4.
俺の体が斬り裂かれるその瞬間は、やってこなかった。
気づくと目の前をまさに一陣の蒼の風が駆け抜けていた。
「リアン!! 大丈夫?」
蒼い風の正体は俺のよく知る少女だった。濃い紺色の髪を肩まで流し、青を基調とした服の上に毛皮のコートを羽織った姿。右手に得物を持ち俺のコートを左脇に抱えていた。
彼女は暴食の狂王の頭部に飛びつき、得物である短剣で凶暴な竜の右目を躊躇なく潰す。暴食の狂王は唐突な攻撃にバランスを崩して突進を止めて左右によろけた。その間に少女はヒラリと軽やかに飛び降りた。
「シエル……」
俺は少女の名を口にする。対する少女は何も言わずただ俺を見つめるだけ。その表情が一体何なのか俺には読めなかった。
「ありが――」
俺の言葉はシエルに抱きつかれ、言い切ることが出来なかった。
ただ困惑する俺だが、シエルは囁くように呟く声が聞こえた。
「心配……したんだから……」
俺は苦笑しながらも彼女の髪をなでてやった。その声が涙に濡れていたことを嬉しく思いながら俺は視線を別へ移す。
「今は再会出来たことを喜んでいられる時間は無い」
視線の先。そこでは右目からとくとくと赤い涙を流す暴食の狂王。
――ゴォォォアアアアア!!!!!!!!――
耳をつんざく轟音が渓谷中に響き渡る。走りだす暴食の狂王には片目を潰された怒りに燃えてるかのように鬼気迫るものがあった。
「下がってろ。コイツは危険だ」
俺の言葉にシエルは抱擁を解いて答えた。
「あたしも戦う。もう離れるのは嫌だから……」
涙に濡れた瞳からある決意を感じ取った。俺は何も言わずに渡されたコートを羽織って一言だけ告げた。
「頼む」
シエルは了解の笑みで答えた。




