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異世界戦線カプリチヲ  作者: 天沙羅
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ロストアーミーイズノットデッド1

「私は、深く世界の大勢と日本国の 現状とを振返り、非常の措置をもって時局を収拾しようと思い、ここに忠実かつ善良なあなたがた国民に申し伝える」

 炎天が荒野を焦がす八月中頃。広場に集まった人の群は揃いも揃って、まるでこの世の終わりを見たかのような表情を浮かべて泣き、叫び、喚き、中には糸の切れた操り人形のように崩れ落ちてその場で気を失う者もいた。まだ意味を理解できずに唖然とする少女に母親らしき女性が「戦争が終わったのよ」とだけ言った。少女は空襲に脅える夜からの解放からか、或いは青空の下、自由に駆け回ることへの期待からか、ごくごく自然に笑顔を見せて。

「テメェ、何笑ってんだよ?!」

 白髪頭で小太りの、到底戦力にもならなそうな男が少女に食ってかかった。少女は何故怒られているかもわからないまま、ただ脅えるだけだった。

「テメェ見たいな非国民がいるから日本は負けたんだ!」

 全くもってお門違いな発言である。が、何もかも失った群集が、怒りをぶつける対象を作るのには十分過ぎる理由だった。少女を咎める目は伝染し、ついには母親すらも彼女の救いを求める瞳から目を逸らしはじめた。

「やめろ、こんな子供に八つ当たりするなんて見苦しいぞ」

 軍服を着た青年が二人の間に割って入った。男は目的を妨害された怒りと新たな標的を見つけた喜びの狭間に揺れながらも青年の胸倉を掴み、口を開いた。

「なんだよ、軍人さんが偉そうにしゃしゃり出てきやがって。戦場からのこのこと逃げ帰ってきた分際でやけに生意気じゃねえか?」

 男の口調はまるで正論を唱えているかのように高圧的で、それが青年の自尊心をより一層掻き立てた。一方の男はと言うと青年の言葉を待つかのように、いじらしくほくそ笑むばかりである。痺れを切らした青年が何かを言おうと口を開いたその時、男の首元に鈍く輝く鋼鉄の刃がぴたりと当てられた。凍り付く男の背後から現れたのは、軍服の右袖を肘の辺りで結び、白髪を無造作に肩まで伸ばした文字通り死神であった。

「他人を中傷した手前、自分はどうなんだい?」

 死神は男の弛んだ頬を軍刀の刃で撫でると、蔑むような目で薄気味悪く微笑んだ。

「おやおや、こんなに丸々と肥えやがって……贅沢と戦う日本国民あるまじき容姿じゃないか」

 死神は呟くような声で言った。

「おっ、俺は銃弾工場の社長だぞ……下手な真似してみろよテメェ」

 威勢の良い言葉とは裏腹に男の声はこれでもかと言うほどに震えていた。死神は煽るようにクスクスと笑うと、男の首元に刀をより一層強く当てた。

「それはご苦労。あんな貧弱な兵器に頼るから日本は負けたんだよ」

 刃が男の頬骨に達した辺りで男は失禁し、その場に倒れこんだ。死神がつまらなさそうな顔をして刀を鞘に仕舞うと、静寂を破るかのように悲鳴を上げて群衆が霧散した。残ったのは青年と少女と死神だけだった。

「まさかこんな所で会えるとは……」

 最初に口を開いたのは青年だった。そればかりか青年は死神を、まるで英雄でも見るかのように瞳を輝かせてまじまじと見つめていた。無論少女にはこの恐ろしい男が誰で何をした者なのかを知る由もなかった。

「千人斬りの大剣豪、三枝伊織さんだ」

「……三枝さん?」

「そう、所属する大隊の壊滅後、軍刀一本で孤軍奮闘の活躍を見せた……」

「そんな大層なもんじゃねーよ」

 死神改め伊織は青年の話を途中で切って話し始めた。

「たまたま俺が離れてた時に隊が襲撃にあっただけで、軍刀使ってるのも隊長さんが腰に差してたコイツしか使える武器が無かったからだよ」

 青年は伊織の言葉を有り難そうに噛み締めている。どうやら相当に伊織のことを敬愛しているようだ。が、そんな事など知らない伊織にとってはこの青年はただただ不思議で不気味なだけだった。

「でっ、お前、名前は?」

「ぼっ、僕は桔平、浦野桔平です!」

 青年の声は妙にぎこちなく滑稽で、伊織が一瞬抱いた不信はすぐに消えてしまった。

「ほう。それで桔平、お前はどうするんだ?」

「どうするとは?」

「戦争が終わったんだ、俺達軍人はお役御免だろう?」

 桔平は嫌な事でも思い出したように呆然とした表情を浮かべた。実際、敗戦とはつまり軍人の失職を意味する訳であって、桔平には嫌な事以外の何事でもなかった。

「なんだ、お前も行く場所が無いのか」

「お兄さん達働きたいの?」

 不意に少女が口を開いた。

「そりゃあ働けるに越したことはないが……」

 伊織は語尾を曖昧に濁すようにして言った。この純白な少女はまだ社会の荒波を知らないだけで現実はそうも簡単には行かないのだと、桔平もその程度にしか思っていなかった。

「東京に行けばじいの会社があるの。じいならお兄さん達を雇ってくれるかも……」

 三人のいる茨城からはそう遠くない距離だった。

「そうか、調度俺も東京に行く用事がある。一緒に行くか」

 伊織は乗り気のようだ。或いは手持ち不沙汰をどうにかしたいだけなのかもしれない。しかし桔平にはそのような気すら起こらなかった。

「ほら、でもお嬢ちゃん、お母さんを置いて行く訳にはいかないだろう?」

「いいの、あれ召し使いだから」

「えっ?」

 桔平のささやかな抵抗も虚しく行くムードが完成してしまった。伊織と少女は早くも歩き始めている。

「どうした桔平、早く来いよ」

 元来流されやすい桔平には伊織からの誘いを断れる訳もなく、この不毛な旅に参加せざるをえなかった。桔平はただ流されるように二人についていくだけであった。

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