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リリスの娘  作者: 茶無
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 石造りの部屋だった。


 壁も天井も床も四角い石が敷き詰められた部屋。窓は無く、薄暗い。

 完全な闇ではなく薄ぼんやりと周りを見渡せるのは淡い水色の光が床から立ち上っているためだ。照明の一切無い部屋を彩る光の線は床に不可思議な幾何学模様を描いている。ぐるりと見ると全体は円形で纏められていた。

 大きな魔法陣が描かれている。

 ファンタジーもののアニメか黒魔術の儀式みたいだ。丸い円の内側に見たことも無いような幾何学記号と謎言語文字らしき模様がビッシリと書き込まれた図形。幾節の文字列が連なり合って図形を形作り、その図形がさらに大きな図形を形作ってそれらが魔法陣の内を埋めている。


 その中央に寝ていた僕。

 気付くと暗い部屋には、もう一人誰かが居た。


 泥のような色のフードを深く被った人物。暗くて顔も性別すらも伺えない。

 僕の様子をずっと観察していたようだ。何者かはわからないが、見つめ合っててもしょうがないので声を掛けてみることにした。


「………えっと、あなた誰ですか? ここ何処なんですか??」


 ついさっき目が覚めてこんなところで寝ていた僕は状況が全くわからない。

 この人が何かを知っていると思うのだが……


「いでゅるんら ほじゃぬむくうぇどぅどお」


 ……どうやら言葉の通じない方だったようです。

 なんてこった。明らかに英語ですらない。ただの高校生男子である僕の語学力ではコミュニケーションの方法がないよ。


「じゃめな……」


 聞いたことも無い言語を発するフードの人がブツブツと何かを呟き始めた。言葉はわからないけど声質からして男性みたいだな。深く被ったフードにローブ姿で体形もわかりにくい。薄暗い部屋の闇に溶けそうなほど輪郭が不確かで不安になる。妖しい魔法使いみたいだ。

 そしてゆっくり僕に近付いて、人差し指を僕の顔にゆっくり三度振り、細く長く息を吐きかけてきた。臭い。

 いったい何のおまじないかと思ったら、


「………これであたしゃの言葉がわかるはずだよ」


 いつの間にか言葉が通じていた。まさか本当に魔法使い!?

 驚きを隠せない僕に構わず、大げさな礼までしてフードの男は続ける。


「えぇ、えぇ、さぞや混乱しておいででしょう。ここはあなた様にとって異世界。あなたは私どもに召喚されたのです」

「いや、あの」

「どうか私どもをお救いください。私どもはあなた様に頼るしかないのです。えぇもちろん出来る限りのお礼はいたします。しかし今は、ここからすぐに逃げなければなりません。詳しい話はその後で……」


 慌てた様子で捲くし立てるフードの男に促されるままに、僕はロクに喋らせてももらえず大きな箱の中に入れられてしまった。


「安全な場所まで移動できましたらすぐに外へお出ししますので、どうかそれまではここへお隠れくださいませ………」


 わけがわからない。

 箱は大きいけど比較的小柄な僕でもさすがに狭く、蓋を閉められればもちろん立つことも出来ない。おまけにかび臭かった。


 …………暗い。


 蓋を閉めれば外の音も消えた。

 狭くて暗いのは別に苦手でもないけど、早めに出たいところだ。無音の闇で考える。


 違う言葉でも通じ合うおまじないを使った。『異世界』に『召喚』という言葉。ここは日本でも地球でもない異世界で、僕に何かをさせるために召喚したということらしい。何か切迫した事情でもあるのか、それとも絶賛追われている状況なのか、碌な説明も出来ないようだ。

 突然知らない場所に呼び出されてそんなことを言われても…………、



 ……僕はいつでも応じられるように心の準備をしていたのだ!!

 この時のために! こういうのを待っていたんだよ!



 きっと凶暴なモンスターや魔王の討伐などを頼まれるはずだ。そして異世界の冒険が始まる。まだ見ぬ仲間たちとの出会いや別れ、苦難苦境に大発見、恋やちょっぴりえっちなこともあるかも? とにかく色々なイベントが僕を待っているんだ。

 何かチート的な能力でも備わっていればラッキーだけど贅沢は言うまい。なぁに異世界ならば魔法の剣だのなんだのあると思う。それだって醍醐味だ。

 見事モンスターなり魔王なり倒した暁には僕は英雄(ヒーロー)だ。小さい頃からそういう話に憧れていたんだよなぁ……。


 狭い箱は荷台か何かで運ばれているらしくガタゴトと揺れる。

 たまに頭を打ちながら僕は期待に胸を膨らませていた。





 それからどれくらい経ったのか……、

 おそらくは丸一日。ひょっとしたら10時間程度。体感的には永遠だけど1~2時間以内ということは絶対に無いと言える。

 その間、一度も箱の蓋が開かれることはなかった。


 お腹が空いたし喉が渇いた。

 狭い空間に押し込められて身体があちこち痛い。

 我慢はとっくに限界で出るモノも出してしまって酷い状態である。しかし内側からはどうやっても外に出られそうにない。

 完全に閉じ込められている。


 暗闇で五感を奪われた状態で長時間過ごすと気が狂うなんて話があったと思うけど確実に僕の精神は蝕まれつつある。

 自分のアホさ加減に気が狂いそうだった。



 ガチャン!という音で目が覚める。



 どうやら眠っていたみたいだ。いつの間にか僕は箱から出されて、かわりに檻の中に入れられていた。四方を囲む鉄格子が鉄板の床から生えて鉄板の天井で蓋をされている。箱よりは少し広いけど大差はない。

 檻の外には怪しげな部屋の景色があり、おどろおどろしい生き物の標本だの乾燥した植物だのよくわからない液体だので埋め尽くされていた。蝋燭の揺らめきが不気味さをさらに演出している。

 そしてすぐ隣には台座があり、巨大な犬のような獣が横たわっていた。

 輝くような銀色の毛並みの狼。狼にしたって大きすぎる。5m近くあるんじゃないか?

 ピクリとも動かないし呼吸もしていない。……死んでいるようだ。


「おや起きちまったぁよ。しかしアホだねぇお前、本当にアホだねぇ」


 そしてフードの男がいる。アホだアホだと繰り返す下卑た笑いが如実に現実を物語っていた。

 騙された。

 箱の中でもうすでにわかってたけど騙された。


「よっぽど頭のアレなところからやって来たんだねぇ犬みたいに簡単に騙されて」

「何が…目的なんだ。ここから出してよ。こんなことして只で済むわけ……」

「アホの言葉なんて聞きたかないよあたしゃ。もうしばらく黙っていなよ」


 鉄格子の隙間から素早く杖で頭を小突かれた。長時間監禁され消耗してフラフラな僕は軽く突かれただけで倒れてしまう。

 いや違う。何かされた。

 身体が別の誰かの物になったように自由が利かず指一本動かせなくなった。さらに猛烈な睡魔で脳みそを鷲掴みにされたように意識が遠くなっていく。



「目が覚める頃には、お前も『リリスの娘』だよ……」



 わけもわからないまま薄れる意識の中で最後に見えたのは、台の上の銀色の狼だった。




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