3話「流々する人々と日常」
朝日の光に目を覚ました。起き上がると見慣れた自分の部屋だった。
「ニケ?」
呼んでみるも虚しく、独り暮らしの部屋には自分しかいない。
やはり夢だったのか。そう考えるが、あれは現実だったのだと口の中に残るウィスキーの残味を確かめ確信する。
頭の隅に小さな魔女の姿が見え隠れするが、取り敢えず今日も日銭を稼ぐ為に、渚は気怠い身体に鞭打ちスーツに着替え家を後にする。
外は秋の終わりを告げる、肌を刺す様な風が吹いており、学生や社会人が俯きがちに早足で、各々の向かうべき場所へ歩みを進めている。
まるでベルトコンベヤーに乗って流されていく部品の一部の様だ。だが嘆いても仕方がない。皆、社会の歯車の一部に過ぎないという事を理解し、諦め、悟らなければならない。
渚もそのベルトコンベヤーの上に乗り会社まで流されていく。
十分ほど歩くと最寄りの駅に到着する。人混みに揉みくちゃにされながら朝の通勤ラッシュの電車に乗り、痴漢に間違われぬ様両手を吊革に上げ揺られていく。
揺られる事二十分。地獄の満員電車から降り、駅のホームでタバコを一本吸い出社する。
くだらない朝礼を聞き流し、パソコンへ向かい取引先からのメールに目を通し、車を運転して営業へ向かう。
仕事中もあの魔女の事が気にかかっていた。
気がつけば現実世界の自室へと舞い戻っていたが、あの後向こうの世界の自分の身体はどうなったのだろうか。
別れの言葉も告げぬまま霧にでもなって消えてしまったのだろうか。そうであれば彼女は心配しているのではないだろうか。そもそも異世界へ飛ぶためのトリガーはなんなのだろうか。疑問が浮かんでは消え、最早仕事どころではなかった。
適当に仕事を切り上げ足早に家へと帰った。
取り敢えずビールを飲みカップ麺で夕食を済ませ、いつでも異世界へ飛べる様準備を済ませた。
しかし幾ら待てど暮らせど見渡す限り見慣れた自分の部屋だった。
やはりあれは夢だったのか。
そうだろう。今時科学で証明できない事が起こるなどあり得ないのだから。
そう言い聞かせながらも、どこか寂しさを感じた。
昔は幽霊だの宇宙人などのテレビや雑誌を読んで心を躍らせていたのに、年を重ねる毎にあの新鮮さと恐怖は薄れ、日々の仕事に埋もれていくものだ。
今では一番怖いのは取引先からのクレームと上司の顔色だ。
余計なことは考えず寝よう
ため息をひとつ吐き、目を瞑った。