Prologue
白く曇った吐息が断続的に漏れる。
断続的な吐息の間隔は次第に狭まっていく。
白銀に染まる世界。
そんな世界を満たしているのは暴風の弾幕。白く冷たい粒を含んだそれは、冷えきった体を無慈悲に打ち付ける。
前が見えなかった。
白の壁が視界を閉ざしている。
視界が皆無に等しい状態だが、後方から迫る轟音は巨大な太鼓を打ち鳴らすよう、そしてその轟音とその主は圧倒的な存在感で心臓を内側から潰しにかかっていた。
「ハァ…………ハァ…………ハァ………ハァ…ハァ」
その轟音の主が迫っていることを否応無しに確認してしまうと、足の回転も自然と速くなる。それに伴って吐息の間隔が狭まる。
それは唐突だった。
抗う術など存在しなかった。
足元に広がる純白の絨毯に足をとられ、体が前方につんのめる。
普段なら受け身を取ることで衝撃を回避することが出来た。しかし、今は背後からの心重圧で体が自由に動かなかった。
勢いのまま、純白の絨毯に寝転がってしまう。
急いで体を起こそうとしたが、白い絨毯は絡まった蜘蛛の糸のように四肢を掴んで離さない。
やっと上半身を起こした時には背後から迫る轟音は途絶えていた。代わりに継続的に聞こえる荒息。それはすなわち、脅威が眼前まで迫っていることを意味していた。
ゴクリ、と生唾を呑み込んだ音が自分のものだと気付くのに数瞬の時を必要とした。
ゆっくりと振り返る。確認せざるを得なかった。
見てはいけない。自分でも分かっていた。
人は見えざる脅威からは目を背けたいものだ。故に振り向いた。死への道を自ら覗き込む行為だと承知の上だった。
そこには巨獣がいた。
人の四、五倍程はあろうかという体躯を持ち、二足歩行で屹立している。
周りの景色と同化するような純白の毛並みを持っていた。それらは全身に生えており、並の獣のそれを軽く凌駕するほどの硬度を持ちえていることだろう。
白の毛並みが無い部分。四肢の末端や顔の部分は黒ずんだ皮膚。
その両腕は人のそれより遥かに大きく、万物を握り潰すほど猛々しい。純白の大地を踏みしめる両脚は、両腕同様に人の持つ足などとは比較にならず、この純白の世界を軽々と走破してみせるだろう。
何よりも目を引くのはその形相。
鬼をそのまま宿らせたかのような表情はまさに憤怒そのもの。猿を連想させる形だが、口からは獰猛な一対の牙が見えており、ある程度の岩でも粉々に砕きそうである。
元々がこういう表情なのかもしれないが、憤怒の表情の中心の黄色い双眸は真っ直ぐにこちらを睨んでいる。
――オァグルァァァァアアアアアア――
右腕を大きく掲げ、その怪物は全てを怯ませる咆哮を放ち、その強靭な右腕を振り下ろす。