第2章 第10話 王都編 愚かはだれ
女官さん視点です。
・・・合掌。
「セリーヌ様」
慌ただしく呼ばれ私は振り向いた。
邪神の巫女たちを迎えるべくこの白の宮と呼ばれる賓客専用の宮はその準備にここの所大騒ぎになっている。
はるけき尊いラオナ神より遣わされたという邪神ホウルとその巫女が、ホウルの使徒と呼ばれるようになった第3大隊隊長の部隊と共にこの王都に新王即位の寿ぎの為いらっしゃるのだ。
もはや今は慣れたものだがホウルの都とこの王都を行き交うようになったホウルの眷属のあの王都上空を飛ぶお姿は、このつたなき身ではただ震えを持って最初は見つめるしかなかった。
あれほどの権勢を誇ったエファラン公家が滅び、それと同じくしてまるで魔法のようにこの帝国での権力図は一気にひっくり返った。
王家を長きにわたって支えてきた3公家と呼ばれる家の内、最大勢力を誇ったエファラン家がなくなると、我がテロッド家一門と初代よりずっと学門筋を通し現在も王立校の最高顧問を務めるウリューデル家一門がどうしても対立を深めることになった。
ウリューデル家の当主筋は争う姿勢を見せないのだが、底辺にいる一門とは小さい衝突を繰り返していた。
幼い時より私かエファラン公家のあの愚かな姫どちらかが正妃になるだろうと言われてきて、勿論私もその為の教育を受けてきていた。
レアル殿下のお考えで婚約すらなされていなかったが。
一度はあの愚かな姫が「邪神の巫女」だとしてこの王宮を、レアル殿下のそばを我が物顔で居座ろうとした。
さすがの私も一度あきらめた。
それほどの邪神様のご威光だった。
幾度か王宮の大広間で見させていただいた、エンブス隊長たちと眷属方の訓練の様子はそれほどまでのものだったから。
何とかあがきつづけエファラン公家との権力の頂点をめざして争っていた父上も、急に一気にしおれてしまい、私もまた悔しくて何度も枕を涙で濡らしていたことか。
すべてにおいてこの私の方が勝っている、学問も教養も容姿でさえも、それは自他とも認めるものだったのに。
それなのにあの本当に大貴族の血を引いているのかと疑わざるをえないような下劣極まりないあの女に負けるのかと、私は社交界では顔で笑いながら心で血の涙を流していた。
それももう過去の事だけど。
今やテロッド公家こそがこの先一門で王家をお支えしていく。
学問の徒であるウリューデル家はこれから先もかび臭い王立学校や図書館にのみ、その身を置いていただこう。
レアル殿下の小さき頃よりの学問の師としておそば近くに仕えるジュール老のみ表に出るだけで、ウリューデル家の者はことごとく華々しさを嫌っている。
私が正妃となった暁には、ジュール老にも引退をしていただくつもりだけど。
我が家にもそれなりの者がいるのだから、その立場を交代してもらわなければ。
「セリーヌ様?」
私が物思いにふけっているのを、同じ一門で子爵家令嬢のアンリがいぶかしげに声をかけてきた。
私は心を許せる私の一門の中でも優秀な子を四人選んで今回の接待役をする事になった。
これはレアル殿下直々のお声掛けが内々に私にあって、私が正式に願い出る形でこのたびの接待役に決まった。
まだまだ慌ただしい中、明日にもご到着されるというその夜、私は彼女たちにだけに話しをした。
内々に打診されたレアル殿下、いや第14代聖王アイロン様のお言葉を伝える為に。
もちろん直接そうおっしゃったわけではないけれど、私は彼女たちに、いずれ正妃付きの女官になるべく育った彼女たちに打ち明けた。
新王アイロン様の胸の内を。
一度あのエファロン公家の愚かな姫に「邪神の巫女」とたぶかられ、こたびの正当な「邪神の巫女」への思うところを。
あのエンブスたちでさえ眷属方と意思を通じあえる、ならば本当に巫女は巫女なるか?
ただ最初にであっただけとも考えられる。
神気を大いなる神気を一かけらも感じないのがその証拠ではないか、と。
ご自分の気のせいならばよいが、何、とんだ世迷言だ、忘れてくれと言われた事を彼女たちに打ち明けた。
そうしていずれ帝国を共に背負っていくのだから、その気概を持って接待役を頼みたい、そうおっしゃられた事も告げた。
皆が皆それを聞いて決意を秘めた目でお任せください!そう頼もしく言ってくれる。
我が帝国の長きに渡って礎になってきた大貴族であるテロッド公家とその一門、次期正妃としての公にはならないけれど、その最初の仕事としての接待役に心は武者震いがした。
そうしてやってきた邪神様とその眷属はさすが別として、人間である巫女とその友人である一行はどう見てもただの市井の人間にしか見えなかった。
ここが賓客をもてなす栄えある白の宮にも関わらず騒がしいにもほどがある。
巫女の友人たちに至ってはそのみすぼらしさに驚くほどだ。
やせ細り手を入れてないだろう肌は見ただけでガサガサで、その言葉も何もかも見るだけでうんざりする。
けれどこれは私の正式にはされてはいないけど正妃への第一歩。
きちんと勤めあげてみせましょう。
周囲で同じようにあきれている令嬢たちに目配せをして、つつがなきようお世話をする。
宰相たちがわざわざご挨拶にいらっしゃったのに、軽く頭を下げて挨拶の言葉さえまともに言えない。
なんてこととは思っても市井の者ではこのようなもので仕方がないと思っていた。
ところが誰あろう、お忙しい中いらっしゃってくださったレアル殿下に対する数々の無礼に思わず声をかけようとしたら、レアル殿下はそっと私に目を向けて下さり小さく首をおふりになられ止められた。
私は手をぎゅっと握り幼い時より受けた教育の数々を思いおこしその怒りの感情をおさえこんだ。
レアル殿下の言う通り、やはりこの巫女は・・・・。
食事のお手伝いをしながらそばに控えていると、そのがさつな食事ぶりには目も当てられなかった。
まして信じられない事に残ったパンをナプキンに包むではないか。
まさか、と思いもう一度確かめる。
しかしやはりパンを包むその姿。
我も我もとそれに続く。
何て浅ましい!
私は世話役として声を発した。
「お止めください」と。
そうしてまた寝室に入っていこうとする者達にそれをやめるようにとも声をかけた。
私は当たり前の事を言ったまで。
ところが寝室のドアを閉めてふりむいた巫女の顔は短いながら見てきたそれまでとはまるで違っていた。
巫女の黒い瞳はこれほどまでの冷たさをしていたものか、その声もまた温度の感じさせないぞっとするほどの抑揚もない声だったか。
そうして気が付けば己の首筋に噛みつく何か。
激痛、激痛、そしてしびれとまるで沸騰したお湯につかっているような熱さ。
その後にす~っと体をめぐる何かが一瞬全ての痛みを取り除く。
しかしすぐにまた激痛、その激痛はその前よりもはるかに痛く感じる。
一瞬す~っと治るのでより痛みをさらましにするのだ。
そのまま気がつけば小川の音が流れる場所にいた。
動けないまま腫れ上がった瞼で何とか見ると、ここは眷属方の休憩所だとわかった。
なぜ気を失えないんだろう。
より神経は鋭敏になり体はピクリとも動かないのに、激痛と体をめぐる熱さに声は出せないが絶叫する。
どのくらいたったのか、私の目の先で顔は腫れ上がってわからないが、あの衣装は子爵令嬢のものだとわかる。
その彼女が片腕から食われはじめていた。
見たくないのに目はそれを見てしまう。
片腕だけを食べてその傷口を炎であぶられ、炎が大きいせいで体の半分くらいが焼ける音と匂いがする。
そうしてそのまま放置される。
ああ、私は何を間違ったんだろう。
確かにあの目、あの声、あの雰囲気はただの少女なんかではなかった。
せめて、せめて愛しいレアル殿下にそれだけはお伝えしたい。
「巫女様をお大事になさって、決して軽んじてはならない」と。
「それが御身のご無事にもつながりますから」と。
ただそれだけを激痛の合間のす~っとする瞬間にラウナ神にレアル殿下に届きますようにと祈り続けた。
その時奇跡はおこった。
もはや自分が食べられはじめているその時に。
レアル殿下の魔法鏡がかすむ視界に、ほんのわずかしか開かない瞼の隙間に見えた。
ああ、これでレアル殿下に何がおきているかお伝えできる。
声も出ないけれど一心に伝えるべく魔法鏡に目をこらす。
そこにはレアル殿下がいるに違いない。
そのお姿を最後に見たいと必死になる。
このような姿をさらす恥辱などレアル殿下の今後を考えれば何ほどもない。
私が幼い時からそのおそばを望み焦がれた殿下。
ああ、なのに、きっとこれは痛みのせいで見えた幻覚に違いない。
あのお優しい殿下がグラスを片手にあんなに冷たく椅子に座ったままこちらを眺めるなんてありえない。
あんなに冷たく虫けらのように私を見るなんて。
ああ、苦しい・・・・。
「ふん、やっと死んだか」
その言葉にそばづかえの誰かが答えた。
「我が王の治世にはだかるものには天罰を」と。
その言葉を聞かずに死ねたのは幸いだったのか、この後、巫女に対する不敬の罪でテロッド公家はとりつぶしになった。
もちろんその一門も。
え~と、書いてるうちに何故かこんなになっちゃいました。
レアルどうしよう?




