2.
案の定、その人影は短いブロンドにツリ目が特徴的な一人の少女だった。
俺とは違い、暖かそうな毛皮のフーデッドコートを羽織っている。
ポカンとしているその少女の左手を掴み、立ち上がらせて共に走る。あまり抵抗せずに付いてきてくれた。
しばらく走った後だった。
「き、急に何するの!?」
我に返ったブロンド少女に手を振りほどかれ、俺は少女に向き直った。
「危なかっただろ?」
聞き返されたブロンド少女は、うっ、と喉を鳴らす。
「ほっとけない性分でね。つい体が勝手に動いてさ」
俺は苦笑しつつ歩き出した。しかしブロンド少女が付いてくる様子も無く、不思議に思いながら俺は振り返る。
「頼んでない、じゃない……」
見たところ少女は俺と同じくらいの年頃だった。そんな少女が顔を赤らめて俯いている。彼女が唇を噛み締めているのが目に入った。
俺は、
「勝手にやっただけだよ……それじゃな……」
と、一言告げて立ち去ろうとした。その時。
「待って!」
儚いながらも凛とした声だった。
寒い雪山の中、吹雪に負けずに咲き誇る一輪の花のようだった。
ん? と振り返るとブロンド少女は目を逸らし、こめかみ辺りをかきつつ言った。
「一応! 助けてもらったんだし、お礼しないと……ちょっと付いてきなさい……」
それだけ告げるとささっと進路を変えて行ってしまう。
俺は微笑を浮かべると彼女の後に従った。
そこは洞窟内に作られた簡素なキャンプだった。
地味めの色合いが特徴な毛皮のベッド――但し寝心地は気にしない――や、焚き火(の跡)に椅子として並べられた石があった。
「見た目は気にしないで。さっさと休んでいきなさい」
言うやいなや、ブロンド少女は持っていた弓を置くと、勢い良くベッドに横になった。
すぐに寝てしまったので、非常に困った俺だが、お言葉に甘えて少し休ませてもらうことにした。
石に腰掛けると、冷たい感触が伝わってくる。
(感覚が戻ってきたみたいだな……)
俺は剣を抜き、剣先を焚き火の跡へ向ける。
この程度は詠唱も無しで出来る。成長を感じる瞬間というものだ。
小さかった火はやがて大きなものへと変わった。
「あったけぇ……」
ちらりと視線を少女に移すとベッドで横になったブロンド少女がスヤスヤと寝ているのが見える。そしてそのブロンド少女の脚部、ソックスとスカートの間が素肌になっているようで、見てはいけないと思いながらもチラチラ見てしまう自分がいる。
「少しは意識してくれよな……」
出会ったばかりの、しかも男にこんな無防備な姿を見せることについて溜め息を一つ。
「俺じゃなかったら速攻襲われてるからな……」
俺が良識ある男で良かったなウン、と一人合点したところでお腹の虫が――
「あれだけ動いたし、何も食べてなかったからな……」
目の前に火があったことを救いに思い、腰のポーチから温水で濡れ(しかしすぐに冷えた)干し肉を、同じくポーチから取り出した串に刺して火で炙る。
良い香りが漂いはじめてきた頃合い、少女の声が背中越しに聞こえてくる。
「何食ってんの?」
干し肉、と答えて振り返ると寝起きを思しき短いブロンドの少女がこっちを見てる。
「食べる?」
聞くと、すぐに少女は俺のもとへ寄ってくる。
俺は串に刺してもう一本作るとブロンド少女に差し出した。
「あ、ありがと……」
消え入りそうな声だったが反響する洞窟内だったため聞き取れた。
特に何も言わず俺は黙々と干し肉を食べる。冷えた状態より炙った状態なので舌を通して体全体へと肉の旨味が出ていた。
俺が串を焚き火の中へ投げ入れるとブロンド少女も習って投げ入れた。
「美味しかった……」
そっか、と応じるがそれ以上会話が無い。
石に座って焚き火を見つめる気まずい空気の中、俺とブロンド少女が口を開いたのはほぼ同時だった。
「どうぞ」
俺がゆずると、ブロンド少女は頬を赤らめながら言葉を続ける。
「名前、教えてよ」
俺の!? と思わず聞き返したが、すぐにプイッとそっぽを向いてしまう。
「俺はリアン。リアン・ディール」
名乗ると僅かな沈黙。正直痛かったが、すぐにブロンド少女も口を開く。
「フィレイナ・ビーグルン。『自由と正義の剣』に所属しているわ」
言うと彼女は腕に付いてるエンブレムを見せてくれた。緑の盾の前で二本の剣が交差している。自慢気に見せるフィレイナだが、俺は――
「自由? 正義?」
出てきたのは聞き慣れない単語だったので、思わず?マークを作ってしまうが、間髪を入れずフィレイナからの説明が飛ぶ。
「『自由と正義の剣』。最近発足したばかりの民間団体のことよ。主に民間人などの依頼を受けて活動しているわ。そんで今はその依頼中。さっき逃げてきた猿を討伐する依頼なんだけど……」
自分の実力に合わない相手だった。俺はそんな言葉が喉から出てきそうになったが堪える。それを一番痛感しているのはフィレイナ自信なのだ。これ以上言う必要はない。
「私には無理だったの……エウディア支部に依頼が入って、『凶暴な魔獣を退治してくれ』って。張り切って受けたはいいけど私には……」
顔を両手で隠すフィレイナ。洞窟内に彼女の嗚咽が響く。
俺はフィレイナの小さな、女の子の背中をさすった。儚く消えてしまいそうだった。
「大丈夫だよ、フィレイナがそう思って闘ってくれただけで満足じゃないのかな?」
俺の言葉にフィレイナは首を横に振る。
「依頼は達成しないと意味が無い。達成してこそ意味があるんですもの……」
返す言葉が無かった。
彼女は泊まり込みでエウディアの脅威と闘っていた。そんな少女の弱音に俺は言葉をかけることが出来なかった。しかし、
「なら、俺も協力するよ」
驚きに満ちた表情で涙に濡れた顔をあげたフィレイナ。俺はそんな彼女に向かって笑いかけた。
「一人で無理なら、二人でやればなんとかなるんじゃないか?」
要するにただのおせっかいだった。
「でも……あんたにはそんな義務――」
「関係無ぇよ。俺がそうしたいから手伝うんだ!」
ハッとした表情の後、フィレイナの頬をすぐに涙が伝う。
「だから泣くなよ。そんなことよりどうにかして倒す方法を考えねぇと……」
うん、うん。俺の話を聞いてる間もフィレイナの涙は止まることがなかった。