6話「初陣」
近くで見る白の男は体格も良く、凄みがあった。
「なんだお前?」
明らかに怪訝そうに、面倒臭そうに言葉を寄越してくる。
それもそうだろう。貧相な体つきをしたいかにもひ弱そうな色白の男が、強大な力を持った者に刃向かうなど、正義の味方気取りの勘違い野郎に違いないのだから。
怖気付きそうになりながらも、渚は自らに言い聞かせる。
これは仕事だ。一台プロジェクトを立ち上げるため、強面の社長に直談判をしに来たのだ。
深呼吸をひとつし、営業スマイルを顔に貼り付ける。
「どうも、初めまして。私、有限会社ミヤビの営業担当をしている、東城渚と申します。本日はよろしくお願いします」
「はあ?」
白の男は勿論、その他大勢の取り巻き、が目を点にし虚を突かれた声を上げる。
「有限会社? よろしくお願いしますだ? おちょくってんじゃあねえぞ!」
白の男が怒声を上げ渚に顔を近づける。
肉食獣の様だ。俺は今からこのライオンに食べられてしまうシマウマなのかもしれない。
しかし、それはいつもの事だ。資本主義のライオンに楯つくことなど日常茶飯事だ。
少しでも相手の脛に傷跡を残せればそれでいい。
そうやって渚は営業部でも屈指の売り上げを誇ってきた。
「まあまあ、騎士様、そう気を荒立てないで下さい。確かに見ず知らずのこんな平民におい、お前、と話しかけられれば誰だって気にくわないのもわかります。しかしですよ。私はこちらの見目麗しい女性を庇いに来たわけでは御座いません。そして、騎士様の加勢に来たわけでも御座いません」
「ならなぜ出て来た?」
「それはひとつ。私が私の私欲を満たすためです。私の持つ力を持てば、この女性が魔女であるか否か。合理的に計り得る事が出来るのです」
「ほう。興味深いな」
いいぞ、と渚は胸の中でガッツポーズを取る。
白の男が腕組みを解き顎を撫で始めたからだ。これは相手の話している事に興味を示し始めた合図だ。
「騎士様もそうでしょう。この女性を私欲の為にこのまま殺してしまっては、今後聖騎士団への風当たりも強くなる事は明白。ならば、合理的かつスマートに、この女性が魔女であるかどうか、私が証明してみせましょう」
「ふむ、確かにそうだな。悔しいがその通りだ。尺には触るが貴様に任せてみるとしよう」
「ありがとうございます」
渚はにやける顔を隠す為にわざと深くお辞儀をしてみせる。
「して、いかにして魔女かどうか確かめるのだ?」
「それは、これです」
渚は懐からタバコを取り出した。
「その細長いものはなんだ?」
白の男は訝しげにタバコを眺める。
「私の出身は遠い異国の地、日本という場所でございまして、この細長い物はタバコ、という代物です。日本にも妖怪や幽霊といった魑魅魍魎がそこらを跋扈しており、それらから身を守る為に生み出されたのがタバコなのです。古くから退魔の煙を出す道具として用いられて来ました。つまり、このタバコの煙を吸う事が出来なければ、この女性は魔女という事になります」
「聖水以外にもそんな物があったとは」
白の男は感心しきった様子で頷く。
「では、まずは騎士様。貴方からこのタバコを吸って貰えますか」
渚は間髪入れずにタバコに火を付ける。紫煙が静寂な酒場に漂う。
「なぜ私が」
白の男は眉間にしわを寄せ憤る。
「なぜって、当たり前でしょう。貴方は魔女とは真逆にいる存在。その方にまずこれを吸ってもらった方が、後々の証明の説得力が増すでしょう。それとも、貴方、魔女なんですか?」
「なにをバカな!」
「ならば吸えるはずです。神の御心に仕える者ならば容易に、ね」
酒場の客から静かな、しかし強い視線が白の男を刺す。吸え、早く吸え、と。
「わかった、やってやる」
白の男にタバコの吸い方を教え手渡す。
「さあ、どうぞ」
「大丈夫だ。俺は神聖なる聖騎士団の一人。神に仕える男だ」
ぶつくさ唱えると白の男はタバコを吸った。
「ん、エッ、ゲッホゲホ!」
盛大に咳き込み、喉を押さえ煙を吐き出し悶える白の男。
酒場がザワザワとざわつき出す。異国の男の言う通りならば、あの聖騎士は魔女ではないか、と。
「お前、毒を盛ったな!」
白の男は渚の頬を拳で殴った。
脳が揺れ視界が左右に揺れる。が、上司に張られるビンタの屁ではない。
渚は微動だにせず、床に投げ捨てられたタバコを拾い燻らす。
「いいえ、私はこうして何も感じずにタバコを吸えていますよ? 毒を盛るだなんて、そんな外道な事はしません。始めに言ったでしょう。私はどちらの味方でもないと」
客たちの間に再び大きなどよめきが起こる。
あの異国人が顔色ひとつ変えずに吸えているという事は、やはりあの聖騎士は魔女なのでは? いや、魔女だ! 聖騎士はクソだ! 気に食わないからやっちまえ! と客たちは口々に騒ぎ立て、決壊したダムの濁流の様に白の男に殴りかかる。
「違う。俺は、俺は魔女なんかじゃない……!」
酒の席を台無しにされた、酔っ払い達の歓喜と怒声が、瞬く間に白の男の弁明を掻き消した。