4.
白獅子による猛攻が続いた。
氷の塊を投げ飛ばし、大地を踏みゆらし、怒りの鉄槌を下す。
俺はかろうじて致命傷を避け続けるが、氷の破片が腹部に食い込んだり、風圧が身を殴りつけたりされるうちに気力が削られていった。
「準備は出来たよ。どいて」
後ろから聞こえた声に、俺は白獅子の胴を最後に斬りつけ、後退した。
直後、凛としたフィレイナの声が周囲に響いた。
「灼炎の業火よ、我が矢に集え、全てを燃やせ!!」
声に呼応し、三本の矢が赤熱の輝きを現した。
フィレイナは静かに矢を放つ。
三本の矢は紅の軌跡を描き、白獅子へと突き刺さった。
瞬間、爆発が起きる。
爆風が晴れる。すると、よろめく白獅子の姿が徐々に見えてきた。
強い風が吹き、黒煙が飛ぶ。
白獅子は背中を向けて逃げ出していた。その背中は今までのような修羅のそれではなく、か弱い小動物のもののように見えた。
「追わないと」
弓を携えたフィレイナが俺のすぐ横を駆ける。俺も彼女に続いた。
俺は剣を握り締める。
強く握りしめ、革の感触を確かめた。
吹雪が弱まった。
一時的に薄らいだ白のカーテンに妙な影が映る。
「あれは?」
俺の問いは誰に届くワケでもなく、荒い鼻息に掻き消された。
それは竜の形を持ち
それはヒトの五倍程の体躯をほこり
それは二足で歩行し
それは獰猛な悪顎を一心不乱に動かしていた。
「駄目、……あぁ……そんな……」
隣ではフィレイナが青ざめた顔でそれを直視していた。
「何が、あれは……一体?」
吹雪が更に弱まる。まるで自然現象でさえ、それの邪魔をしないよう配慮しているかのよう。
それは、二足歩行の漆黒の巨竜だった。
研ぎ澄まされた邪爪が生える小さな腕は白い塊を固定し、獰猛極まりない悪顎が白い塊へ牙を立てる。
俺の鼻腔へ突き刺さるのは嫌悪感を伴う、鉄のような臭い。
「おい、あれ、何か食ってるんじゃ?」
俺の視線の先、そこには巨竜に牙を突き立てられている白い塊。しかしその白い塊はよく見ると赤いまだら模様が見え、更に白い塊の周囲に赤黒い液体が溜まっていた。よく見るとその白い塊は――
「さっきまで戦っていたッッ!!!!」
俺は叫んでいた。途端、得も言われぬ恐怖感に心臓を掴まれる。掴まれた心臓は弾けそうなくらいに激しく鼓動を刻んでいる。
「静かに!! あれは私たちじゃ絶対勝てない……」
苦肉の色を含んだフィレイナの声。
「本で読んだことがある。あれは暴食の狂王と呼ばてれいて、あれが通った跡には動物の姿は消えるとまで言われる程の食欲を持つ竜……」
俺は視線を暴食の狂王へ向けた。
食すことそのものが目的に生きているかのような巨竜。暴食の狂王は、手負いとはいえども俺たちが苦戦した白獅子をいとも容易く捕食してしまった。
「逃げ……なきゃ……逃げなきゃ……殺される……」
ヒクつく声で言葉を紡ぐフィレイナ。既にその表情は恐怖で満ちていた。
俺はチラリと背後を振り返る。
純白のベールで隠れて見えないが、その方向にはエウディアの街。
俺は再度剣の柄を握り締める。
「逃げちゃ駄目だ」
涙が溜まる瞳をこちらへ向けるフィレイナ。俺は視線を暴食の狂王へ戻してただ告げる。
「ここで逃げたら、いずれアイツはエウディアの全てを殺す」
はっと息を飲む音が聞こえた。
「俺たちしか、コイツを止めれる奴はいないんだ」
「でも……私には」
まだうじうじ言ってるフィレイナに向けて俺は言い放った。
「フィレイナ! お前が所属している組織の名前は!?」
「自由と……正義の……剣」
「なら、お前の正義は何だ? 恐怖に怯え、罪のない人々を見殺しにする事がお前の正義か?」
再び息を飲む音が聞こえる。
「選ぶのはお前の自由だ。だが、俺は戦う。自分の正義を信じて戦う」
僅かな沈黙の後、フィレイナの凛とした声が聞こえた。
「何、熱く語ってるの? 私を差し置いて人々を守る? 十年早いわ!!」
チラリとフィレイナを見ると、涙に濡れた瞳が勝ち気な笑みをたたえていた。
俺とフィレイナが暴食の狂王へ武器を向けた頃、巨竜がこちらに気付いて獰猛な咆哮をあげていた。