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リリスの娘  作者: 茶無
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3



 一日に30時間の勉強という矛盾のみを条件に会話する言語!

 驚くなかれボクはたった一ヶ月で異世界語による日常会話をマスターしつつある。


「それではシリウス、この本の感想は?」


 ハダル先生が(ひづめ)をカツリ。

 馬の特徴を持つ目つきキツめのこの女性はハダルという名で、毎日僕に言語の習得を強要する鬼教師だ。ここには他にも数人のお手伝いさんがいて、その全員が何かの動物の特徴を体に持っている。

 シリウスというのはボクに与えられた名前。この一ヶ月ただの一度たりとも外の景色を見ることは出来ていないけど、別にボクをイジメるのが目的ではないらしい。食事は結構豪勢だしお風呂にも入れられてベッドも毎日新しいシーツでふかふかだ。


「ボブとトニーが最終的に結ばれるのが意味不明で気持ち悪いしアイリーンがレイプされるのが胸糞すぎです。レイプ魔がちゃんと死んだのが唯一のいいとこですが、控えめに言ってクソですね」

「汚い言葉はやめなさい」

「ごめんなさい」


 窓の無い部屋で頭のおかしくなりそうな本を読まされて感想を求められる授業。素直な気持ちを答えただけなのにハダル先生の目は厳しい。

 これは『言葉』の授業だ。本の内容さえちゃんと読めていれば問題ないはず。感想なんてその確認でしかないと思うけど……、


「まぁ良いでしょう。本日はここまでとします」

「え!本当ですか!」

「明日からは違う授業を。言葉の授業は継続して行うのでそのつもりで。体を洗って休みなさい」


 どうやら授業の単位を取得できたようだ。時間も早めに切り上げられてホッとする。もしも先生の機嫌を損ねればまたこの首輪の機能を使われてボクは苦痛にのたうち回る事になるのだ。それを考えると毛ほども逆らう気になれないし、勉強にも必死になる。

 まぁ最初の日以来一度も使われてはいないのだが。


 蹄を鳴らしてハダル先生が出て行くと、次いで入れ替わりにメサルティムが入ってきた。


「やぁメサルティム」

「……ごきげんようシリウス。部屋を掃除しますので退室を」

「…………」


 メサルティムはここのお手伝いさんのようで部屋の掃除やボクの食事運びにベッドメイキングまでしてくれる羊さんだ。

 彼女もまた動物の特徴を持つ。アイボリー色の髪の毛はくるっくるに巻いていて、二本生えている大きめの角まで巻き巻きだ。それ以外はとてもかわいい女の子そのものである。

 ボクとしてはこの異世界の閉鎖空間で数少ないコミュニケーション相手だ。ここのことをもっと知るためにも出来れば仲良くしたいのだけど……。


「メサルティムはどうしてここでこんな仕事してるの?」

「…………」


 ……なんか露骨に嫌な顔をされた。

 心なしか睨んでるし、あれ何かまずい事聞いたのかな? 話題を変えないと。


「いやその、答えたくないならいいけど……」

「不必要な会話は禁じられています。私は掃除がありますので」

「た、大変だよね、こんなカビ臭い部屋の掃除なんて」

「カビ臭い!?」


 素っ頓狂な声を上げられて驚いた。

 メサルティムは顔を真っ赤にしてプルプルと震え出しているし、今度こそまずい事を言ったみたいだ。


「あの、メサルティム?」

「………掃除が不十分であったこと、謝罪します」


 真っ赤な顔のまま目に涙まで溜めて謝られてしまった。

 ダメだこりゃ。これ以上余計なことを言う前に退散しよう。

 そそくさと部屋を出るときに後ろから聞こえた「……ばか」という声に耳を塞いで、ハダル先生に言われた通りにお風呂に入ろう。





 カビ臭い閉鎖空間に監禁状態であっても、お風呂には入らないとすごく怒られる。

 体は常に清潔にしておけとのことだ。首輪を使われるのは怖いから逆らえないけど

ボクもお風呂には毎日入りたい。


「……う〜ん」


 脱衣所で服を脱ぐとまるで見せつけるように姿見の鏡がある。

 毎日見ている姿なのに、慣れない。


 ぴんと尖った犬耳はボクの意思である程度動かせる。意識を向けた方向を向いて小さな音もよく聞こえる。

 大きな尻尾は触るともふもふだ。こちらもある程度は自分の意思で動かせるけど、たまに制御できず勝手に動き出す。嬉しい時や興奮した時なんか痛いくらい左右に暴れる。犬みたいだ。

 そしてそのどちらも、長く伸びた髪の毛すらも、とても綺麗な銀色に染まっている。

 メサルティムが毎朝手入れしてくれるからことさら綺麗に輝いている。

 ボクの身体は、犬の特徴を持っているのだ。

 そしてその身体は小さく、かつてあったはずの男を象徴するイチモツは存在しない。


「はぁ……」


 一体何のためにボクの身体をこんな姿に改造したのか。ここはどこで、ボクは一体何をさせられているのか。

 あの魔法使いのフードの男の姿もあれ以来見てはいない。目的も一切わからない。

 ハダル先生は授業以上のことを教えてくれないけど、明日からは違う授業が始まるらしい。このまま素直に続けていって、せめて外には出れるといいのだけど……。

 とりあえず明日のために体を洗わないと。


 もう一度、鏡を見る。

 ボクの首に着けられた首輪。

 これがある限り、決して逆らえない。あの痛みを思い出すだけでも冷や汗が出るほどだ。こんなものを着けられているボクの立場は、決していいものではない。

 そして……、


 ハダル先生もメサルティムも、この首輪と同じ物を着けている。

 ここにいる他のお手伝いさんたちも、みんな望んでここにいるわけじゃないんだ。

 あの魔法使いのフードの男に騙されてここで働かされている。





 翌朝からの授業は『立ち居振る舞い』と『食事マナー』だった。


「では今言った通りにテーブルで食事してみなさい」


 様々な情報を矢継ぎ早に言い放たれて途中から全然頭に入ってきていなかったボクは食前のブドウ酒を前にしばらく固まっていた。


「さぁ早く始めて」


 先生に急かされおずおずとグラスに手を伸ばすも、震える指が思い切りグラスを倒して真っ白なテーブルクロスを盛大に染め上げた。


「…………」


 再び固まるボクにハダル先生の冷たい視線が刺さる。こわい。

 先生は10秒ほど視線でボクを射抜くと、はぁ…と大きくため息を吐いた。


「立ちなさいシリウス」


 言われるまま立ち上がる。秒だ。

 首輪か…また首輪を使われるのか……、と思ったけど、

 どうやら今回は違った。


「尻を出してテーブルに両手を付きなさい」


 ……もっと直接的なやつだ。


 何をされるかはすぐにわかったけど、だからといって逆らうことは出来ない。

 恐怖に震えて服の裾を捲り、言われた通りに尻をつき出す。


「隷属首輪はそう簡単には使いません。あなたの体は貴重なの。かわりにこれからの罰はこれを使います」


 そう言ってハダル先生は鞭を取り出した。

 柄から短く伸びる細く(しな)(シャフト)の先に平たく折り畳んだ皮の板が取り付けられている。

 馬上鞭だ。


「ひとつ」

「い゛っづ……!?」


 ピュンッと風を切る鞭がボクのおしりにピシャリと鋭い痛みを打ち据える。


「ふたつ」

「あ゛っ……! く……!」


 首輪のあの痛みに比べれば、痛み自体は大したことはない。

 痛いけど……、我慢できる痛みだ。


 だけどそれ以上に、その、精神的に、

 尻叩きなんて屈辱的なこと、本当にされるとは思ってなかった。しかも馬の姿した女の人に馬用の鞭で。


「みっつ」

「ん゛っ!!」


 三度打ち据えられて、尻叩きの罰は終わった。

 たった三度打たれただけで、おしりが熱くて、赤くなっているのが自分でもわかった。

 痛みは我慢できても目から溢れる涙は堪えられなかった。


「裾を直しなさい」

「うぅ……はい……」

「もう一度最初から教えます」


 それからもハダル先生の授業は淡々と続けられた。

 ひと月で言葉も覚えられたのだ。テーブルマナーならもっと早い。


 首輪も怖いけど、鞭も二度とゴメンだった。


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