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4話「誓いと畦道」

 自分の名を呼ぶ声が遠くの方から聞こえていた。

 それは徐々に近付き暗転した意識の中に光が差し込む。


「起きんかい!」


 バチッと、頬に熱が走り渚は反射的に飛び起きた。

 目の前には腕を組み、眉間にシワを寄せご立腹気味のニケの姿があった。


「おはよう」


「おはようではない。酒場で飲んでいる最中に突然眠りに落ちたかと思えば、半日も目を覚まさぬものだから、わしは、わしは心配したんじゃぞ」


「そうだったのか。俺もいつの間にか現実世界に戻っていたんだ……これも現実だよな」


「そうじゃ。夢ならば頬を叩かれても痛まぬじゃろう」


 もっともな意見だ、と渚は頷く


「して、主はこちらに舞い戻る直後、何をしていた。それがきっと世界を行き来するトリガーじゃろう?」


「そうだな。特に何もしていないな。自分の部屋で眠りに就いただけだからな」


「それじゃないのか」


「え」


「眠る、という行為が行き来するトリガーになっているんじゃないのか。こちらの主も眠りに就いた途端どんなに呼びかけても、殴っても目を覚まさなかったぞ。その間、主は現実世界に戻っていたんじゃないのか」


「殴るという所が気になるが、まあいい。確かに、今までの話を纏めてみると睡眠が鍵になっている事は間違いないみたいだな」


「じゃろう」


 誇らしげにニケは胸を張る。


「して、主は自分で言った事を忘れてはいないじゃろうな」


「言ったこと?」


 はて、何を言っただろうか。

 悩み考えているとニケの表情が曇り出す。まずい、早く思い出さなければ。


「若く見える」


「それではない」


「綺麗だ」


「あ、ありがとう……主、誤魔化そうとしていないか」


「していない。今思い出す」


「はあ」


 ニケは溜息をつくと窓の外に目をやった。外は夕暮れ時で遠くの山々が紅く染まっていた。悲しげな瑠璃色の瞳がキラキラと輝いていた。


「あ」と思い出す。彼女が言って欲しい言葉を。


「俺はお前の相棒だ」


「……うぬ。遅いぞ」


「すまない」


 仕方のない奴じゃ、とニケの表情に笑みが戻る。


「大丈夫だ。俺は約束した事は守る」


「本当かや。口では何とでも言えるからのう。ましてや主のように口の達者な者の言葉は綿毛よりも軽い」


「酷い言われようだな。なら、誓おう」


「何にじゃ?」


「神……いや、俺自身とお前にだ。俺はお前と共に魔女達を纏め、母親を助け出す手助けをする。これは俺の沽券に関わる事だ。だから途中で約束を投げ出す事はしない」


「うむ。ではわしは、お主が約束を果たした暁には、赤い血の指輪を主に渡そう」


 渚が手を差し出すとニケはその手をしっかりと握った。


「では、契約成立じゃな。して、何から始める?」


「まず、俺はこの世界がどんなものかよく分かっていない。まずは近場の街でも見てみたい」


「いいじゃろう。早速行ってみるかや」


 ニケの後に続き部屋を出ようとするが「ちょっと待て」と制止させられる。


「その格好だと聖教師団に目をつけられる」


「聖教騎士団?」


「主の事を足蹴にした奴らじゃ」


「ああ」と思い出す。白いマントに身を包んだ、いかにも聖教者という成りの人間を。


 自分の姿を見やると、上下灰色のスウェットの寝巻き姿だった。ポケットの中に手をやるとタバコとライターが入っていた。どうやら現実世界で最後に身につけていた物はそのままこちらに引き継がれるらしい。


「どれ仕方ない。早急に見繕ってやる」


 ニケはそう言うが早いが右手を渚の前に突き出すと、聞き取れぬ言葉を紡いだ。

 瞬間、渚の全身が青白い光に包まれ、次に瞬きをした時には着ていたスウェットではなく、灰色のボロ布の様な服を纏っていた。


「それにマントを羽織れば、見てくれはこの世界の住人じゃ」


 茶色のマントを渡されそれを羽織る。


「まるでこじきの様じゃないか」


「また国王の手先に魔女だと思われて地面に叩きつけられても良いのか?」


 言われ思い出す。初めてニケと出会った日の事を。そして、あの時のニケの表情、殺意も。普通にしていればこんなにも愛らしいのに。これから先もあの悲哀とした眼を見なければならないのだろうか。


「もう懲り懲りだな」


「じゃろう」


 二人で苦笑いをし宿を出る。外はすっかり帳が下りていた。


 昨日のマスターが宿の庭先で井戸から水を汲んでいた。二人の姿を確認すると「やっと目が覚めたのか」と言葉を寄越してきた。


「昨日、マスターが眠りこけた主を二階まで運んでくれたんじゃ」


 ニケに耳打ちされ渚は「どうもお世話になりました」と頭を下げた。

「構わない」とマスターは右手を上げると作業へ戻っていった。


「寡黙な人だ」


「男は余計な言葉を吐くものではない。女のワガママをうんうん、と広い心で容認してこそ真の男じゃ」


「まるで修行僧じゃないか」


「そうじゃ。人生とは修行の毎日じゃ」


 いじらしく笑うとニケはこっちじゃ、と農道を指差し並んで歩く。


 舗装されていない畦道はどこか田舎の実家を思い出すものがあった

 世闇の中淡い月光を一身に浴びるニケは魔女なんかではなく、純真無垢な修道女とに見えた。


「主の街はどんな感じなのじゃ?」


「どんなって、藪から棒だな。まあ、こんな風に足の底が痛くなるような砂利道はないかな」


「ほう、それはさぞ旅をするのが楽そうじゃ」


「残念な事に、俺たち現代人は旅にふらりと出れるような自由は持ち合わせていない」


「と、いうと?」


「利便性と引き換えに自由を失ったんだ。例えば、こんな風に夜道を人工灯もなしに歩くなんて考えられない。どんなに人寂しい場所にも道路脇には街灯が灯っている。月明かりを頼りに歩くなんて、俺の先々々祖達くらいまでだろう」


「この世界では街灯があるのは大きな街の中くらいじゃ。しかし、辺鄙な場所にも街灯があるのは有難いな。わしのようなか弱く麗しい娘にとっては特に」


 渚は苦笑いしそうだな、と頷く。


「しかし、便利と引き換えに自由を失うとは?」


「こちらの街灯は電気を使っているんだが、電気という物質は備蓄しておく事ができない。しかし電気は24時間365日必要な人間のライフラインなんだ。なにをするにも電気が必要なんだ。だから電気を作る人間は休みなく働かなければならない。それに伴い飲食や医療、宿泊の仕事なんかも24時間あったら、客からしたら便利だろう。そんな感じで便利さを追い求めた結果、現代人は社会、会社に縛られがんじがらめなのさ」


「便利を追い求めた結果の不自由さか。なんとも滑稽じゃな」


「おっしゃるとおりで」


「だが、わしはその便利さを知らないから体験してみたいと思う。この世界も主の世界のようになればいいと思う。阿呆なのじゃ。人はどこまでも欲を満たそうとする阿呆。その欲の先には何が待っているかなんて考えもせん」


「魔女様でも阿呆なのか?」


「わしらは魔女である前に、人間じゃ。考えが及ばないこともある。」


 ニケは自重気味に笑い空を見上げた。

 しまった、と渚は思ったが、時既に遅し。後悔先に立たず。口は災いの元。

 謝ろうと口を開こうとしそれを制される。


「若僧の軽口から発せられる詫びの言葉ほど、食えぬものはない」


 鋭い眼光に舐られ渚は身体をすくめ閉口した。


「行くぞ」


 悲しげな背中に言葉を掛けることも出来ず、自分の小ささが不甲斐なく、奥歯を噛み締めた。

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