番外編③ どこまでも
旅立ちまでのエンちゃん視点です。
誰言う事なく「邪神の使徒」「ホウルの使徒」と呼ばれるように我々はなった。
もちろん自分は傭兵上がりを拾いあげてくれた実力主義なこのグル―ノス帝国の核の一つ、第3大隊をまとめあげる人間だ。
少なくとも傭兵上がりと貴族連中には陰口をたたかれようと、この国のため、いやこの国に住む者の為に頑張ってきたし、先のあの大戦で共に戦い死んでいった奴らのためにも、俺は生きてこの国を守りそして死んでいくのだろうと思っていた。
正直もともと流れ者の傭兵の父を持ち、母親とらの顔も知らず育った俺だ。
気のいい娼婦たちが俺を育ててくれたようなもんだ。
その生粋の野良犬の俺がロウゼと出会いコンビを組んで、気が付けば共にこうしている。
運命の不思議とやらだ。
けれど俺は忘れない。
道端で生き死んでいくものがいる事も、俺の足元には俺が殺した1000を超える人間がいることも。
必要なら誰であれ殺す、それが俺だ。
そんな俺の転機はまたしてもロウゼだった。
俺が期待をしている第10小隊の部隊長のアルドブの所に、暇を持て余していたロウゼを派遣してやった。
ロウゼは宮廷魔導師長であるレアル殿下の元に魔術師の端くれとして所属していたが、全然その力を発揮しようとせず、いやむしろ何もせずに下っ端としてやっていた。
どうやらレアル殿下が苦手らしく、その目にとまらぬよう過ごしているのだ。
俺は忙しすぎて、城下の娼館にさえ遊びにいく暇もないのに、のほほんと女をくどいて過ごすロウゼに嫌がらせをしてやることにした。
アルドブのソルネイ草原の警戒軍の中にロウゼを叩き込んでやった。
噂ではキゼイ男爵令嬢を本気でくどきはじめたと聞いた。
その令嬢の顔を思い浮かべ、あの腹黒遊び人野郎には勿体ない、そう思ったのも確かだが、俺は本気だと聞いた途端、はじめてその恋路を邪魔するべく動いた。
ロウゼ相手では男爵令嬢には荷が重い。
アルドブ率いる隊が王都を立つ出陣の挨拶に俺の元に来た時、その後ろの方で俺を見るロウゼからの心の声が俺には聞こえた。
「あなたは本当にもの忘れが激しいですね。私を怒らせて何度痛い目にあったか・・・。」
そう言っていた、確かに奴の目は陰険に言っていた。
奴は「紫銀の君」とか呼ばれ、そのはかなく笑うその顔に女どもは大騒ぎしている。
おい、お前ら、そう何度その恐ろしさを周りに教えてやりたかったか。
だが俺も自分のの身がかわいい。
触らぬ神に祟りなし、だ。
え、いや、俺思い切り今触ってないか?
俺は表面上何事もなく応対していたが、走馬灯のごとくロウゼを過去に怒らせてやられた事を思い返していた。
悪夢をみせられ不眠になる事はしょっちゅうで、最悪なのは、いざ女と事に及ぼうとするとひどい吐き気に襲われとんでもない事態になる時だ。
そりゃあ、裸の自分を見てゲェゲェ吐かれた日には、しらけるどころじゃない。
あれが続いた日には俺は初めて土下座して謝ったもんだ。
俺の背中がぞわっとした。
おい、ちょっとお前をからかってやろうと思っただけなんだと思わずこの場で言いそうになる。
いや、背に腹はかえられない。
よし、ここでロウゼに久々の土下座だ。
そう思ったのに、ロウゼはにっこり口の端だけで笑い、声を出さずに「お・ぼ・え・て・ろ」と言った。
怖ぇ~、どうするよ、やっぱりロウゼは王都に残留させよう、うん、それがいい、急な理由ををつけて、謝るぞ。
そう考えてる所に、俺の所に急きょ伝令がやってきた。
何で俺に急用なんだよ、違う、ダメだろ、そう思うのに俺はお役所勤めの哀しさで、そのまま慌ただしく参謀本部にいかざるをえなかった。
ロウゼ達が出発してから、俺はいつ何の嫌がらせが奴からきてもいいように身構えていた。
ところがその前にアルドブからの緊急報告が入り、俺も警戒地域に赴くことになった。
そこでロキロキ草のくだりを聞き、結局またロウゼによって俺の転機がきたことに気がついた。
レアル殿下から下賜されたマントをはおり、訓練にも力が入るようになったある日、不思議なことに我々は気がついた。
体に傷が一つもないのだ。
それはあの「邪神の試練」を与えられた我々だけだった。
極秘に我々だけで集まり、少しずつ試していった。
短刀の傷、わざわざ殴らせて骨を折ってもみた。
小さなものなら瞬時で消えて、折れた骨も数刻のちには直っていた。
そういえば視力も聴力もだと、おのおのいろいろ口にだし、わが身の不思議を口々に訴えてそうして我々は知った。
少なくとも以前の自分たちにはない能力が与えられた事を。
それらをお聞きしたい気持ちを押え、第10小隊のものにも「今しばらくお待ち申し上げるように」と内々で通達した。
一層訓練に身が入り、特に「邪神の試練」を乗り越えた我々は、より強固に結びつきが深まり何も言わずとも通ずるようになった。
そうしたある日訓練途中にその淡くつたない言葉が私の耳に、いや頭の中に響いた。
「おいかけっこする~」
「するする~」
それはアブドラの飛行班隊を私の飛行部隊が追いかけ交叉地点で急展開をする訓練の時に聞こえた。
あちこちから聞こえるそのつたない言葉、それを驚愕でもって茫然と受け止めた。
まさか、まさか・・・。
急に飛行途中に待機に入った私。
見ると部下達も同じように驚愕をあらわにしていた。
飛行待機に入ったものたちを見た。
皆「邪神の試練」のメンバー達だった。
そこに、
「え~」
「え~」
「とぶ~」
「あそぶ~」
またそれらの声が再び頭に響いた。
ああ!間違いない!これこそ彼ら眷属と呼ばれる者たちの声!
全てが理解できるものではなかったが、注意深く聞くと、単語の一つ特に思いの深い言葉がかすかに理解できた。
それからどうやって訓練を終えたのかわからない。
私の執務室で皆で集まり、ただお互い何も言わずそれぞれの思いにふけっていた。
私は私の言葉を待ち続ける試練の仲間に、
「ラウル神の御手はあまりに遠いと思って生きてきた。・・・だがどうだ?」
そう言って深く目をつぶった。
それに合わせて皆もその場で祈っていると、突然ドアが大きな音を立てて開かれた。
そこには腕に邪神を抱え姫君が急ぎながら私の元に来られる所だった。
「欲しい!」
そうおっしゃられながら飛び込んでこられた。
姫君は我らのマントが欲しいと言われた。
眷属のお声を聞く事の出来た日、姫君はマントを所望なされた。
ニコニコと笑顔を見せられる姫君。
ああ、姫君は我々を待っていて下さったのか。
この私達が、せめて姫君につかえるにたる力を持つまで待っていて下さったのか。
せめてこの地に降りるにふさわしい下僕ができるのを待っていて下さったのか。
ああ!この時この時代、邪神がご降臨なされ、またその姫君もまたこの地におりられた。
強大な力を持つ邪神一行とはいえ、下界には不慣れな姫君がおられる。
その姫君の忠実なる僕にたる人間に我々は選ばれたのだ。
その天啓に涙があふれ、ロウゼ達もまた同じ天啓を得たのだろう涙する。
優しく首をかしげこちらを見る姫君に対し荘厳に心に誓いを奉り、急ぎマントを、今やっとあれが、あそこでの行いの意味が何だったのかわかった。
ホウル神の選別の証しであるマントを急ぎ仕立てる事を約束した。
それからすぐに我らは神殿に対して事の真相を証言し、レアル殿下とは直接、伝達魔法によりお話しさせていただいた。
それらの最終折衝にはアブドラを王都にやることであてた。
彼らにその賜れし奇跡を見せつけるために。
彼らはただ人のその賜れし能力に驚愕し畏怖するだろう。
ナイフでついてもみるみる傷が治り、その膂力もまた人間離れしたのを見るだろう。
そうして我々はその示威行為もあり、ありえないスピードでグル―ノス帝国の支配を離れることになった。
真の「ホウル神の使徒」「夜の姫君の騎士」の誕生だ。
もちろん我々の出自はグル―ノス帝国でありそれは忘れませんと殿下に申し上げるのを忘れない。
次期王となられるレアル殿下は聡い方であらせられる。
またそのやり方はどうであれ、民を深く思う心は確かだ。
聡い方ゆえ我々の支援は帝国が行うとの宣言をすぐさまだされた。
そうして姫君の「旅に出る」というお言葉に、我々は急ぎ準備した。
姫君を待たせるのは本当に心苦しいものであるが、他の国々のものにも、この度の行幸をお知らせするべきだという意見に私も納得したからだ。
幸いなるかな、今を生きるものよ。
目にする神の御業に皆心を新たにするがいい。
この千を超える人間を殺してきた、人を殺すのが仕事のこの俺だ。
またその他にもたくさんの死を今まで見てきた、いやと言うほど。
正直俺はこの人生に何の意味も持つ事ができなかった。
せめて国々の争いでこの国の民が死ぬ事などないよう守るのが、せめて俺に残された矜持だった。
それがどうだ。
このどうしようもない自分にも意味があった。
ラオナ神の尊い御手がこうして差し伸べられていた。
急ぎ各国にお触れをだし、同時に最初に訪れる国はどこがいいか話し合った。
同じ時期にレアル殿下の新王即位の準備が始まる。
準備から即位まで一年はかかる。
神殿の方からも、心苦しいがこの期間は不敬とは思うが、どうかよろしくお願いしますと頼まれた。
同じようにレアル殿下の近習からも、平に平にと頼まれた。
最後に訪れるのがグル―ノス帝国にすべきとの意見もまとまった。
同じように最初に訪れるのはラオナ正教を表で掲げるというのに、実際は異教が盛んな「トルブ共和国」にするという意見が大勢をしめた。
あまねく慈悲を我々にお与え下さるラオナ神のご威光をとくと見せつけるために。
そうして各方面や民たちに、こたびの行幸を急ぎ知らせ、ようやく出発の準備が整いつつあった。
そこに姫君ご出立の報がもたらされた。
準備の遅さに申し訳なく唇をかんだが、一瞬で顔を戻す。
「急ぎ出立!」
その大号令に、ほんの短い時間で皆が揃って後を追う。
すぐさま姫君の元にはせ参じるために。
思いの他にごゆるりと飛行あそばす姫君に不肖の僕をお待ちくださったかと感謝した。
揃いのマントをはおり我々は、ホウル神の背に乗る姫君とご眷属たちの飛行に合流させていただいた。
申し訳なさに頭を下げる私に、姫君は優しく首をかしげ、何でもないというように我々に負担なく合わせる為にそのままゆっくりと飛び続けてくださる。
それにはすぐ感謝の言葉を述べさせていただいた。
そしてどちらにまず向かわれるのかを聞くと、指をさされる。
それはグル―ノス帝国の方角だった。
我々は何とか姫君に不敬と知りつつも翻意をうながした。
姫君の今回の旅の目的は「邪神の泉」の新たな発見にあるとロウゼが聞いている。
姫君は「邪神の泉」にひどくこだわられる。
それは何か神意があるのだろう。
我々は何も考えずただお側につかえるのみ。
隠れて異教に囚われる愚かなトルブの民に、最初のご威光を指し示し、その御手で彼らを御救い下さいますよう。
私はそっとその飛行する御姿を目にしながら心から祈った。
あまねくそのご慈悲が伝わりますようにと。




