06
ぐるりと見回すと隅のテーブルに乳白色の天然パーマを発見した。メサルティムだ。忙しそうに働いているメイド羊さんを見つけて尻尾がパタパタするのを自覚しながら急ぎ足で近づいて声を掛け、
……ようとして、
その姿が目に入った。
「…………あら?」
甘い香りのする煙管を吹かす、鳥の姿をしたリリスの娘。
その羽根が淡く輝きを放つから、嫌でも目に留まった。
体の要所を包む紅い体毛はよく見ると全て羽根だ。頭から長い尻尾まで全て羽毛に覆われている。
絢爛豪華な尾羽が緩やかに左右に広がって目が眩みそう。細い足の先が4本指で木の枝にとまる鳥そのもの。片足立ちでフラミンゴのようにまっすぐ立っている。
緋色に輝く羽毛は、比喩ではなく本当に光を放っているようだった。
「見ない顔ですわ。ひょっとして新しい娘かしら?」
優雅な歩みで近づいてボクを見下ろす切れ長の眼。鼻筋の通った綺麗な顔。
背が高い。ボクの背が低いこともあるけど、スラリと細い体躯と長い脚が余計に長身を思わせるのだ。
ここにいるリリスの娘の全員が疑いようもなく美少女だけれど、目の前にいる娘は群を抜いていた。
「ワタクシの名はベガ。炎翼鳳凰のリリスの娘。五星ですのよ? 敬っていただいてよろしいですわ」
「え、あ……、ボクはシリウス、です……」
「そう……、えぇよろしく」
ベガさんは煙管をプカリ…と一吹き、甘い匂いを漂わせながらゆっくりしゃなりと腕が伸びてきた。いや腕は伸びない。腕にも羽根が生えているが腕そのものは人間のもの。その細く長い腕が自然な動作でボクの髪をやさしくかき分けて、
「あなたも、五星ですのね」
どうやらボクの首輪を見ていた様子。
動作がいちいち流麗で何も抵抗出来ない。ロクに声も出せない。
こんな綺麗な人の顔がこんなに近くに……、そう思って見蕩れていると、
「ちょっとメサルティム!」
目の前のベガさんがメイド羊さんの名前を呼ぶのでハッとした。そうだったボクはメサルティムに用があるのだった。でも何の用だったっけ?
トレイに果物を乗せて運んでいたメサルティムが名前を呼ばれてこちらを向いた。
「どうかしましたか?」
「説明をしてくださるかしら。ここにワタクシ以外の五星がいること」
「シリウスのことですか? ご主人様が三ヶ月前に銀月牙狼を手に入れられ急遽召喚されました。あなたほどではありませんが、知能の高い人間でしたので問題なく五星となります」
「銀月牙狼、ですって?」
「ポラリスに食べ物を頼まれてますので。私はこれで……」
「待ちなさい。ポラリスですって? ワタクシよりもあの熊を優先するんですの? あの娘に寄越す食べ物なんてありませんわ」
……話はまるでわからないけど、なんだかメサルティムが絡まれてる雰囲気。
口調は丁寧だけど、なんだかこのベガさんは高慢な感じだな。
「御茶会にも来ないで一人でいるのはあの娘の勝手ですわ。その食べ物は置いていきなさい」
「私がポラリスに怒られます」
「あら? ポラリスの言うことは聞いてワタクシの言うことは聞けませんの?」
高慢ベガさん、何が気に入らないのかメサルティムを行かせたくないようだけど……、ポラリスって誰?
いつの間にか細い手に持った一枚の緋色の羽根をメサルティムに向けて、フッと息を吹きかけたその瞬間。
嫌な感じがした。
緋色に薄く光る羽根。ベガさん自身の羽根のようだけどそれがとても、何だかわからないけどとても危ない物の気がする。そんな嫌な感じ、焦げ臭い『匂い』がする。
燃える。
はっきりとそんなイメージが浮かんで、慌ててメサルティムを庇う様に立った。
羽根を持ったままのベガさんの前に立って、
…………自分でも困惑しながら、とりあえずベガさんを見る。
「…………まあ、よろしいですわ」
言いながら剣を鞘に納めるような動作で羽根をしまう。
なんだったんだ? 確かに変な匂いがして不穏なイメージが頭に浮かんだのだけど……。
「別にこんなところで暴れるつもりなんて本当はありませんの。またの機会にゆっくりとお話しましょう」
「はぁ……、えっと?」
「シリウス、行きましょう」
わけがわからないままメサルティムに手を引かれ、そのまま部屋も出てしまい裸だらけの宴を脱せたことに安堵した。
……まだ鼻がヒクヒクする。