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7話「勝利、そして再戦」

「主、やったな」


 ニケが嬉々とした表情で渚の肩を叩く。


 背後には喧騒冷めあらぬ酒場の活気が感じられる。


 あの後、聖騎士は酒場の客達に袋叩きにあい、路地裏のヘドロの中に投げ込まれた。

 渚は町娘を救ったヒーローとして讃えられ、これでもかと酒を浴びせられた。


「なに、男として当たり前の事をしたまでだ」


 酒に飲まれ千鳥足の渚は気分良く返す。少し冷たい夜風が火照った体には丁度いい。


「何が男じゃ。青ざめた顔で対決しておった癖に」


 ニケも渚の連れとして大量に酒を飲まされていた。とろんとした目で陽気に笑う。


「結果良ければ全て良しだろう」


「じゃな」


 にしても、とエリーが続ける。


「あの町娘に告白された時の、主の狼狽加減と、ニヤケ顔は忘れられんのう」


「それはそうだろう。助け出した姫に英雄が告白されるようなものだろう。こんな経験滅多にない」


 ニケは疲れた、と川縁のベンチに腰掛ける。


「まあな、そんな経験一生に一度あるかどうかじゃろう」


「だろう。今日は素晴らしい日だ」


 渚もベンチに腰掛けた。


 空は雲ひとつなく月光が白い光を放っている。これからの二人の旅路を祝福しているようじゃあないか!、と渚が声を上げようとした時だった。


「頭を下げろ!」


 ニケの声が耳元で炸裂し、渚は反射的に頭を下げた。


 渚の頭上を何かがかすめ背後の民家の壁が音を立て崩れ落ちる。


 一瞬で酔いが覚め寒気が全身を駆け巡る。


「避けるとは素晴らしい。だが、今ので楽になっておけば良かったものを」


 白昼夢のように、突如として目の前に聖騎士が現れた。先ほどの酒場でボロ雑巾にされた聖騎士だった。両脇に十余人ばかりの聖騎士が立ち並んでいる。


「これはこれは、ヘドロ臭い聖騎士様が何の用じゃ?」


 ニケが文字通り皮肉たっぷりの声音で笑う。


「何の用だと? 決まっているだろう。俺様をコケにしてくれたお礼をしにきたまでよ」


 聖騎士は殺意に溢れた醜い顔を歪ませると「やれ」と他の聖騎士に命じた。


 一斉に右手を渚達に向ける。瞬間、二人の体が宙に浮く。もがこうとしても体は言う事を利かず、右腕がぐにゃりと折れ曲がる。


 感じたことのない痛みに、形容もつかない咆哮を上げた。


 ニケも相手の魔力の多さに抗えない様子で、なす術なく唇を噛み締めている。


「フハハハハ! 痛かろう。辛かろう。お前達は徐々に肉体を折り曲げられ死んでいくんだ。まずはお前! 男の方からだ。片割れは男が苦しむ様を見てから痛ぶってくれよう」


 高らかに笑う姿は、それこそ悪魔であり魔女という言葉がしっくりくる様だった。


「すまない」


 渚は痛みに耐えニケに告げた。


「こんな所で、約束も果たせないまま死ぬことになるなんて」


 ニケは目を見開くと「阿呆め」と呟いた。


「主は阿呆じゃ。こんな時に他人の心配をしている場合か」


「だって、そうだろう。あそこで俺が出しゃばらずに町娘を救わなければ、こんな事には……」


 渚の頬をニケの拳が突く。痛みに頬が熱くなる。

 あれ、おかしいぞ。なぜ動けないはずのニケの拳が?


「それは結果論じゃ。あそこで主が奮い立たねば、わしは見限っていた。素晴らしい相棒に巡り会えたと思ったんじゃ」


「なぜ拘束魔法が利かない!」


 地面に降り立った二人を見て聖騎士達は狼狽している。


「痛むか?」


「ああ、痛すぎて感覚がなくなったよ。それとも酒の飲み過ぎかな」


 渚は強がりを言ってみせたが、ニケは重苦しい表情のまま「下がっていろ」と呟く。


「誰から死にたい?」


 地の底から響くような声がその場を凍らせる。


「あ、ああ」


 聖騎士の一人が口の端から泡を吹き出し倒れた。


「お前、まさか魔女か!?」


「魔女だったらなんだというんだ」


 ニケが人差し指を向けるともう一人、聖騎士が倒れる。


「うろたえるな! 我々には神がついている!」「そうだ、神の力を!」「神の鉄槌を!」と口々に男達が叫ぶと夜空に雷鳴が鳴り始め、幾枝もの雷がニケに向け降ってくる。


 轟音と共に地面を裂き、ニケが眩い光に飲まれる。


 地煙が晴れるとなおもそこにニケが無傷のまま立っており、聖騎士達は青ざめる。


「神の力というのは、これか? 少女一人屠れないとは、神も落ちたものじゃのう」


「クソクソクソ! こうなりゃ男の方だけでも!」


 渚に向け人差し指を向ける。人差し指から光の矢が放たれた。


 渚は瞬時に予感した。俺はここで死ぬのだと。

 それはそれでいいか。とも思った。

 どうせ現実世界へ戻っても仕事の毎日だ。定年まで仕事仕事の毎日を送れるとは到底思えない。ならばいっそ、ここで死ぬのも悪くない。


 目を瞑る。


 が、いつまで経っても痛みも死も訪れない。


 目を開くと、目の前にはニケが渚を庇う形で立ち塞がっていた。


「主、今死んでもいいと思っていたんじゃないのか?」


 ニケの脇腹から血が滴り落ちている。


「おれ、俺は……」


 やったぞ、魔女を討ち取ったぞ、と前方から喜々とした声が響く。


「一旦引くぞ」


 来い、とニケが手を挙げると、上空から牛程の大きさのある鴉が舞い降りた。


「乗れ」と促され鴉の背中に跨ると大空へと飛び立つ。


 地上から光の矢を放つ聖騎士達の健闘虚しく、二人を乗せた鴉は夜闇に消えた。

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