俺はこいつの言う事をバカバカしいと切り捨てた。
これは『感情の契約者ーparty to a contractー世界の矛盾と兄妹の物語』を読まないと分からない部分があると思います。
そちらは9000文字程度で完結する短い小説です。そちらを読んでからこちらを読んでください。
俺はすごくイライラしていた。
ここは警察署前。
俺は警察官。
階級は警部。
俺の隣に立っているのは、俺の有能な部下……。
「まあまあ警部さん、そんな鬼みたいに怖い顔してたら、僕だって逃げたくなりますよ」
……ではない。
こいつが俺のイライラの原因だ。
俺の隣に立つこいつは私立探偵。
ある事件の捜査のために警察と連携を取る事になった人間だ。
俺はこいつの推理力が確かなモノだとは知っている。数々の難事件を解決してきた男だからな。
だが俺が気に入らないのは。
「まあ僕らの『正義感』の力を見せてやりましょうよ。犯人なんて僕らの手にかかれば簡単に捕まえられますよ」
このように事を楽観視する事。
そしてこいつが口癖のようにいう言葉……『正義感』。
こいついわく自分は正義感の感情を守護する契約者らしい。
「バカバカしい」
だが、そんなモノはこいつの妄想だ。俺はこいつの病気かと疑うくらいの妄想を嫌っているのだ。
◇
「じゃまず、事件の整理をはじめましょか」
俺たちは近くの喫茶店に入っていた。
「と言っても、まだ事件と決めつけられた訳ではないがな」
その事件とは……生死体事件。
生死体。その言葉は矛盾している。
生きているのに死んでいる。この言葉はそんな意味になってしまう。
だが、この言葉はあながち間違ってはいない。
命は有る。だが……被害者たちは。
「いや、これは事件ですよ。警部さん」
心が死んでいた。
「だが人の手でこんな事ができるのか?」
被害は確認されているだけで三十二人。
「ただの人では無理でしょうね」
その全員が目立った外傷はないが。
「ただの人……?どういう事だ?」
話す事も、食べる事も、考える事も……他にもいろいろな事をしない……否、できなくなっている。
「もちらん奴らですよ」
その症状を表現するなら……心が死んでいる。これ以外にはない。
「感情の契約者ですよ」
◇
「馬鹿らしい……」
俺は人で歩いていた。
隣にあの探偵はいない。
今は別れて行動しているのだ。
「あの野郎、ふざけた事を言いやがって」
あの探偵は言った。
『奴らは人の身を持ちながら、人にはない力を持っている。こんな当たり前じゃない事件、奴らが関わってないとは思えません』
「なにが人にはない力を持っているだ……バカバカしい」
これもあの野郎の妄想の延長線上だろう。
「やっぱりあいつはイライラする」
俺は歩き続けた。
俺はふと足を止めた。
俺は右に曲がる。
路地裏に入っていく。
太陽の光が遮断される空間。
静かな暗闇が包む空間。
そこに……一人の女性が倒れている。
その顔は青白く生気を感じさせない。
「またか……」
俺は近づいていく。
「またなのか……」
そして俺は意識があるかを確認する。
「大丈夫か?」
肩を揺する。
返事はない。
「あぁ、ああぁ」
いや、うめき声を上げて返事をしてくれた。
意識はある。が、この反応。
症状は一つしか考えられない。
「生死体……か……」
俺はつぶやいた。
そのつぶやきは誰の耳にも入らず、路地裏の冷たく静かな闇に消えていった。
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