05
『リリスの娘』とは、人の姿をした魔獣のことを言うらしい。
魔獣はリリスから生まれ出でる。リリスというのが何なのか教えてもらえなかったが、全ての魔獣はメスだけが生まれるということが、どうやら重要らしい。
だから『リリスの娘』もメスでなければいけない、という理屈だ。
昔々に、それは美しいリリスの娘がいたそうだ。
裕福な貴族が、戯れにそれを飼い馴らした。
角と尻尾を持つ少女の愛玩動物。他の貴族たちが珍奇なそれを大層羨んだ。
美しい魔獣の娘を飼う貴族たちの遊興。リリスの娘は狩り尽くされた。
しかしそもそも魔獣の中でも人の姿をしたモノなど、それ自体が珍しかったのが、問題だった。
ある魔法使いが、リリスの娘を作ることを思いついた。
人と獣を合成すれば、それはリリスの娘と瓜二つらしい。
だけど人を攫ったのでは重い罪になる。魔法使いは大量の娘を作ることを思いついたのだ。
居なくなっても構わない者。誰も文句を言わない者。そもそも誰も知らない人間がいれば、都合が良い。
こことは違う別の世界から人間を召喚して、それを魔獣に変えてしまえばいいと、そう思いついたのだ。
○
「どうしたのシリウス、私の足を離しなさい」
「……うぅぅぅ、わぅぅぅ」
広間の照明は煌びやか。この場の全てを綺麗に照らしてる。
ボクのよく利くらしい鼻にはわんさと焚かれた香の匂いがビシバシ刺さる。臭い。もげそうだ。
匂いというなら香水らしいものも多い。一つ一つ特徴があり、付けている本人のこだわりでもあるのだろうが、それらを嗅ぎ分けられる自分の嗅覚に驚いている次第だ。
そして嗅ぎ分けているのは焚香や香水だけじゃない。
立食テーブルがいくつも並ぶ広間に、およそ100以上もいるのが見なくてもわかる。
これが、みんなボクと同じ『リリスの娘』なのだろうか。
蒸せ返るような、女の子の匂いだ。
「私は他に仕事があるの。もう行くわ。足を離しなさい」
「えぇ!? そんな心細い!!」
「その辺にメサルティムもいるでしょう。探してみなさいな。それじゃあまたね」
「あぁ待って! わんわーん!」
振りほどかれて取り付く島もない。
今までボクが生活していた地下室の上には、小さなお城が建っていた。
ここには百を超すリリスの娘が……、ボクと同じに魔獣にされた者たちが100人以上も暮らしているらしい。
今日は月に一度の『御茶会』の日で、ここにいる皆にボクのことを知らせておく機会ということなのだが……。
…………ダメだ。右を向いても左を向いても知らない女の子ばかり。角やら尻尾やら生えているけど、みんな揃いも揃って美少女ばかりだ。ハダル先生もどこかへ行ってしまったしボクはコミュ障を如何なく発揮している。心細くて泣きそうです。わんわん。
というかこの状況で平静を保てる男の子なんてボクでなくても居はしないと思う。なにせここにいる全員が、ほとんどハダカも同然の姿なのだ。
改めて目で見回すと、みんなこの明るい照明の中で恥ずかしげもなく下着姿だ。しかもどの娘も布面積が広いとは言えないものを着けている。ネグリジェのような透け透けの薄い布を纏っている娘もいるけど中には胸を隠していない娘までいた。
裸だからこそ体の特徴、耳や角や尻尾が見て取れる。足まで動物な娘もここでは多数派だ。みんなボクと同じような獣の特徴を体のどこかに持っている。
見える耳は様々で犬耳も猫耳も兎耳も色んなのがいる。角も特徴的で牛の角もあれば鹿のような大きなものも。尻尾なんかも多種多様だ。みんな形が違うみたいでおもしろい。
そしてみんなボクと同じ例の首輪を着けられている。おもしろくなくて笑えない……。
いくつものテーブルに山盛り並んだケーキや焼き菓子などのスイーツを楽しみながら談笑しているみたいだけど、さっきからみんなボクのことをチラチラ見ている。たくさんの視線がひそひそクスクスとボクを嘲笑している気がして酷く落ち着かないです。
「ねぇねぇあなた、こっちに来てお話しましょうよ」
もじもじと突っ立っていると一番近くにいたグループの猫耳娘が声を掛けてきた。くびれたウェストのしなやかなラインがイケない気持ちを誘うようだ。
次いで狐耳の娘や兎耳の娘がそれに続く。肌色が……、肌色が視界を埋めていく……。
「あなた新しい娘でしょ?」
「見た感じ、犬か狼の娘みたいね」
「お名前は何て言うの?」
あわわわん、ハダカの女の子たちの肌色に囲まれて目のやり場に困る。
耳まで真っ赤にして目を伏せるともう口も開かないのでどうかボクのことは放っておいてください。
「やだこの娘、顔真っ赤よ」
「何をそんなに照れてるの?」
「いえ、その、……ふ、ふくが」
「ふく?」
「みなさん、ハダカで……」
「服ならちゃんと着てるわよ? パンツを穿いてるわ」
「あなたも同じような格好でしょ?」
「うぅぅ……」
そうなのだ。裸の女子に囲まれているボクもまた、今は裸の女子である。
尻尾の邪魔にならないローライズのパンツに、今日は薄手の短いキャミソールしか着せてもらえず思い切りヘソが出ている。ここにいる娘たちと同じく完全に下着姿だ。お腹もお尻も冷えるよ。
こんな恰好を見られるのもそんな恰好を見るのも恥ずかしい。恥ずかしくて今すぐ逃げだしたい。
「それにしてもあなた、小さいわねぇ……」
「でも尻尾はもふもふ。さすが犬系ね」
「ぎゃわぅん!??」
尻尾をいきなり掴まれて飛び跳ねた。
くすぐったいというか気色が悪い。嫌悪感で体が反射を起こすほどだ。尻尾掴まれるってこんな感じなのか。ふざけんじゃねー二度と触るな近付くな的な気持ちがもう少しで口から飛び出るところだった。
「ご、ごめんなさい……!!」
これ以上体中まさぐられると本当に身が持たない。結局我慢できずに手を振り払ってその場から逃げてしまった。
……うぅ、メサルティムがどこかにいるって言ってたな。探して話し相手になってもらおう。いきなり知らない女の子たちに囲まれて会話するコミュ力なんてボクには無いからね。
特に引き留められることもなく再びそこら中からクスクスと遠巻きに見られながら見慣れた羊さんの姿を探す。