ロストアーミーイズノットデッド3
「本当にいいんですか?勝手に他人の馬を…」
不安そうな桔平をよそに伊織と少女を乗せた馬は開いた林道を軽快に進んでいく。
「ん、お前も乗るか?」
「いいですよ、もう……」
桔平の伊織に対する軍神的なイメージは徐々に薄れていき、今彼の目の前にいる男は一回り程年の離れたノリのいいお兄さんと化していた。
「そういえはお嬢ちゃんの名前聞いてなかったな」
少女は振り向くと胸に付けた名札を伊織に見せた。
「たちばな……まりこちゃんか、可愛い名前だね」
「マリーだよ、お兄さん」
少女は名札の真理子という文字を指差してそう言った。伊織はまるで冗談を聞いているかのような様子で取り合わない。少女はふて腐れたようで、急に馬から飛び降りた。
「わっ!危ないよマリーちゃん」
桔平は少女を宙で受け止めると、優しく地面に立たせた。
「だーれも信じてくれないの、酷くない?」
桔平は苦笑を浮かべた。彼もまた酷い人の一人である。桔平は軽い感傷に浸りながら、不自然な風の音に耳を傾けていた。
「伊織さん、これ……」
「ああ……」
音は次第に三人近づいてくる。伊織は馬から降りると静かに剣を抜いた。一瞬風が止み、次の瞬間けたたましい突風と共にシャムロックが三人の前に現れた。
「マリー様、お迎えに参りましたわ」
丁寧にお辞儀をするシャムロックと怯えるマリー。
「俺達今から会社説明会なんだけど、邪魔しないでくれる?」
伊織の目は先刻の冷たさを取り戻し、隻腕の修羅から先程までの人間味は一切感じられない。するりと倒れ込むような姿勢から縦に一閃、天ごと真っ二つに斬ってしまうかのような一振りを、伊織はシャムロックに叩き込んだ。
「これはこれは、油断し過ぎましたわ」
右肩から腰まで、ぱっくりと開いた少女はまるでかすり傷でも見ているかのような目で自分の身体を見ている。シャムロックは左手で剣の鍔を触ると、深淵のような瞳で伊織の顔を睨んだ。
「この剣はどちらで?」
「これ?うちの台所にあったやつを……」
「聖剣で料理する主婦なんて聞いたことありませんわ」
伊織の冗談もシャムロックには通じなかったようで、彼女の顔はますます虚ろになっていく。
「やむを得ないですね、これは一度現世に戻らなくてわ……」
そう言うとシャムロックは足元に魔法陣を描きはじめた。陣は輝き、次第に大きさを増し、マリーと桔平の側まで差し迫っていた。
「逃げろ!その光に触れるな!」
軍人の直感か、咄嗟に伊織は叫んだ。
「でも伊織さん……」
「俺は大丈夫だ、それよりその娘を早く!」
根拠が無いのは言うまでもなかった。が、桔平は従うしかなかった。他に選択肢が無いことなど言うまでも無い。桔平はマリーを馬に乗せると自分も跨がり、馬を走らせた。
「フフフッ、随分とできた男だ」
「そりゃどーも。でっ、あの娘とはどういう関係で?」
「誰がお前に話すか……」
「そっちじゃねーよ」
伊織の見る先、シャムロックの後方にいたのは楓。彼女の槍がシャムロックの背を襲う。
「クッ、貴様!」
楓の槍が届く直前、シャムロックはパチンと指を鳴らした。と、その瞬間、魔法陣が放つ光は激しさを増し、三人を包み込んだ。
「痛てててっ…」
イオリが目を開くと先程までの林は砂漠と化していた。起き上った伊織はシャムロックがいないことに気づく。
「ようやく起きたか」
西日を背にした楓が槍を抱えて座っている。
「私は楓、マリーお嬢様の警護をしていた者だ」
「そうか。俺は伊織、よろしくな」
そう言って伊織は手を差し出した。が、楓の目線は伊織の手ではなくその先にある剣に向けられていた。
「ところで伊織、その剣は何処で手に入れたんだ?」
伊織は剣を広いあげると、それを鞘に納めて楓に手渡した。
「それな、ジャングルであった金髪のおっさんから貰ったんだよ。ここの装飾とかすげー凝ってるよな」
黄金色に輝く二頭の獅子とその中央で日の光を浴びより一層と輝くヒスイ石。
「金髪のおっさんって……まさかワーナット様のことか?!」
「ん?そんな名前だったんだあのおっさん」
「と、なると、ワーナット様の右目を斬ったというのは……」
「あー、俺だわ。まっ、アイツも俺の右手持ってきやがったけどな」
伊織は思い出したように笑いはじめた。愕然とする楓。
「っと、そんなことよりここ何処なんだ?」
「ああ、ここは恐らくマコマ砂漠だろう。さもなくばあの世か」
伊織は首を捻った。
「マコマ砂漠?聞いたことないな……」
「それはそうに決まっている」
楓は立ち上がると槍で大きな円を描いた。
「私達が今いるのはお前が元いたのとは異なる世界、異世界だ」
大きな円の隣に同じ大きさの円とその中に点が一つ描かれた。
「姫の暗殺を恐れたこちらの王、オレン王はマリー様の身を按じ、マリー様をあちらの世界に送った」
「そんな簡単に行き来できんのかよ?」
伊織の質問に楓の目の色が変わった。
「そこが問題なんだ」
二つの円を二本の線で繋ぐとその間にバツを描いた。
「世界を行き来するには莫大な魔力と専用のゲートが必要なんだ」
最初に描いた円の中央に門が描かれた。
「そのゲートは王立のもの一つしか無いはずだ。しかしシャムロックはあちらの世界に来た。それが問題なんだ」
「と、言うと?」
「ゲートの起動には王の許可が必要なんだ。でも王が奴を通すわけがない……」
伊織は剣を抜くと円の中に王冠を描き、それをバツで潰した。
「考えられるのは、クーデター、か」
楓は小さく頷いた。
「とにかく私達には情報が足りない、手伝ってくれるか?」
「まっ、手伝わなきゃ帰れないってことだろ?」
伊織は再び手を差し出した。
「よろしくな」
「ああ、こちらこそ」
楓は伊織の手を強く握った。




