初恋の人があまりに好きすぎたのでどうにか忘れようと距離を置いてみたけれど何故か回り込まれて結果的に捕まったわたしの話
タイトルの時点で既に出落ちですね。
…すみません。なかなかタイトル決まらなくて、やけくそでラノベ風の長いタイトルにしてしまいました。
内容は普通にいつも通りの恋愛小説です。
ただ単純に、好きでいることだけを許してもらえる。
芽生えてしまったこの想いを、決して誰にも明かすことなく。自分だけの秘密として、一生この胸のうちに留めておくだけで――……それだけで、自分自身も満たされることができる。
見返りがなくても、満足だと、本心から言うことができる。
たとえ報われることがなくても、想い人の幸せをただ願い、心からの笑顔で祝福することができる。
もしも、そんなやさしい世界でずっと生きていられたなら。
今頃こうやって、苦しむこともなかったのかもしれないのに。
――それ以上を求めるから、苦しくなる。
相手に自分を見てほしい、知ってほしい。自分と同じだけの想いを、相手にも抱いてほしい。
あなたのことを心から愛している。だからその分、相手にも自分を愛してほしい……と、おこがましくも願ってしまう。
その存在を、喉から手が出るほど欲して。
ただ手に入れたくて、自分だけのものにしたくて。
……そして、熱望からはあまりにかけ離れたあの人の『ホントウ』を、そのままの美しさを目にすることで。
自分の浅ましさに、吐き気がする。
彼が好きだ。心の底から、彼を愛している。
でもそれを認めることは、同時に自分の汚らわしさと、真正面から向き合わなければいけないということで。
本当は、近づきたいのに。
今までそうしてくれたみたいに、その無垢で美しい瞳に、わたしの姿を映して。その艶やかな唇で、わたしの名前を口にして。長く繊細な指で、この身に触れてほしいのに。
はっきりとこの恋を自覚してからは、それさえも許されない気がして。
あなたを想う、この心さえ、穢れているような気がして。
ねぇ、恋は綺麗で優しいものだなんて……誰が言ったの。あんなの、所詮は嘘っぱちじゃない?
ただ毎日辛くて、苦しくて。
自分のどろどろとした感情を、そぎ落とすこともできないままに、あの人と顔を合わせなきゃいけないなんて。
いつかバレはしないかと、毎日おどおどして。
いい加減、疲れたよ。
だからもう、忘れなきゃいけないんだって。
自分の立場では、決して報われない恋だと。好きでいることさえ、許されないんだと……気付いてしまって。
距離を、置くことにした。
◆◆◆
自分が失敗したと気づいたのは、当初の予定通り実家へ帰ってきた、その後のことだった。
「隆之くんが来てるのよ」
母親が、世間話の延長みたいに、何気なくそう言ったから。
わたしは危うく、聞き逃すところだったのだ。
「……え?」
動揺を悟られてはいけない。そう思うのに、着替えていた手の動きはぴたりと不自然に止まってしまって。
台所で食器を洗っていた母親は、振り返ることなく、けれどわたしの心情を察したようにクスリと笑った……ようだった。
「真名が今日帰ってくるのってお姉さんに話したんだけど、それを聞いたらしくて。久しぶりに顔を見たくなった、ですって……ホント、あの子って気まぐれよね」
ゆっくりと部屋着に袖を通し、ぎこちない動きでソファへ座る。何事もないように装って、「そうなんだ」と口にした。
今、彼が何をしているのか。結婚したなんて報告は受けてないけど、彼女くらいはいるんじゃないのか。
たくさん、たくさん、本当は聞きたいことがあった。
でも、その全ては、口に出しちゃいけない。きっと同時に溢れ出るであろう気持ちを、決して知られるわけにいかないから。
「今は、煙草買いに行ってるけど」
「……ふぅん」
返事も、そっけなくなる。
そんなわたしの内心に気付く由もなく、母親はどこか機嫌良さそうに声を上げた。
「ホント、ちょうどよかったわって思って」
「何で」
「お母さんね、もう少ししたら出掛けるのよ。同窓会があるの」
そのまま泊まってくるからね、と続く言葉に、また固まってしまう。
勝手に気まずくなってるのはわたしだけで、その理由も彼を含めて知る人はいないはずだけど、今の状態で彼と――隆之くんと顔を合わせるのは、ちょっときつい。
「お、お父さんは」
救いを求めるように、聞いてみるけど。
「言ってなかったかしら。今日は仕事終わって、そのまま飲み会ですって。あの人のことだもの、きっと今日も午前様よ」
「……」
母親の言う通り、父親が今日帰ってくる可能性はまずない。酒好きの父親は、もう結構いい年なのに、一回飲みに行ってしまえばそのまま朝まで酒屋で過ごしてしまうような人だ。
つまり救ってくれる人は、誰もいないみたい。
「もうすぐ隆之くん戻ってくると思うし。帰ってきて早々で申し訳ないけど、今夜は二人でお留守番、宜しくね」
まぁ、あんたたちのことだから何もないと思うけど……と冗談交じりに振り返って、母親は笑った。
どうせわたしたちのこと、昔と同じように仲のいい兄妹くらいにしか思ってないんだ。年頃の男女が二人きりで夜を明かす、そんなシチュエーションは危険だ……なんて微塵も考えてない。
人の気も知らないで、まったくひどすぎる母親だと思う。
その時ちょうど、後ろで玄関のドアが開く音がした。どきり、と痛いほど心臓が高鳴る。
「戻ったよ、叔母さん」
リビングに響く低い声。じわじわと顔中に集まってくる熱を逃がしたくて、小さく首を振った。
「あぁ、お帰り隆之くん。真名、帰って来てるわよ」
「何だ、言ってくれたら迎えに行ったのに」
随分と会っていなかったはずなのに、その声色も話し癖も、横目に見たあたたかな笑顔さえも、最後に会った日と何も変わっていなくて――同時に、彼のことを今まで片時も忘れていなかったことを思い知らされて、ぎゅっと胸が締め付けられた。
顔を背けているからわからないけど、多分わたしを見ている。当たる視線がじりじりと、身体中に焦げ付くような。
「久しぶり。……真名」
何年か越しに紡がれる、名前。
それだけで、もう息が詰まってしまって。せっかく秘めてきたはずの想いが、むくむくと湧き上がって、口を開けば今すぐにでも出てきてしまいそうで……せっかく隆之くんが話しかけてくれたのに、わたしは顔も見ることさえできないまま、ただ無言でうつむいていた。
◆◆◆
物心ついた時から、従兄の隆之くんが好きだった。
わたしと隆之くんは母親同士が姉妹で、父親同士も仲が良かったし、住んでいるところも割と近かったから、昔からよく互いの家へ泊まりに行ったりしていた。
どちらも一人っ子だったからか、昔からよく遊んだものだ。三つ年上の隆之くんの背中を、飽きもしないでずっとちょこちょこ追いかけて。
隆之くんも、そんなわたしを可愛がってくれた。どこに行くにも、何をするにも、『真名、行くよ』って頼もしくわたしの手を引いてくれた。
幼い頃はただ、単純に懐いていただけだった。
マイペースなところがあって、ふらりと気まぐれにどこかへ行ってしまう隆之くんの手を、振り払われないよう――優しい彼は、そんなこと一度もしなかったけど――必死で握っていた。
最初のうちは、『好き』っていっても、お兄ちゃんとしての『好き』だった。
いつだって、わたしの前を歩いていてくれる。広い背中を見せて、安心させてくれる。迷った時の、道しるべでいてくれる。
そんな頼れるお兄ちゃんとして、ただ純粋に憧れていただけだった……はず、だったのに。
いつからだろう。その気持ちに、甘さがこもるようになったのは。
彼の一挙一動を、かっこいいなって思いながら、無意識にぼうっと見つめてしまって。身体のどこかが僅かに触れるだけで、全身に電流が走ったように痺れて。名前を呼ばれるだけで顔が熱くなって、心臓の音が外に聞こえちゃうんじゃないかってくらいばくばくと響いて。
あぁ、もうダメだ……って思ったのは、高校生の時。
部屋で受験勉強をしていたわたしのもとへ、お風呂から上がったばかりの隆之くんが、髪をタオルで拭きながらやって来たのだ。
『どっか、分かんないところあんの?』
後ろから、わたしの手元を覗き込んできた隆之くん。顔同士が、すごく近い位置で。ちょっと顔を背ければ、鼻と鼻がくっつくような……キス、とか、できたりするような、距離。
もうそれだけで、頭が沸騰しちゃうんじゃないかって思うくらいふつふつと、全身に熱が集まってきて……大変だった、のに。
あろうことかその時彼は、何を思ったのか、わたしの頭に無防備に腕を乗せてきたのだった。
重いとか、どいてよ勉強の邪魔とか、何も知らない頃なら言えてたかもしれない。でもさらに縮まった距離に、どうしていいかわかんなくなって。
今すぐ逃げ出したくて、でも傍にいたくて。
『顔、真っ赤』
すぐ傍で響く低い声が、耳をくすぐる。煙草の苦い香りに、大人の男性の色気を感じて、くらっとした。
『受験生だろ? 身体大事にしないと』
すっかり手が止まり、何も言い返せず固まってしまったわたしに、彼は心配そうに声を掛けた。するり、乗せられた手と近づいた顔が離れていく。
ホッとしたと同時に、何だかとてもさみしくなった。
『あんまり焦らなくてもいいから。今日は、もう寝な』
去り際に、ポンッと頭に乗せられた手のひら。一瞬だったけど、その体温は離れたあとも、いつまでも残り続けて。
『おやすみ』
彼の気配が離れ、部屋を出ていったのを、確認した後。
がくり、自分の机に突っ伏したわたしは、もう勉強どころじゃないくらい混乱していた。
これ以上彼の傍にいたら、自分がおかしくなってしまう。
彼に近づくことはもう、出来ないと思った。
同じだけの気持ちを、きっと彼の方は抱いてくれていない。
従兄妹同士は結婚できるというけど、期待なんてこれっぽっちも出来やしないのだ。どうせ隆之くんはわたしのことなんて、単なる妹くらいにしか思っていないだろうから。
直接本人に確かめることなんて、もちろんできるわけないし。
――だったら、どうする?
封印しよう、この気持ちを。
そのためには、まず彼から離れないといけない。
それから受験勉強に没頭し、わたしは県外の大学へ行くことにした。家を出てしまえば、地元で就職した彼に会うことはもうないだろうと。
帰省のタイミングも、わざとずらした。本当のことを言えば帰りたくないくらいだったんだけど、さすがに両親に悪いかなと思って。
もちろん疑問に思われたけれど、学園祭の準備があるとか、仕事の都合だとか、その度にいろいろ理由をつけて一応は納得してもらった。
離れれば、会わなければ、いつか忘れられると思った。
こんな汚い気持ち、消えてくれると思った。
それなのに。
何故彼が今、このタイミングでうちに来るんだろう。
◆◆◆
「二人きりで飯食うのって、そういえば初めてじゃない?」
母親が出掛けた後、隆之くんは何事もなかったように、母親が作り置いてくれた二人分の夕食をよそいながらそう言った。
「そう、ですね」
これまでどう話していたか忘れてしまって、つい敬語で答える。案の定、彼には「何それ、他人行儀」とからかうように笑われた。
ふと彼の前で、部屋着でいることが恥ずかしくなったけど、後悔したって今更だ。旧知の仲だし、向こうはどうせどうとも思っていない。
ホッとしたと同時に、変に落胆してしまって、最終的に自己嫌悪。
「焼き魚と、煮物。シンプルで逆にいいよね」
誰もいないダイニングテーブルで、向かい合って夕食。隆之くんは時折話しかけてくれるけど、わたしは曖昧に相槌さえ打てず、ほとんどまともに話すことができないから、いつも以上に気まずい食卓になった。
ちらりと、目の前で黙々と食べている隆之くんを見る。
箸を綺麗に持つ、男らしい手。上手にほぐされた魚の身が運ばれていく、口元。もぐもぐと動く口は、ちょっと可愛げなんていうのも感じる。
「叔母さんの手作りは、相変わらず懐かしい味がするな」
子供っぽい笑顔で、今度は煮物へ箸を伸ばす。器用にかぼちゃを挟んで、口元へ運び、咀嚼する。
「うちの母さんなんてずぼらで、ほとんど自炊しないから」
口の端から僅かに零れた煮汁を、ぺろりと舐め取る真っ赤な舌。何気ないように向けられる、流し目。
「……う、ん」
見続けていたら、危険だ。目がばっちりと合う前に、慌てて視線を逸らした。
「ごちそうさま、でした」
気持ち早めに食べ終えて、キッチンの流し台に食器を運ぶ。
こうなったらもう、早く出ていってしまおう。父親も母親も、今夜は帰ってこない。これから二人きりで夜を明かそうなんて、とても耐えられない。
友達の家にでも、泊めてもらおうか……でも一晩くらいなら、市街に出ればネカフェくらいあるだろうし、そこでもいいか。
隆之くんにはこれから出掛けてくるとも何も言わず、わたしは部屋へ戻り、急いで支度を整えた。何か勘付かれないうちにと、まるで何かから逃げるみたいに、急かされるみたいにドアを開け、そのままの勢いで廊下を早足で歩いて行く。
目の前に立っていた彼に、ぶつかるまで気づかなかった。
「きゃっ!?」
ぼふり、と目の前の何か――壁にしては柔らかく、あたたかい何かに、正面からぶつかってしまう。ふわりと、煙草の匂い。
背中に回った温もりを感じて初めて、抱きとめられていることに気付いた。
「真名」
頭上から、隆之くんの声がする。心なしか、いつもより硬い気がした。
怒られる、前のような。
目の前の胸板を両手でぐっと押してみたけど、びくともしない。それどころか腕を取られて、そのまま壁に身体を押しつけられた。
「真名」
目の前の顔が、見られない。
「俺を見て」
誘われるような、けれど有無を言わせない響きに、おずおずと逸らしていた顔を向けた。
真剣を通り越して怖いくらいの表情に、こんな時なのに思わず見惚れてしまいそうになる。期待するような胸の高鳴りに、自分があまりに情けなくて、この逃れられない状況と相まって、じわじわと涙が出てきた。
「……泣くなよ」
切なげに歪んだ表情と、緩められる手。そのまま逃げようとする隙さえ与えられることなく、ふわりと抱きしめられた。ぽかぽかと体温が伝わってくる。
あやすように頭を撫でられ、昔みたいだなぁと懐かしく思う。しばらく感じていなかった心地よさに、彼の肩に顔を押し付け、ぎゅっと目を瞑った。
背中に手を回したかったけど、それは我慢した。
「逃げない?」
「……うん」
だから離して、とは言わせてもらえなかった。くっついた部分から気持ちが伝わっているのだろうか、さらにぎゅっと抱きしめる力が強くなる。
「真名さぁ……俺のこと、避けてるよね」
「……」
そうだ、なんて言えるわけもない。
もし理由を問われれば、これまで気持ちを隠し続けてきた意味自体がなくなってしまう。
「そんなに、俺のこと嫌いになった?」
沈黙を肯定と捉えたのだろうか、隆之くんがひっそりと続ける。
「さびしかったよ」
彼らしくもない、子供じみた弱音。
それでも、わかっている。その言葉が含む意味に、わたしの気持ちと重なる部分は何一つないってこと。
だからこそ、残酷だ。
「何も言わないで、俺から離れていこうなんて、ひどいじゃないか」
「……ひどいのは、」
ようやく絞り出した声は、震えていた。
「ひどいのは、隆之くんだよ……っ」
せっかく、隠しておこうと思っていたのに。この気持ちを、消さなきゃいけないと思っていたのに。
どうして今更そんなに、思わせぶりなこと……言うの。
「こんなことされたら、もっと好きになっちゃうじゃん……!」
再び出てきた涙を拭くように、彼の肩に擦り寄る。それでも彼の背中に手を回して、しがみつこうとしないのは、せめてもの抵抗。
「……好きなの?」
静かに問われる。もうどうにでもなれと思い、「好き」と声をくぐもらせながらうなずいた。
「どうしようもないくらい、好きだったよ。名前を呼ばれるだけで、話しかけられるだけで、顔が熱くなって。近づかれたら、触れられたら、心臓の音が聞こえちゃうんじゃないかって、何回も不安になって……好きでいられるだけで、満足できたら、よかったのに。でも、わたしはよくばりだから、それ以上を求めちゃったの……わたしのこと、好きになってほしいなんて。こんな汚い感情、消さなきゃ、いけないんだって、思ったから。こんな浅ましい気持ち。ずっと閉じ込めておいて、いつか風化するのを待って……会わなければ、避け続ければ、それができると思ってた。それなのに!」
それなのに今日、久しぶりに顔を合わせて。名前を呼ばれて。また改めて、あなたが好きだと思い知らされた。
食事を摂るあなたの、一挙一動にさえ、見惚れてしまった。
「隆之くんと久しぶりに顔を合わせて、『あぁ、好きだったな』って、過去形に出来たならよかった。けど実際に会ったら、まだこんなにも、ううん。あの時以上に、好きで好きで仕方ない……っ」
「真名の方が、ひどいよね」
わたしの言葉を遮った、隆之くんの腕の力が、また強くなった。息ができないくらいに抱きこまれて、ひっく、と嗚咽が漏れる。
「俺の気持ち、何一つ知ろうともしないで」
「きもち、なんて」
聞かなくたって分かっている。
だって、従兄妹だよ? ほとんど兄妹みたいなものなのに、そんな存在に恋心を抱くなんて……ありえないでしょ。
……いや、ありえないのは、わたしの方か。
「あのさ」
隆之くんが、深々と溜息を吐いた。
呆れられているのだろうか……今思えば、あまりに何もかもをぶっちゃけすぎた。引かれて当然かもしれない。
うぅ、と小さな呻き声を漏らすと、隆之くんは少しだけ、わたしを抱く腕を緩めた。さっきとは違う手つきで、ぽんぽん、と優しく背中を叩かれる。
「俺が叔母さんに、わざわざお前の戻ってくる日を聞いてまで、ここに来た理由……想像できる?」
「え?」
そういえば、そうだ。
毎回時期をずらして帰省するわたしが、これまで隆之くんと会うことは一度もなかった。わたしが滞在している頃には彼も仕事があるので、気軽に泊まりに来られないのだろう。もちろんそれが、狙いだったのだけれど。
それなのに今日に限って、『顔が見たくなった』なんて。わざわざわたしに合わせたように、ふらりと一人で姿を現した理由って……。
「話したかったの、お前と」
久しぶりに会いたかったのも、本当だけど。
「何より、お前の口から理由を聞きたかった。県外の大学を選んだのも、そのまま県外で就職したのも、俺を避けるためだったのかなって……」
彼の声を耳元で聴きながら、ぼんやりと思う。そんなに、わたしは分かりやすかったのだろうか。
まさか勘付かれてるなんて、思いもしなかった。
「本当はさ……なんとなく、お前の気持ちに気付いてたんだ。高校の頃、勉強してるお前に俺が近づいた時あったじゃん。お前の顔、すごい真っ赤だった。気付かない振りして、熱があるのかなんてすっとぼけたこと言ったけど……その前から少し態度変だったし、いつもと全然雰囲気が違ったから。もしかしたらって、自惚れてたところがあった。思えばあの時点で……」
お前が、離れていっちゃうなら。俺から逃げていこうとするって、あの時点で分かっていたなら。
「……襲っとけばよかった」
「襲っ――」
突然囁かれた、爆弾みたいな言葉。
驚いた弾みで、思わず肩を押してしまう。存外簡単に離れた隆之くんは、わたしと顔を合わせてふにゃりと笑った。
「隆之くん……」
今までずっと見てきたはずの、お兄ちゃんとしての顔じゃない。
「好きだよ、真名」
恋人を見るみたいな、とろとろした締まりのない表情に、落ち着いたばかりだった心臓がまた、うるさく鳴り始める。
「兄貴代わりとして、お前のことを一番近くで見てきたつもりだった。お前のこと、誰より一番知ってるつもりだった……ずっと、そうでありたかった」
ふわり、包み込むような甘い声。
こんなの、隠し持ってたの? ずっと一緒だったのに、全然知らない。
「お前が、いきなり県外の大学に行って……この家から、突然いなくなって」
この家に来たら、すぐさまいつも俺の前に現れるはずだった姿も、独特の気配もない。隆之くんって呼ぶ、高い声すらもない。
「なぁ、真名……俺がどんな気持ちだったか、分かる?」
ほんの少し、責めるような視線。ねっとりと心に絡みつく、生温さは不快なものでは決してなくて。
目を見開き、ぽかんとだらしなく口を半開きにしたわたしに、今度はおどけたような、悪戯な顔をして……。
「いたっ」
何度も見惚れたその指で、思いきりデコピンされた。
「変な顔」
「へ、変なって……」
額を押さえ、思わず涙目で睨みつける。
女の子にそんな失礼なこと、と可愛げの欠片もない文句を言いそうになった口を、何の前触れもなく隆之くんは塞いだ。ダイレクトに伝わる、火傷しそうなほどの温度。
甘くて、ちょっとだけ、苦さの残る、微かな唇の味。
触れるだけで、それ以上中に入ってくることはなかったけど……それなのに、全身がとろけていくような。上手く呼吸ができなくて、眩暈がした。
長いような、短いような、夢みたいな時間が経って。
「……逃げない?」
まぁ、逃がす気もないけど。
唇が離れ、息を切らしながら今頃ユデダコみたいになっているであろうわたしの耳に、吐息交じりの声で隆之くんは呟く。
「うん」
顔を上げられずうつむいたわたしは、今までだらりと下がっていた両手を、おずおずと隆之くんの背中に回した。




