3.
弓の手入れを行いながらフィレイナが口を開いた。
「そういえばあんた、何しにこんな場所に?」
聞かれた俺は僅かに面食らったが、すぐに答えを発する。
「エウディアに湯治目的だよ」
なんの気なしに答えたが、フィレイナが弓の手入れをしていた手を止めて俯いてしまった。どうしたものかと俺は困る。
しかし、すぐにフィレイナの返答が返ってくる。
「ゴメン。厄介事に巻き込んじゃって……」
俺は微笑を漏らしフィレイナの華奢な肩に軽く手を置いた。
「俺が手伝いたいって思っただけだって言ったろ?」
でも、とまだ何か言いたげなフィレイナに俺は言葉を投げる。
「それより、どうにかして倒さないと……他の人たちも困るし……」
「うん……」
重い沈黙が流れる。俺は何か言おうと口を開きかけたが、それより先にフィレイナに話しかけられた。
「準備出来た……さ、いこうか」
見ると、左手に長弓を持ち、矢筒を腰に下げたフィレイナが立ち上がっていた。
俺も腰を持ち上げ、愛剣を鞘からほんの少し抜いては収める。チン、と確かな感触を背中に伝えた。
激しい暴風は白い小粒を含み、純白の弾幕を作りだしている。その中を進むのは俺とフィレイナ。ピタリとくっついて進むのは白の壁にお互いを見失わないように。
チラリとフィレイナの顔を伺うと、僅かながら頬を朱に染めていた。
俺は気に留めず、視線を前方の更に先へと移す。
「……あれって………………」
視界の中央。真っ白のカーテンに浮かんでいるのは、遠くからでも分かる巨大な影。白獅子である。
目を凝らしてよく見ると、どうやら食事中のようだった。食べているのは極寒の環境下でも生き延びた鹿……だろうか。
「どうする? 先手を打つのか――――」
気がついたらフィレイナの後ろ姿が視界に入っていた。しかも大分白獅子に近づいていた。
そんな彼女の右腕が腰の矢筒に伸びる。
取り出したのは麻痺毒を塗った(と言っていた)矢。
白獅子に効くとは思えなかったが、フィレイナは構わず弓に掛けて弦を引き絞っている。
しょうがなく俺は剣を背中の鞘から抜き放って駆け出した。
戦闘の開始は俺の剣でもなく、フィレイナの矢でもなく、意外なものだった。
俺が走っている時に蹴飛ばした氷の塊が白獅子の頭にぶつかったのだ。
ちょうど先ほどと同じような構図になったが、俺は苦笑しつつ剣を構える。
直後、爆音にも等しい雄叫びがあがった。
巨岩の如く握りしめられた拳が振り下ろされる。
風に揺れる白い毛並みを纏った双豪腕は雪に埋もれた。
「もらった!」
勢い良く剣で斬りつけたが、双豪腕の毛並みに若干の傷を作ったがとても致命的だとは言えない。
驚いてるところへ豪脚が空を切って迫った。
俺は蹴られる方向と同じ向きに跳ぶことで衝撃を和らげる。
ゴッ、という衝撃が左腹部に走る。だが、体術で衝撃を和らげていた分ダメージは少ない。
吹き飛ばされた俺は剣を握り直し、白獅子に向き直る。白獅子はこちらへ走り寄ってきていた。
地面を転がり、白獅子の踏みつけ攻撃を回避。追撃の拳が振り下ろされる寸前。
何かが白獅子の左目に刺さった。
それは一本の真っ直ぐな矢だった。
射たのは誰か、明白である。
射線元を見ると、得意気に微笑むフィレイナ・ビーグルンの姿。
白獅子は左目を抑え、絶叫する。だが、すぐに右目でフィレイナを見据え、猛然と駆け出す。
速度は速い。だが、それだけだった。
ジグザグに走ったり、不規則に曲がったりするわけでもなく、一直線に走る白獅子は確かに速い。
しかし俺の言葉の方が速い。
「芽吹け業火の種!! 咲き誇れ大輪の花!!」
俺の術式に呼応し、剣先に種のように小さな赤い光が生まれた。
すぐさまその“種”は飛び、白獅子の足元へと吸い込まれる。
爆発はすぐに起こった。
衝撃を耐えた白獅子だったが、爆発の影響で吹き飛んだヘコみに足をハメてしまう。
「今度こそ!!」
低くなった白獅子の背丈。俺の剣は憤怒の表情を浮かべる白獅子の顔へと軽々と届く。
しかし、俺の剣は白獅子の堅い皮膚に弾かれた。
「クッソ、どこまで堅いんだ!!」
すぐに距離を取る。白獅子は穴から片足を抜き、関節の確認をしていた。
「一体どうすれば……」
俺の問いに答えたのはいつの間にか隣にいたフィレイナ。
「私が囮になる。あんたが魔法術で一気に倒して」
「そうか、だが囮になるのはお前じゃない、俺が前に出る」
でもっ、という言葉は俺の剣が遮った。
「剣は前衛、弓は後衛って相場が決まってるだろ?」
弓や剣で戦うのは限界がある。白獅子の身を守る堅牢な鎧を貫くには現状、魔法術しか存在しない。
「分かった……」
フィレイナは矢を三本程束ねて弓に掛け、俺は白獅子の前へ躍り出た。