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02話 私の体を探してくれませんか?

 走って……

 走って……

 走って……


「はあっ……はあっ……はあっ……」


 家に帰って玄関の扉を閉めたところで体力が尽きて、その場に座り込んだ。

 肩で息をしながら、そっと振り返る。


「……」


 誰もいない……よかった、追いかけてきていないみたいだ。


「ふう……」

「そんなところに座り込んで、何をしているんですか?」


 顔を上げると、妹の美月が怪訝そうにこちらを見ていた。


「別に……なんでもない」

「そうですか? とりあえず、おかえりなさい」

「ただいま。ほら、ノート」

「ありがとうございます、兄さん」


 ノートを差し出すと、美月は笑顔で受け取った。


「これで宿題をすることができます」

「ちゃんと宿題をするなんて、美月はえらいなあ」

「何を言っているんですか、当たり前のことでしょう」

「その当たり前のことができない人も、世の中にはいるのさ」

「兄さんのことですね」

「冷たい視線を兄に向けるのはやめてくれないか……?」

「それより、いつまでそんなところに座っているんですか? そこがお気に入りの場所なんですか?」

「玄関の床がお気に入りって、俺は猫や犬じゃないんだから」

「似たようなものでしょう?」

「ペット扱い!?」


 ぼやきながら、埃を払って立ち上がった。


 足は……震えていない。

 よかった、妹の前で格好悪いところを見せるところだった。


「それじゃあ、俺は部屋に戻るから」

「はい。ノート、ありがとうございました」


 美月と別れて、階段を上り、自分の部屋の前に移動する。


「ふう……今日は色々あったから、早く休みたい」


 部屋の扉を開けて……


「あ、お帰りなさい」


 扉を閉じた。


「えっと……疲れてるのかな、俺……」


 目をこする。

 それから、もう一度扉を開けた。


「お帰りなさい」



 バタンッ。



「ダメだ、幻が消えない……やっぱり、疲れているのかな?」

「幻なんかじゃないよ」

「うわあっ!?」


 女の子が扉をすり抜けて現れた。


「な、な、なななっ……」

「な?」

「なんでここにいる!?」

「私、幽霊だから。その辺の壁をすり抜けて、ひょいっと」

「方法を聞いているんじゃない! なんで、俺を追いかけてきたのかっていうことを……」

「兄さん?」


 階下から怪訝そうな美月の声が聞こえてきた。


「いったい、何を騒いでいるんですか? 何かあったんですか?」

「あ、いや、なんでもない。なんでもないから」

「……なんだか怪しいです」

「えっと」

「今からそっちに……」

「ご……ゴキブリ!」

「え?」

「ゴキブリが出て、つい驚いて、大きな声を出したんだ!」

「……」

「美月?」


 返事は返ってこない。

 そういえば、美月はゴキブリが大嫌いだったっけ。たぶん、逃げ出したんだろう。


 ウソをついてちょっと心が痛むけど、これで、しばらくの間は美月は二階にやってこないはずだ。


 それに、両親は共働きで出張中。

 今、ここにいるのは俺とこの幽霊だけ。


「ん? 話は終わった?」


 とりあえず、この幽霊をどうにかしないと。


「……ちょっと、俺の部屋に来てくれ」

「はいはーい」


 部屋の中に入ると、女の子は素直に着いてきてくれた。

 俺は椅子に座り、女の子はクッションの上に座る。


「えっと、それで……とりあえず、君はなんていうんだ?」

「名前を聞くなら、まずは自分の方から名乗るべきじゃない?」

「それもそうだな。俺は、宮藤和人。七峰学園の二年生だ」

「私は雫。宮ノ下雫。幽霊だよ」

「幽霊、か……」


 じっと雫を見つめる。

 体はうっすらと透けていて、よくよく見てみれば、わずかに宙に浮いている。

 目の錯覚でも幻覚でもない。


 間違いない……雫は幽霊だ。


「まさか、本物の幽霊を見る機会があるなんて……」

「私のこと、怖い?」

「……正直に言うと、怖い」

「その割には、やけに冷静だね。学園で会った時は、もっと驚いていたのに」

「あれは不意打ちだったから……今は、少し慣れた」

「へえー」

「それに、雫は人を傷つけるような悪霊とか、そういう怖いヤツには見えないから」

「そうだけど……なんで、そんなことがわかるの?」

「これでも、人を見る目はあるつもりなんだ。いや、この場合、幽霊を見る目か?」


 ちょっと掴みどころのない性格をしているけど……

 雫が悪人でないことは、その澄んだ瞳を見ればわかる。


「そういえば、お願いがどうとか言ってたけど……」

「うん、お願いがあるんだ。だから、わざわざここまで追いかけてきたんだよ」

「お願い、ねえ」

「頼まれてくれないかな?」


 ここで断ることは簡単だ。

 わざわざ厄介事を背負い込む必要なんてない。


 ないんだけど……


「……わかった、いいよ」

「また、やけにあっさりと。まだ何も話していないんだけど、いいの?」

「よくわからないけど、困っているんだろう?」

「てっきり、断られると思っていた」

「どうして?」

「幽霊は苦手なんでしょう?」

「そりゃあ、苦手だけど……でも、相手が幽霊であれ、困っているのなら見捨てるような真似はしたくない」


 雫がきょとんとした。

 それから、にっこりと笑みを浮かべる。


「そっかそっか、和人くんはそういう人なんだね。気に入ったよ。どうやら、和人くんに声をかけたのは正解だったみたいだ」

「それで、お願いっていうのは?」

「私の体を探してほしいんだ」

「……うん?」


 雫の言葉の意味が理解できなくて首を傾げた。


「正確に言うと、私は幽霊じゃないんだ」

「じゃあ、なんなんだ?」

「生霊」

「生霊っていうと……まだ生きているけど、体から魂だけが抜け出している……っていうような感じ?」

「うん、大体そんな感じだよ」


 生霊に出会えるなんて思ってもいなかった。

 人生、何が起きるかわからないものだな。


「それで、お願いなんだけど……私の体を見つけてくれないかな? 体を見つけて生き返りたくて。長い間探しているんだけど、ぜんぜん見つからなくて……」

「自分の体なのに、どこにあるのかわからないのか?」

「私、気がついたらこんな状態になっていて、記憶も曖昧で……どこに自分の体があるのかわからないの」

「気がついたら? 何か事故があってそんな状態になったんじゃないのか?」

「あったのかもしれないけど、それすら覚えてないというか……今の私って、記憶喪失、っていう言葉がぴったり似合う状態だと思うんだよね。自分の名前以外覚えていないんだ」

「それはまた、厄介な」


 記憶喪失の幽霊……いや、生霊の体を探す。

 無茶振りもいいところだ。


「やっぱり、ダメかな……?」

「……あまり期待はしないでくれ」

「え?」

「できるだけのことはやってみるけど、俺に探偵みたいな能力はないから。うまくいかなくても、呪わないでくれよ」

「引き受けてくれるの?」

「ここまで話を聞いて断るのもなんだし……他に頼れるヤツがいないんだろ?」

「あ、うん。私って幽霊だから、誰にも見えるわけじゃないんだ。波長が合う、っていうのかな? 一部の人にしか見えない、声が聞こえないみたいで……今まで和人くん以外に私に気づいてくれた人はいなくて、だから、他に頼りになる人がいなくて……」


 そうなると、雫はずっと一人だったのか……

 それは、なんだかとても寂しい気がした。


「うまくいくかどうかわからないけど、できる限りのことはする」

「本当に!?」

「ああ。これも何かの縁だ、手伝うよ」

「和人くん……ありがとう!」


 感極まった様子で雫が飛び込んできて……


「むぎゅ!?」


 そのまま俺をすり抜けて、床にぶつかった。


「……痛い……」

「なんだかなあ」


 拍子抜けもいいところだ。

 こんな幽霊に怯えていたなんて……


「あ、今笑ったでしょう?」

「いや……」


 ごまかすように、手を差し出した。


「なにはともあれ、これからよろしくな」

「あ……うん!」


 握手をした。


 触ることはできなかったけど……

 でも、雫の温もりを感じることができたような気がした。

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