07
「シリウス、先ほどはありがとうございました」
「あのベガって娘、何なの? 危ない人なの?」
広間を出てメサルティムと二人廊下を歩く。
ベガさんはかなり高慢で一触即発な気がした。いつもああなのだろうか。綺麗な人だと思ったけどあまり関わらない方がいいかもしれない。
「普段はそれほどは……、おそらくポラリスに対してイラだっているんだと思います」
「ポラリス?」
「果物を頼まれてるんです。この先の部屋にいます」
そのポラリスの頼みをメサルティムが聞いてるのが原因みたいだったな。ボクは関わりを避ければいいだけだけど、メイドの羊さんは仕事もあるしそうもいかないだろう。立場を悪くすればかわいそうだ。
「また難癖つけられると困るでしょ? ボクがその果物を届けてあげるよ」
「え、そんな……」
「いいのいいの。他にもお仕事あるんでしょ? 広間に戻って」
強引にトレイを引ったくるとメサルティムは少し戸惑いながらも「……ありがとうございます」と残して広間に戻っていった。
よし!初めての好印象!
これは羊さんポイントゲットだぜ!
自分の行動に手応えを感じ機嫌良く尻尾を揺らしながら、引き継いだフルーツミッションを遂行しに行く。
廊下を進むと行き止まりに扉があった。
個室のようだな。開ける。
「……ごめんくださーい」
「あん?」
控えめに挨拶しながら部屋に入ると、そう広くない個室の真ん中には大きな人が胡座をかいて座っていた。
「おめ、誰だ?」
「えーと……」
大きな女の人。
チョコレートのような褐色の肌と、雪みたいに白い短髪。
髪と同じく白い体毛がある。体の特徴では何の動物かわからないけど、ボクと同じ首輪を付けられている。この女の人も『リリスの娘』だ。
ボクの姿を見て立ち上がるとさらに体の大きさが際立つ。広間にいたどの娘よりも大柄な体躯で、目の前に立つだけで体の小さなボクに覆い被さる様だ。
「メサルティムの替わりに果物を持ってきました」
「ん? あー、そうか。サンキュー!」
ボクの持つトレイから果物を1つ取ると(手も大きい)ガブリと齧って芯まで丸ごと呑み込んでしまった。
……豪快な人だ。
「お前、新入りか?」
「は、はい」
「そーかそーか。ごくろうさん」
「…………」
言いながらもトレイを受け取り果物をもう一つ、二つと齧って呑み込んでゆく。
ボクのことなど興味なさそうだ。
「あ、あの!」
「んー?」
しかしこの人に頼まれ事をされるとメサルティムの立場が悪くなるのだ。できればやめてもらいたい。
「どうして広間で食べないんですか?」
「なに? お前に関係あんのか?」
「あるんです!」
「…………ベガに何か言われたか?」
果物を食べる手が止まり、ボクの顔を覗き込んで来た。
大柄な人の頭がボクの高さまで降りて来て、睨む様に眼を覗かれ咄嗟に視線を逸らしてしまう。ヤンキーこわい。
しかしすぐに睨むのをやめて、クシャクシャと髪を掻き毟ると(この人の毛、シャラシャラ鳴るな)
「あそこにいる奴らとは、合わないんだよ」
「ええ……」
「気に入らねんだよ。どいつもこいつも媚びやがって。気色わりぃ……」
……まさか本当に只のはぐれ者なのだろうか?
こんな体が大きくて強そうな感じでも人間関係でうまくいかないものなのか。案外普通の女の子なのかもしれない。霊長類最強女子も心は乙女らしいし。
「なんだその目は?」
「いえなんでも……」
「とにかくオレはあいつらと違って変態どもに抱かれるなんてぇのは死んでもゴメンなんだよ。こんな体にされてもあいつらだって元は男だっただろうに。あー!気色わりぃ!」
「え……?」
…………ん??
んんんん???
「は、なんだその顔、やっぱりワケ分かってなかったか。まあここに来たばかりはみんなそうだよな」
「ど、どういうことです??」
「言った通りの意味さ。お前だってそうだろ? ここの奴ら全員、男だぜ?」
ここの全員?
さっきのベガさんも、猫耳や狐耳や兎耳の娘たちも、
メサルティムも、ハダル先生も、
ボクだけじゃなく、
リリスの娘が全員、元々男だったってこと?
「そんな奴らが、ここじゃ客の男どもに媚び売って抱かれて喜んでやがる。……お前もそうなのか?」
ぶるぶると首を振る。
「お、そーだろそーだろ! そう思うだろ」
「なんかスゴいショックです」
「よしよし気に入った! オレはポラリス」
混乱する頭をガシガシ撫でられ乱暴に抱きかかえられて盛大にもふられる。やーめーてー。
「もっふもふだなお前の毛! 名前は?」
「し、シリウスです……」
「敬語はいらねえよ相棒。そうだお前にいい事を教えといてやる」
そのまま持ち上げられて足が付かない。体格差がひどい。
お人形さんのようにボクを床に座らせてさっきの果物を一つくれると、ポラリスは腰を据えて話し始めた。
「オレたちがそのうちこの世界の人間に買われていくのは知ってるか?」
「それなら何となく、ハダル先生に聞きました」
「敬語はいいっての。ならどういう目的で買われるかは?」
「それは……」
まあこんな場所で香を焚いて魔獣とはいえ美少女たちが裸同然でさせられる事なんて、あまり良い事ではないのは確実だ。
「ヤられっちまうのさ。変態どもにな」
「………………」
「オレはゴメンだけどな!」
「ボ、ボクだって!」
「そうだろ。愛玩奴隷なんてまっぴらだ」
そこでポラリスはニヤリと笑って、
「どうせならマシな奴隷になった方がいい」
「…………?」
「戦士奴隷だよ。オレらはもう魔獣も同じだ。お前は成ったばっかでわからないかもしれないけど、もう人間よりずっと体も強くなってるんだぜ?」
「ちょっと、ちょっと待ってポラリス!」
ポラリスの言うことがわからない。
こんな体にされて、こんな状況になって、その打開策が戦士奴隷?
元の姿に戻って、元の世界に帰るのが目的ではないのか?
「ここから逃げるとかしないの?」
「あー? そりゃお前、無理だろ? コイツがある限りはな」
そう言ってポラリスは自分とボクの首を指差す。
そうだった……。
この『隷属の首輪』がある限り、絶対に逆らえない。
「外そうとすりゃ、それこそ死ぬから気をつけろよ?」
「どうやったら外れる?」
「一生外れねぇよ。外れるように作られてねぇらしい」
首輪に触ると、継ぎ目のようなものが無い。どこも開かない。鍵穴だって無い。
「コイツはオレたちの魂にガッチリ縫い付けられてる。逆らえば魂に傷が付くぞ。マジで死ぬからな」
「そん…な……」
「ま、マシなご主人さまを見つけようぜってこった」
そう言って無理矢理に笑って見せるポラリス。
…………この世界に連れてこられて、
……何度目の絶望だっただろうか。