 もちろん性的に搾取されるのだってゴメンだ。

 一刻も早くここから逃げたいけれど……、

 隷属の首輪がそれを許さない。


 この首輪は絶対に外れないのだという。

 たとえ物理的に破壊したとしても、外した瞬間に命が無くなる。

 ハダル先生にも聞いたけど、この首輪は魔法でボクらのエーテル体と癒着させられている。無理に外せば魂も抜ける。だから絶対に外せないとのことだ。

 魔法……、


 あの魔法使いがボクらをこんな体に変え、この首輪を着けたのだ。

 でもそんなことが出来るなら、逆に首輪とエーテル体とやらを安全に取り外すことも出来るはずではないか。この体を元に戻すことも、元の世界に帰すことも。

 ポラリスは諦めているみたいだけど、ボクはまだ諦めていない。


 あの魔法使いに会わないと。


 しかし目的はハッキリしているのに、ボクに出来ることは無い。あの魔法使いはたまにここへも訪れるらしいけど、それはいつになるのかわからない。

 それまではここで『リリスの娘』としてお仕事(・・・)をさせられるのだ。





 先日お茶会にも使われていた広間。

 今夜も甘い香が焚かれて、裸同然の姿のリリスの娘たちの談笑が静かに響く。


 扇情的な光景が、僕の目の前に繰り広げられていた。


 年端もいかない少女たちが、男に寄り添い、腕を絡ませ、抱き寄せられて、

 あぁ、今あそこの娘がキスした。いやほっぺちゅーか? ふわぁ、あっちの娘なんて男に跨って全身で抱き合って……、ああああ!? pぱんつ! ぱんつお着けてない娘が!! お姫様抱っこして広間から出ていく奴がが!? 大丈夫なの?? どこえ行くの???別室?? あキスした!! ふぅわぁぁぁぁ!!


 顔を赤くして目を手で塞いでも現実が消える訳ではない。

 リリスの娘はみんな元は男の子だという話だけど。あんな妖艶に男を誘うような振る舞いはボクには出来ない。

 いつかはボクもあちら側へ行かなくてはならないのか。冗談じゃない。そんな時は永遠に来ないで欲しいと思う。心から思う。

 ……しかし正直見ていられない。ポラリスが嫌がるのもわかるよ。


 ちなみにボクは今広場に設けられたステージの上で綺麗なドレスに飾り付けられてスポットライトの光に独り晒されている。本日の主役といった風情だ。新人であるボクの存在を来客によく見てもらい、競争を避け次回から改めて客が付くようにという計らいである。あちらこちらからの視線を感じる。照明が眩しい……。

 かれこれ二時間以上ここでこうして座っているだけだ。横に着いてくれているメサルティムが食べ物なり運んでくれるので不自由はしてないけど、いい加減退屈になってきたな。


「退屈で堪らないですか?」

「うん。目のやり場には困るし、かと言ってやる事は無いし」

「次は退屈している暇も無くなります」

「………………」


 コワイ……。


「いつまでここに座ってればいいの?」

「もう十分にお客様に見ていただけましたから、そろそろ立ち歩いても大丈夫ですよ」

「あ、そうなの? よかったそれならちょっと外の空気を……」

「もっとも、そんな自由はあまり無いかと思いますが」


 大きなステージの袖からよいしょと降りる。一刻も早くこのピンク色の狂宴から離れたい。ポラリスの部屋に居させてもらおう。

 などと思ったのだが、目の前を二人の貴族らしき男に立ち塞がられた。


 ボクのことをジロジロと足の先から頭の耳まで、まるで舐め回すように無遠慮な視線を浴びせ掛けられてたじろいでしまう。酔っているのか胡乱な眼で、ニタニタと生理的嫌悪を感じる下卑た笑みを浮かべた二人の男。ボクの見間違いでなければ股間の辺りが少し膨らんでいて、変な匂いがするし、一体ボクでどんな想像を膨らませているのか考えたくもない。


「あの、道を開けて貰えませんか? 通れません」

「んん〜〜〜、声も良い。良い(・・)鳴き(・・)()を上げそうですなぁ」

「ほほひ……、どうです? 今宵はこの仔犬を…というのも……」

「どぅふふ、それはイケませんぞ? この仔犬はどうやら新参の様子。ここのルールは絶対厳守です。次回を待つのです」

「ほふっひ! それは致し方ありませんなぁ」

「あ、あの!!」

「おお、これは失礼」


 二人の貴族の物言いに心の中で耳に蓋をしつつ、再度声を掛けると一応道を開けてくれた。

 ……しかしぴったり横に着いて来て離れる様子が無い。遠慮やモラル的なものが全然無い。


 大丈夫だ。新人のボクには指一本触れることが禁じられている。今日だけは大丈夫な筈だ。

 しかしこんな変態二人連れてポラリスの部屋には行けないな。仕方ない。このピンク色の広間でもうしばらく状況に耐えるしか……って、この匂いは、


「よおシリウス。そろそろ退屈してんじゃねーか?」


 ボクの心配をよそに、ポラリスの方から部屋から出て来ていた。

 白髪褐色の大柄なポラリスの姿を見るなり、ボクをストークしていた二人の貴族は顔を青くして直ちに退散してしまう。ヤンキー恐いもんね。


「予想通り絡まれてやがったな。ああいうのもいるから気をつけろ。こんなとこでもモテないバカどもが相手の娘も見つからねーんだ」

「ポラリス見て逃げてったけど、何かあったの?」

「ん? まぁ、前にちょごっとな……」


 ちょ『ご』って何?

 やはりこのヤンキーはお客様に暴力を働く白熊だった。


「オレの部屋行こうぜ。オレもヒマなんだ」

「ポラリスはお仕事しなくていいの?」

「いいんだよ。ここは金で指名されるまでは割りと自由なんだぜ。オレみたいなの指名するヤツなんていねーよ。まぁ指名しようとしても逆にシメてやるだけだがな」


 ……本当にそんなんでいいのだろうか?

 トレイに食べ物を積んでいくポラリスにバイオレンスホワイトベアの称号を心の中で与えておくことにする。部屋に居させて貰うのはありがたいけど、怒らせないように気をつけよう。


「ポラリス! ポラリスはいるかね!」


 と、広間に声が響く。見ると扉から今来たばかりの貴族の男がポラリスを探している様子で、ハダル先生が応対していた。


「お、また一人シメられたいヤツが来たかな?」

「大丈夫なの?」

「……前にも来たヤツだな」


 貴族の男が、ハダル先生に連れられこっちに来る……。

 黒髪を撫で付けた細身の神経質そうな男で、一目でポラリスがこの人のプライドを傷つけたのだろうなと理解出来る表情でこちらを睨んでいた。


「ポラリス。あなたに御指名よ」

「お断りだねぇ」

「そういう訳にはいかないわ。ここのルールは知っているでしょう?」

「……逆らったらどうするんだ?」


 あわわ……、ポラリスはなんでこんなに強気なんだ? ハダル先生が『命令句』を唱えれば、それだけで隷属の首輪に体の自由を奪われるというのに。

 そして命令句の後に続けられた命令(・・)に逆らえば、あの(・・)痛み(・・)が襲ってくる。


「隷属の首輪を使っても無駄だぜ? 個室に入ったらそのおっさんと二人っきりだ。そしたら張り倒して朝まで眠って貰う。それとも先生が一晩中見張ってるつもりか?」

「………………はぁ」


 そ、そうか。

 命令句を使えるのはハダル先生だけなのだ。例えばボクがメサルティムに命令句を唱えても首輪は反応しなかった。どういう仕組みなのかは謎だけど。

 となればこの貴族がポラリスと二人になったら縛りは何もなくなる。「この男の言う事に逆らうな」と命令されても、ポラリスは男の口を塞ぐだけだろう。命令の有効時間には限りがあるし、力ではリリスの娘の方が強いのだ。


「…………ではこうします。ポラリス」


 ハダル先生は溜息の後に、ポラリスの名を呼んで、


「 隷属(・・)せよ(・・) 」


 『命令句』を唱えた。


「ぐ……」


 命令句を使われるとその場でしばらく動けなくなる。

 そしてその間に命令されたことに、逆らえなくなるのだ。

 ……しかし何を命令するつもりだろうか?


「 動く(・・)() 」


 ハダル先生の命令に、1mmも動けなくなってしまうポラリス。もしも動けばあの痛みに踠き苦しみ、果ては死ぬことになる。

 もちろんその前に命令を解除する筈だ。リリスの娘を死なせるような事はしない筈、だけど……、


「あなたにはいつも手を焼かされるわね。でもルールは守って貰います。指名を受けた以上、あなたは一晩このお方の物になったよ」


 言いながらハダル先生は、懐から指輪を一つ取り出した。

 小さな赤い宝石が埋め込まれた指輪。それをポラリスの首輪に触れさせると宝石が輝いて、


「隷属の首輪にはまだあなた達に教えていない使い方があるのよ。これもその一つ」


 淡い光を抱いた指輪を、先生は「失礼します」と言ってうやうやしく貴族の男の指に嵌めた。


「……もう動いていいわ。これでこのお方も、ポラリスに命令句を使える。危害を加える事も出来ない。この指輪が外されるまではね」


 制止の命令を解かれ自由になったポラリスが、男の「隷属せよ」の言葉によって再び自由を奪われる。ポラリスの顔がみるみる青ざめていく。


 …………そんなことが、いや、

 むしろ当然だ。リリスの娘は人に買われてこの城を出て行く事もある。命令権の更新なんて、出来て当然じゃないか。


「くっくっくっ……、この時をどれだけ待ったことか……。まずは床に頭を擦り付けて私に謝罪をして貰おうか」


 男の命令(・・)

 すぐに言う通りにしないとポラリスは……、


「ホレ、どうした? はやく跪いて……」

「…………イヤだ」


 言う通りにしないと、

 あの(・・)痛み(・・)が、


「イヤ…だ……、イッ……、ガッ……!」


 隷属の首輪が、エーテル体を、

 魂を傷つける。


「ィヤァぁぁあ゛あ゛あ゛!! ぐィゃあああぁああああ!!!!!があああああああ!!ぎぃっああ゛あああああああああ!!!!!!」


 ポラリスが……、

 ボクも味わったあの形容出来ない痛みを受けて、仰向けに倒れて背を弓なりに曲げて苦しんでいる。途轍も無い力で伸ばされた脚の間から汗ではない匂いを感じた。

 ボクがそうだったようにガリガリと首を掻き毟って、床を跳ねて泡を吐き散らして、叫び声が広間に響く。


「言うことを聞きなさいポラリス。死んでしまうわよ」


 聞こえているわけは無いと思うけど、それでもポラリスは暴れる体をどうにかして濡れた床に膝をつき、頭を叩きつけるようにして。


「ぅいっ…ぁせんれしたあっ! すゔ…みまっえんでしたぁっ!」

「聞こえんな! 自分が何をしたかよく考えて心を込めて言え!」

「きんたま蹴いあげてっ!! すみませんでした!!」


 涙と泡と鼻水で溺れそうなのか、嗚咽混じりにやっとそう言って楽になった。


「げぇっ!! ……げぇっ!!」

「……ふん!」


 床に頭をついたまま呼吸するのも辛そうなポラリスの頭を、男が踏み付ける。

 知らずボクの体が前に出ていたのをハダル先生に抑えられた。


「よくもこの私を!奴隷風情がこの私をコケにしてくれたな! このっ!クソ奴隷が!!」

「ルールはご存知かと思いますが、リリスの娘を死なせてしまうと重いペナルティを受けて貰います」

「ぬ……わかっておるわ! 死にさえしなければ良いのだろう!」

「左様でございます。それでは今宵はごゆるりとお楽しみ下さいませ……」


 なんでそんな風に出来るんだ。お客様は神様か?

 あの痛みはこのクソ野郎が一生で経験出来る痛苦を総計してもまるで追いつかないほどの物なんだ。股間を蹴られる痛みなんて可愛いものだ。

 のたうちまわるポラリスの叫び声に他の娘達も様子を見てる。みんなあの痛みを経験してるはずだ。


「ポラリスといったな。隷属せよ、個室へ案内しろ。……今日はたっぷりと可愛がってやるから覚悟するがいい」

「ぁいい……」


 ふらふらと立ち上がるポラリスを連れて、下種な薄ら笑いを浮かべながら男は出て行った。


 誰も、

 ポラリスを助けようとする人はいなかった。


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