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5.

 シエル・ラーグナーの実力は相当なモノがあった。

 俺は決して彼女のことを見くびっていたワケではない。困った時には頼りになってくれるし、シエルの力は認めているつもりだった。

 だが俺は心のどこかでシエルのことを守る対象に入れてしまっていたのかもしれない。


 蒼い鱗を持つとある竜に命を狙われた時も。


 人の血を吸うとある吸血鬼にさらわれた時も。


 彼女を守らなければ。俺は強くそう思っていた部分があった。

 しかし。

 俺の考えは間違っていた。現にシエルは暴食の狂王と死闘を繰り広げ、素早い動きで竜を翻弄している。

 悪辣な鋭爪をひらりとかわし、獰猛なアギトをするりとける。

「とんだ誤解だったな……俺が守らなければならないのは別のモンだったじゃないか」

 俺は飛ばされた時に落としていた愛剣を拾い、革製の柄を握り締める。馴染みきった剣の重さや握った感触が俺を安心させてくれた。

 視線を戻す。シエルが果敢に暴食の狂王に立ち向かい、短剣を振るっている。

 シエルが僅かに体勢を崩した一瞬。暴食の狂王の小さな腕に生えた鋭爪が迫った。

「しまッッ――!?」

 シエルの体が上下に割ける――――ことにはならなかった。

 俺の剣がその爪の一撃を弾いていた。勝手に体が動いたなんてことは言わない。俺の意思が体を動かしていた。

「突出しすぎだ。気をつけろ」

 俺の言葉にコクリと頷くシエル。俺もすぐに暴食の狂王へと向き直る。暴食の狂王はあいも変わらず獰猛なその姿を隠すこともせずその猛威を俺たちへ向ける。

 俺とシエルがその場から離れた直後、暴食の狂王の強烈な衝圧撃スタンプが俺たちが居た白の足場を砕いた。


 剣を振るう。黒色の狂竜の喉元へ潜り込んで振るう。当然の抵抗が来るが迫る悪顎アギトは俺へと届かない。シエルがその身体能力を活かして幾つもの氷塊の上を軽々と跳び移りながら竜の頭部に跳び乗り、額めがけて斬撃を浴びせたためだ。シエルの援護があるから俺は竜へ斬撃を入れることが出来る。そしてシエルが斬撃を入れる時は、俺が援護に回る。

 ある種の一体感を伴って暴食の狂王へと剣を向ける俺とシエル。それはまるで一つの円舞曲のようで二重唱のようだった。


 俺――リアン・ディールが守らなければいけなかったのはシエル・ラーグナー本人ではなく、彼女との心の繋がりの方だったのだ。


 シエルが動く軌跡が読める。彼女が次にどう動くのかが分かる。

 そして俺の動きをシエルが分かっていてくれる。


 たったその二つの事柄だけで戦闘の効率は大幅に増していた。このまま暴食の狂王を翻弄し続ければいずれ倒せるかもしれない。

 そんな希望を胸に抱いたその時だった。


 唐突に暴食の狂王の牙の間に黒い炎がちらついたのが見えた。

「危ないッッ!!!!」

 俺は反射的にシエルを突き飛ばしていた。シエルは驚きに表情を染めていた。

「やっぱ俺。理屈がどうのじゃなくてシエルのことを守りたかったんだな」

 溜め息をつき剣先を向けた。剣先からは紅い炎が迸る。

 俺の炎と暴食の狂王の黒い炎がぶつかった次の瞬間。


 俺の体が大きく後方へ飛んだ。

 暴食の狂王は隙を逃さずに迫った。

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