第2章 第13話 王都編 広場の騒動
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遅くてすいません。
手を引いて向かった先にはさほど離れてないせいかすぐについた。
そこは遠目で見たより、とても異様な雰囲気になっていた。
静かであるのにもかかわらず、ざわめくような空気に包まれ、声に限りに騒いでいる倒れている子の母親らしき人とそれを取り押さえる護衛と思われる屈強な男の姿が見えた。
ぎりぎりとおさえられているとわかるのに、母親は抑えられている背中からぐいと頭だけを持ち上げ「返せ!返せ!」と半狂乱になってまだ声を上げていた。
その声が聞こえるたびケビン君は震えていた。
「お・・かあさん・・・」
そう小さな声がその口からこぼれた。
私はそっとその頭を撫でてやりながら、その母親の視線の先、未だ中にいるだろう所有者の姿さえわからぬ立派な馬車を見た。
一緒に戻ったみんなは自然と私とケビン君の近くに寄り添うようにまとまり、同じように馬車と泣き叫ぶ母親を見ていた。
この騒ぎを取り囲むようにしている町の人々は小さな声でひそひそと馬車に乗る貴族を非難するけれど、馬車の外に立つ二人の護衛がその視線を向けると自然と押し黙っていく。
母親は一度叫ぶのをやめると、自分を取り押さえる護衛の腕に首を捻じ曲げるように噛みつき、一瞬ゆるんだその腕から逃れて馬車に向かおうと暴れた。
もちろんまたすぐに取り押さえられ、更に馬車のそばにいたもう一人の護衛が有無をいわさずその母親をなぐりつけた。
鈍い音が聞こえるとその時ばかりは、取り囲む人々も大きな非難の声を上げた。
けれどそれも再び睨まれすぐに静まる。
後から来た護衛がもうろうとしている母親の胸ぐらをつかみ、まるでごみのように放り投げた。
ちょうど私達の方に向かって。
それにまた周囲からの非難の声がまたあがる。
まったく何て中途半端なありようだろう、と私は思った。
貴族はこうしてみるとこの世界では特権階級なのだろう。
確かこの広場は馬車の立ち入り禁止だとはじめに誰かが言っていた。
それにも拘わらず何のお咎めも未だない。
かといって凄い強権があるのかと思いきや、さきほどのような非難の声をあげても即座にどうこうされることはないようだ。
私はケビン君の頭をもう一度撫で年長の女の子アンナにそっと預けると、倒れて血を流す父親の方に向かった。
倒れている父親には数人の人がついてあれこれやっていた。
「まだなのか」の声に「きたぞ」との声。
そこに慌ただしく手を引かれたおばあさんがやってきて、かごからドロドロした瓶を出し、一緒にきた若い男が肩から胸にかけて切られた傷口からあふれる血をものともせず何やら透明な水のようなものをかけ布で押さえはじめた。
どうやら治療がはじまったらしい。
見ていると父親からうめき声が聞こえてきた。
町の人はあの水のようなものと泥のようなものを見て、まるで自分の事のように痛そうな顔をする。
どうやら強烈なそれに意識を失っていた父親も声を出している。
私はそれを眺めどうやら何とかなりそうなのかと、きびすをかえそうとした。
その私の耳に、アンナの「ケビン!」と呼ぶ大きな声が聞こえた。
その声にさすがに私も何事かとあわててアンナを見ると、ケビン君がアンナの手を振りほどいて倒れている母親の元に向かうのが見えた。
ケビン君はもうろうとしている母親の元に行くと小さな体でしがみついた。
背後では「うう~っ」というかすれた声が徐々にはっきりと大きくなっている。
どうやら本格的に意識をとりもどしているようだ。
私はケビン君の元に向かった。
アンナがケビン君の元に向かうのも見えた。
ケビン君はあの馬車にひかれた子供の母親にしがみついて「行っちゃダメ」と繰り返し言っている。
「殺されちゃうよ、死んじゃうよ」
そう言いながらポロポロと静かに涙を流していた。
私より先にアンナたちがケビン君のそばについた。
みんなは二人のそばにしゃがんでじっとしていた。
母親は小さなケビン君が自分にしがみつくのを見ていた。
その目は戸惑ってはいたが、ケビン君を自分から優しく引きはがし、再びよろよろと立ち上がると、その瞳に再び憎悪を乗せて馬車に向かおうとする。
それを今度はアンナが手を大きく広げて止めた。
「あの子家に連れてかなきゃ!ちゃんと家に連れてかなきゃ!」
そう言いながら。
大きい子達がそれに続いて言い出した。
「俺のとこ、父ちゃんと母ちゃんが姉ちゃん連れて行くなって逆らったから、見せしめだってずっと砦の見張り台に殺されたままぶら下がれてた。俺はじいちゃんと生きるためにそれを見てるだけだった。じいちゃん言ってた。俺たちが生きてなきゃ誰も俺の父ちゃんや母ちゃん、喧嘩ばかりしてた姉ちゃんの事覚えていてやれないって」
「うちの親は食べ物をもらいに砦にいって二度と戻ってこなかった。風が砦から吹いてくると、うまそうな食べ物の匂いや楽しそうな声も聞こえてくるけど、ひどく嫌な腐った匂いもするんだ。けれど俺はそれがもしかしたらうちの家族の匂いかもしれないから、思いっきりそれを吸うんだ。だってそれもいずれしなくなっちまうから。なあ・・あの子連れていってやれよ、なあ」
「生きるってすげえことなんだぞ、すんげえきつい。俺に少しでも食わせるために母ちゃんは・・・。最後の方はコケもほんのちょっとでさ、この指の先くれえだった。俺がバカだから母ちゃんと半分じゃなきゃ嫌だって言ったから、母ちゃん乾いた土を口に入れてむしゃむしゃ食うんだ。飲みこむ水もねえのに。自分は土の方がうまいって言って。母ちゃんてすげえよな。あ~もう何言ってんかわかんねえけど、生きてなきゃダメだ」
口々に言う子供たちに、馬車に向かおうとするたびに進路を止められる。
やがて母親は崩れ落ち、大声をあげて泣いた。
そうしてよろよろとしながら子供の名を呼び、子供を抱きしめて号泣した。
「ごめんね、ごめんね」と言いながら。
止まったような時間の中、再び馬車が動き出そうとする音がする。
誰も何も動かなかった。
けれどその時アンナがあの母親をなぐりつけた護衛が馬車を動かそうと馬に鞭を入れる瞬間「なぐったのは謝りなさいよ、あの子にもあやまりなさいよ!」と言ってそのまま馬車の前に飛び出した。
いつもは冷静なくらいなのに、みんなで母親を止めるうちに昔を思い出し興奮したんだろう。
突然のその行動にその護衛は馬にあてるはずの鞭をアンナに向かってふるった。
「邪魔だ!どけ!」と言って。
アンナはとっさに腕でかばったけど、ピシリと言う音が聞こえた。
その瞬間、私の中でも「ピシリ」と何かが切れた。




