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異世界でひたすらスマホを嗜む話

作者: 夏川ほたる

 高校生だった俺、草陰二葉が異世界に来てから一週間が経った。未だに慣れない点が多いが、現実世界から持ち込めた器具――スマートフォン(とその充電器)のおかげで何とか苦労せずに済んでいる。


 枕元でスマートフォンのアラーム音が鳴る。目を覚まして見上げる天井が見慣れた部屋から宿屋の空き部屋に変わってまだ慣れない点も多いが、なんとか朝の準備を済ますといつも通り声を掛けてくれる少女の姿があった。


「フタバくんおはようございます。今日も頑張りましょう」


 そうやって形式通りの挨拶をするのは宿屋の一人娘、ミルラ=エルストラである。異世界に飛ばされて、森で倒れていた俺を助けてくれたのが他でもない彼女だ。清潔感を保った服装に黒の短髪で整った容姿は、きっと現代日本にいても通用する事だろう。


 俺は、人手の少ない宿屋『蒼花の休憩所』の仕事を手伝う代わりに住居と食事を何とか確保する事が出来ている。この宿屋は俺と少女、そして宿屋の女将であるストラフラの三人で回しており、最近は少しずつだが連携も取れるようになって来た。また、この世界では魔物が存在する事もあって危険なので、近々エルストラさんから槍の使い方について教えてもらう事になっている。彼女曰く「射程の長さで安全に魔物を狩れる」との事だ。


 言語問題? ジェスチャーで指示された通りに耳に不思議な鉱石をはめると解決しました。魔法ってすごい。



 ……とまぁ、堅苦しい話はこれ位にして。


 先程も話したように、スマートフォンとソーラー充電器は異世界でも無事だった。GPSなど位置情報サービスには流石に対応していないようだがどうしてか電波は無事に届いており、ネットに接続する事も、アプリゲーを楽しむ事も問題なく出来る。それどころか現実世界とこの世界の一日の長さを比べた所、時間の流れ方まで同じという至れり尽くせりである。お陰で異世界でも白熱のリアルタイムバトルが楽しめる。せっかく異世界に来たのだから本物と魔物と戦え? いや、命は惜しいですし。


 という訳で異世界に来てからも仕事が無い時や就寝前の空き時間にソシャゲに興じていた訳だが、その光景を興味津々に眺める少女がいる訳で。


◆ ◆ ◆


「凄い、絵が動く! そして音も鳴る! これ何ていう魔法具なの?」

 これが今から一週間前、エルストラに初めてスマートフォンを見せた時の反応だった。


 ここでwikiでも見せれば話は早いと思われるかもしれないが、第一に不思議な翻訳魔法具も流石に“文字を読む”事まではフォローしてくれない。おかげで俺は異世界に来て一つ目の難題として異世界文字の読解にぶち当たっているのだが、それはまた別のお話。

 第二にこの異世界ではそもそも電気の概念は知られていない。スマートフォンを見て目を輝かせている彼女には悪いが、一から現代科学の結晶を解説していたのではいくら時間があっても足りない。


「これはスマートフォンという魔法具だよ。まぁ……俺の世界にはこういう変わった魔法具がいくつもあるのです」

「へぇ、凄い世界なのですね。一度でいいから私も行ってみたいかな」


 こんな風に適当に嘘をついて適当に誤魔化した訳だが彼女はスマホにひどく関心を持ったようで、俺がスマホを触っているのを見るとそれを横から眺めるのが早くも恒例行事になりつつある。

 最も、共通の話題が出来てこちらとしても気が楽だし、共に働く仲間と仲が深まるのであればこれは素晴らしい事である。異世界に来たならスマホなんぞ弄らず冒険しろ? 知らんな。


◆ ◆ ◆


 その日の夜、慣れない手つきで仕事を終えた俺は、空き部屋のベッドに座ってソシャゲを嗜んでいた。今週はイベントという事で多くの猛者が全国から参戦し、ランキングでしのぎを削っている。当然俺も異世界から参戦である。


 そんなこんなで遊んでいると、今日も彼女が部屋にやってきた。コンコンと扉を叩く音に俺が「どうぞ」と答えると、彼女が今日は何を見せてくれるのかといった顔で俺の横に座った。いつもは大人びて凛々しい彼女も、この時ばかりは自分と同年代、年相応の表情を見せてくれる。


「ねえねえ、今日は何をやっているの?」

「ああ、イベントだよ。この世界で言えば闘技大会みたいなものさ。このゲームを遊ぶ人は基本的にこの大会で好成績を得る事を目的にしているといっても過言ではない」



 イベント。それは比較的単調な作業が続くソシャゲにおいて、プレイヤーに目標を与える事でモチベーションを管理する鍵である。

 どんなソシャゲでも最初は楽しんでいても、遠からずプレイヤーには飽きが周って来る。その要因の一つとして、ゲームクリアーという明確な目標が存在する“電源ゲーム”に対しソシャゲには明確な目標が存在しない。運営からすれば“ゲームクリアー”される訳にはいかないので、ある意味仕方が無い事である。代わりに定期的にイベントを起こしユーザー同士を競争させる事で、目標を提示しつつさらなる課金を煽る――ソシャゲのお約束である。



「つまり、鋼の剣を手にした少年が闘技大会を目指すように、このゲームを遊ぶ人はイベントを目標にしている訳だ」

「そういう事だ。かくいう俺もその一人だな」


 彼女はサブカルチャーの飲み込みが早く、つい二日前には早くも『ソシャゲ』の概念を理解してもらう事が出来た。最初は苦労したが、こうして会話を楽しんでいるとその甲斐があったと改めて実感できる。


「なるほど……では、イベントを勝ち抜く上で最も大切な物は? 努力? 諦めない心?」

「中々良いところを突いてくるな。だがそれも外れ。答えは――課金だよ」

「課金?」



 努力、諦めない心、運。当然それらも大事である。だが、それらで得られるのは真の強さではなく、あくまで自己満足だ。

 課金こそがソシャゲを制する最も有効で利口な戦術である。一般人が数十、数百時間かけて積み上げた戦力を札束で蹴散らすのが現実である。金こそ力。なんて単純で素晴らしいのだろうか。人は文明を発展させてきたが、結局根本的な所は何一つ変わっていないのかもしれない。

 俺のソシャゲの師匠が言った「無課金で百時間頑張るより、十時間バイトしてその金を課金しろ。その方がゲームとしても人生としても百倍有意義だ」という至言は、今でも深く心に刻まれている。ソシャゲをしている時点で人生も何も無い気がするが、きっと気のせいだろう。



「要するに金を注ぎ込んだ者が勝つという事だ。そこには夢もロマンも、奇跡も存在しない。あるのは格差が制す、残酷な世界だけだ――」

「そっか、やっぱり現実はそんなものだよね。あはは」

「おい、何いきなり笑って。少しカッコつけ過ぎたかな……」


 明らかに様子がおかしい彼女を前に先程の発言を自省していると、俺と同年代の少女が悲しそうな目をして話し始めた。


「私たちの世界でも同じでさ。結局勝つのはお金のある貴族やら商人、それと一部の冒険者だけで最初から平民に夢は無いのだよね」

「う、うん」

「平民が鋼の剣を手に命がけで頑張っている時に、貴族は最高級の装備を揃え、訓練場で達人から直々に鍛えてもらっている。実力差は広がるばかり。なのに“闘技大会で優勝すれば、平民でも夢を手に入れられる”って広告ばかりが広まって、みんな現実を見ようとしない。闘技大会の優勝者は、毎年貴族の出ばかりなのに」

「才能で一発逆転とか神の加護とか言うけど神官長の儀礼を受けるのは……」

「よく分かったよ。うん、もう大丈夫だよ」


 どこか暗い瞳で話し続ける彼女は見て俺はいたたまれない気持ちになった。そもそも異世界の格差は現代日本なんかよりよっぽど酷い。平民に生まれた時点で当たりクジで才能でも引き当てない限り――夢などないのである。


「どこの世界でも平民は辛いね」

「そうだな」


 暗くしんみりした空気が部屋を包み込む。スマホの光と窓から差し込む星の光だけが、俺と少女の周りを照らしていた。



「とりあえず暗い話をしていても仕方が無いし、明るく気楽に行こう。ほら、このキャラクター可愛いだろう?」

「わぁ、この耳の尖った少女も可愛いですね。まるでエルフみたいです!」

 暗い話題をやめ、何とか話題を切り替える。夢を見るためにゲームをしているのに、現実ばかり見ていたら楽しめる物も楽しめない。せめてこの一時は、現実を忘れて非現実を楽しむ事にしよう。


 ゲームである以上、勝つ事は当然大切である。

 だが、それ以上に大切なのは“楽しむこと”ではないだろうか。


 これは人生の掛かっている闘技大会じゃない。負けても明日は来るし、何度でも立ち上がれる。ゲームを楽しむ心を、ユーザーが忘れない限り――



 ちなみにイベントの結果は過去最低だった。流石に異世界から課金は出来ないし、仕方無いね。


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