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0話「プロローグ」


 頭の中に靄がかかっていた。地鳴りのような頭痛がする。二日酔いにも似た感覚だ。

 鼻頭がこそばゆい。ちょんちょん、と誰かに触れられている感触がする。


ーーおーい。


 頭上から声がする。止めてくれ、と思い出す。昨日会社で三次会まで付き合わされたんだ。現に今俺は二日酔い真っ只中なんだ、と。思い出しただけで胃がムカついてくる。


ーーおい、起きぬか。いつまで寝ている。


 何時まで寝ていようが勝手だろう。それに誰だ、俺の鼻を小突き続けているのは。理沙か?いやあいつは確か今日は仕事のはずだ。ならば誰だ?


ーーむう、どうしたものか。


 声の主はしばし悩んだ後ふふふと不敵な笑い声を上げた。


ーー落書きしてやろう。


  頬に筆でも動かすような感触がする。渚は仕方なく目を薄く開けた。

 ぼんやりとした視界の焦点が合っていきその輪郭を捉える。


「女の子……?」


 ニタニタと悪い笑みを浮かべ渚の顔を弄んでいたのは見知らぬ女の子だった。

 目と目が合い猫のような叫び声を上げ女の子が飛び退いた。

 渚は身体を起こす。気怠さが体中に重石のようにのしかかっていた。直後、太陽の眩しさに目を細める。辺りを見渡すと遠くに煉瓦造りの家がポツポツと見て取れた。あとは見渡す限りの草原。

 ここはどこだ?昨日俺は夜中まで繁華街で飲み歩き、千鳥足ながらもボロアパートまで辿り着きベッドへ潜り込んだはずだ。こんな辺鄙な田舎の原っぱで寝入ってしまった記憶などない。


 振り向くと女の子がいた。いや、少女がと言った方が正しいか。どことないあどけなさをその片鱗に残すも、見た者十人全員が美しいと言うに違いない成りをしていた。

 肌は透き通るほど白く、黒々とした髪の毛は陽の光に照らされ深緑色にも見えた。


「なにをジロジロと見ている」


 怪訝そうな少女。渚は被りを振り視線を逸らすも先程自分の顔で遊んでいたのはどこのどいつだ、と再び向き直る。


「さっき俺の顔で遊んでいたのは誰だ?」


「それは、その……」


 バツが悪そうに少女は視線を逸らす。


「だってそうじゃろ。今までの生涯で見たことのないものを見たら誰だって興味を持ってしまうじゃろ」


 言われた意味がわからずしばらくした後に俺?と自分の顔を指す。

 そうじゃ、と少女は真面目腐った顔で頷くも渚にはその意味がイマイチわからない。確かに二日酔いのせいで顔はやつれているし、スーツはシワだらけだ。だが、典型的なサラリーマンとはこういうものだろう、という格好に過ぎない。


「そもそも、だ。ここはどこなんだ? 俺は自分の部屋で寝ていたはずなんだが」


「わしに当たられても困るんじゃが」


 少女は溜息をつき倒木に腰掛けた。

 その可愛らしい口が開き、言葉を紡ごうとした瞬間、倒木が閃光を放ち轟音と共に爆散した。黒々と煙が立ち込める中、渚は唖然としてそれを眺めていた。


 これはなんだ? ドッキリ番組か? それとも映画の撮影か?まさかテロに巻き込まれたのか?様々な憶測が脳裏をよぎる。少女は無事なのか。

 よろめきながらも立ち上がり少女のもとに歩みを進めようとした。が、身体が動かない。強靭な縄で縛り付けられたかの様な感覚。


「貴様も魔女の仲間か?」


 背後から野太い声がする。背中を押され地面に叩きつけられる。目の前に白装束に身を包んだ屈強な男が二人立っていた。首からは銀色に光る十字のネックレスを下げ手にはそれぞれ聖書を握りしめていた。聖職者だろうか。


「どうなんだ。貴様も魔女か。それとも悪魔憑きの類か」


 髪の毛を引っ張られ十字架を額に当てられる。


「なんの反応もないな。こいつは人間か。しかし奇怪な衣類を纏っているものだ。そんな成りでは魔女と思われても仕方ないぞ」


 なぜ見ず知らずの聖職者に、それも地面に叩きつけられて説教されなきゃいけないのか。それにスーツは立派な社会人の正装だ。それを訝しがるこいつらの常識を疑った。文句の一つでも言ってやりたかったが口が動かない。チャックで締められたかのようだ。


「そんな十字架が効くのは三流までじゃ。いい加減教会はその事に気付かんのか? それとも聖職者は、十字架を身につけねばアイデンティティを保てぬのか?十字架を着けていれば神がその身を護ってくれると?神の名を語れば生を無作為に摘んでもいいと?」


 聖職者の背後に閃光の中に消えたはずの少女が立っていた。

 いつの間にか空は厚い雲で覆われ今にも雨が降り出しそうだった。


「くだらん、ふざけるな」


 ポキッと一人の聖職者の首が不自然に折れ曲り、そのまま千切れて地面に落ちた。

 操り手が居なくなった人形のように、聖職者の身体が崩れ落ちる。


「貴様!」


 聖職者は怒声を上げると少女の身体が再び閃光に包まれ爆破した。先程よりも大きな炸裂音が地面を揺らし砂煙を巻き上げる。

 煙が晴れても尚、少女はそこに立っていた。傷一つ負わずに。曇天の空の下、真紅の両眼が鈍い光を放っている。禍々しい程の黒い狂気が少女の周りに漂っているのを感じた。

 恐ろしい。ただその一言に尽きた。

 聖職者の身体が宙に持ち上げられる。もがくも意味を成さず四肢があらぬ方向へ曲がり、よじれ、嫌な音を立てて力なく垂れ下がる。


「さあ、祈ってみろ。お前達が信仰している神とやらに。それともわしに祈るか? 助けてください、と」


 少女は不気味な笑みを浮かべていた。悪魔だ。その形相を見て思った。


「ふざけるな。私達が使えるのはただ一人。偉大なるディユ・ルミエール様のみだ!」


「気丈だな」


 少女が指を弾くと聖職者の身体は雑巾を絞ったかのように細長く捻れ、落ちた。


 辺りには静寂が訪れる。

 雨が降り出し無残な骸に降り注ぐ。


 渚は動く事も言葉を発するとこも出来ず、ただ呆然と少女を見ていた。

 少女は無表情であったがその紅い眼には深い陰りが落ちており、それが脳裏に焼きつき離れなかった。




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