番外編① 水は落ちるべき所に落ちる
視察にきたレアル殿下視点です。
番外編こんな感じでちょこちょこ書いていきます。
我が父である「聖王アイロン」の後宮には、そこの支配者でありただ一人の正妃である私の母キャトリン皇妃の他に、神殿の有力勢力から側妃を2人、有力貴族からは五人の側妃、その他大商人であるカンテ一族からも、これは身分がないため只の側女として2人の女があがっている。
父は何の事はない、それぞれの勢力の後押しがなければ自分の立ち位置をおのれひとりでは築けない愚かな男だという事を公然と立証しているにすぎない。
まあ、その連綿と続く血筋にこの私を生んだ、それだけは褒められる。
父はそんな日和見主義の自分を持たない、女に振り回されているただの情けない男だ。
それが今代の聖王とは笑うしかない。
私はしゃべりはじめるより先に魔法を使ったと言われるくらい先祖がえりといわれる魔力を持っていた。
そんな私の転機は、教育係りとして私の前任の宮廷魔術師長であるデイン老がなったことだ。
デイン老の一族は彼一人を除いてもはやいなかった。
古の古き魔人の血を引くという彼の一族は長寿ではあったが不死ではなかった。
長い年月を生き、それでも新しい血を受け入れる事ができず、名実彼を持って途絶える一族。
かのデイン老はひどく浮世離れしていた人だったが、己の最後の仕事になるであろう私の教育に関しては周囲も驚くほどの真摯さをみせた。
私にはそのデイン老しか知らぬので、拒絶するようにデイン老が生きてきたと聞いてもピンとこない。
私がものごころがついて、真っ先に教えてもらったのは、我が王家の始まりの真実の話しだった。
初代の建国王アイロンについての話しだった。
我が王家はその王位を継ぐとともに名を「アイロン」にかわる。
その初代王がいかにして国を築いたかを彼の記憶を覗かせてもらった。。
初代アイロン王は傭兵団の魔術師団のトップではあったが、そこの傭兵団を率いる男こそ本来の建国王になるべき男だった。
それを最後の最後で謀略を持って自らが殺し、その弔い合戦だとお涙ちょうだいの激を仲間にとばし、既に趨勢の決まっているその戦いの最後を自らの手で彩った華麗なる裏切り者、それがのちの初代アイロン王だとその記憶を写すという方法で教えてもらった。
デイン一族の記憶は個のものであれ全員で共有される。
それを脳裏に思い浮かべるだけで、誰かの知る記憶が映し出されていく。
私は最初から巷で語られる我が先祖の英雄譚や王家にのみ伝わるそれらのまことしやかな美しくも力強い物語から幼いうちに切り離されてしまった。
それからもデイン老はこの私の幼心に、表と裏という物事につきまとう二重の意味をきっちり私に教えていった。
ただしそれらは我々だけで、表立っては普通の教育しか受けてないように見せて行われていった。
10になるかならない時には、父王が情けなくも後宮の女達に振り回されて、最早女達の舵すらとれぬ姿を隠れてみせられ、同じように我が母のいつも毅然とした姿からは見受けられぬ、側妃の女同士の醜い権力争いを裏で操る姿を知った。
ある日私はもう醜いものは見るのは嫌だと爆発した。
もういい!そう怒る私に、その時初めてデイン老に頭を撫でられ褒められた。
それでいいのだと、いやだということを知る事が大事なのだと。
それから先はそういうものを実際見せられる事はなくなった。
どうしても私にはまっさらの状態でそれらを見て欲しかったというデイン老。
この私の幼さなどまるで考えていないそれは、彼と私の寿命の差なのだと今にして思えばわかる。
デイン老にしてみれば、私などあっという間に年をとってしまう只の人間なのだから。
「人間は身も心も着飾ろうとして生きていく。その隙間に憎しみや妬みが埋もれていく。それを知る事こそ次期継承者であるレアル殿下の第一歩」
そう言いながらぶっきらぼうに私の頭を撫でてくれながら裏の勉強も教わった。
かといって醜いばかりではない、合い間合い間に見せる人間としての美しさも私に見せてくれた。
慈しみ深い心も合わせ持つ人間の不思議さをまた私に愛でるようにと。
人の心の表裏はコロコロ変わるサイコロの目のようなもの。
自分の命をかえりみず他者を助けたかと思えば、同じように身勝手な理由で簡単に他者を葬る。
それこそが人間族がここまで勢力を伸ばせた要因でもあるという。
その手には慈しむべきものも、握りつぶすべきものも均等に握られる。
その柔軟さを持つ恐ろしき心を軽く考えてはいけないと私は教えて頂いた。
そのデイン老も私が16で成人の儀をすませると、安心したかのようにその後しばらくして亡くなった。
長い長い生のはて、デイン老は何を思ったのだろうか。
私はただひたすら泣いた。
一人誰にも邪魔されず、私だけの心で弔った。
デイン老は私に膨大な書物や法具などを遺言として残してくれた。
それ以来誰も師とは仰がず、その残されたものだけで私は勉強をしている。
私は人間は信頼するには難しいが、ある程度信用にたるものもいることを知った。
私は慎重に見極め、その少ない信用にたる人間を一人一人集めていった。
やがて力をたくわえ、私の存在にとって邪魔になるものを順番に排除していった。
人知れず確実に。
異母弟の野心溢れるものの幾人か、父王があまりに言いなりになる側妃の一人などを陥れた。
そうして足場を自分の御世に向けて整えている時に、あれがおこった。
邪神とその眷属の降臨だ。
着々と自分の時代を作り上げようとしていた矢先の出来事だった。
私は王城のテラスで我が最大の召喚獣を全力で、幾人かの生贄を媒体に呼び出したが、それらはあっさりと歯牙にもかけられず滅せられた。
あれらの召喚獣一体で、どれほどの威力があるのかは私も皆も知っていた。
普通の軍などひとたまりもない。
それが簡単に滅せられた。
大陸最強を誇る我が国の切り札が通じないのを茫然とする我らは、大きな姿が悠然と去っていくのを見送るしかなかった。
しかし彼ら邪神の登場は、まさに表裏の世界をあらわすかのようだった。
バカなものどもが、邪神のお告げに足元を揺らし、はじめ小さなその足元の揺れも、すぐに数が重なりゆけば大きなものとなる。
笑うしかないが、我が国王を代々トップとするラオナ正教に皆その足元を投げすがりついたのだ。
馬鹿らしい事だが、いつの時代も国の派遣争いは大なり小なりある。
それがこの邪神騒動で全て引っ込み、望むべくもない一国支配が転がり込んできた。
「共通の脅威」━なんと簡単なことだったのか、我が先祖の皆さま方も墓塔にて笑っているのではないだろうか。
ところが良い事ばかりとは限らない。
「邪神の巫女」としてあつかましくもしゃしゃり出たエファラン公家の勢いがそれなりに目につくようになってきた。
でくの坊すぎて排除の対象にもならない兄弟の外戚、それだけでいればいいものの、水面下であの「邪神の巫女」を勝手に名乗るあの愚か者の色ぼけを私の妃にしようと動き出した。
それを聞いた時、思わず召喚獣を呼ぶか、我が暗殺集団刃影をすぐさま遣わし、すぐさま影形なく殺してしまおうかと思ったくらいだ。
だがまだ早い。
エファラン公家とどこがつながっていくのかを見極めなければと、デイン老の「怒り憎しみにとらわれる時ほど動くのではない。そこで見えるものを客観的に覚え、次に活かせ。そうして準備せよ、復讐の時を。」というその言葉を噛みしめる。
その動きを藪に潜む蛇のようにじっと見据え、好機を待った。
待ったかいがあり、そのエファラン公側の人間を次々にあぶりだしていった。
他の異母兄弟の名前もちらほら見受けられた。
ふっ、大人しく我が兄弟でいればよいものを、どうお前達を料理してやろうと、機嫌よく過ごしている時に、その報告が入ってきた。
「邪神」とその姫。
大広間のそれは、あの脅威である邪神とその眷属と共に訓練を展開する大隊の部隊のものだった。
それは大広間を震撼させ、のちに熱狂させた。
その後の祝宴ぶりは語るまい。
私の目は邪神とその姫にのみいった。
あの目が我が軍門に下る目だと言うのか、馬鹿らしい。
あれは時折他の人間に見せたデイン老の眼差しと同じもの。
彼我の違い、存在の違いどころか、こちらを突き放すような同じ立ち位置にいるものの目ではなかろうに。
私は面白い事を考えた。
まず今まで無視しそばにもよらせなかった「邪神の巫女」どのに城の夜会でほんの一言少しばかり声をかけた。
言ったことは邪神とその姫の素晴らしさ。
案の定あの愚かな一族とその船にのる人間達は、こたびの視察に無理やり割りいってきた。
こちらはもともとそのつもりであおっていて、我が随員は少数精鋭のみで隠れて準備してきた。
だがそれを表に出さず、あまりのらない様子で返事をしぶっていると、何と父王の横やりが入ってきた。
これだ、私はこれを待っていた。
わざと大勢いる朝議の席で、それを父王に皆の前で言わせる。
父王の命により、視察にエファラン公家が入ってきた、その事実。
何でもない視察のはずが、この後エファラン公家の勢力ばかりか、父王の退位を早めるのだ。
私はつい微笑んでいたらしい。
私が選んだものたちが、やれやれといった風に私を見ている。
「何かお含みおきでございましょう、殿下のそのお顔はあの飛ぶ鳥を落とす勢いだったエンデ妃を追い落とし処刑された時以来のお顔でございます」
そう言って笑う腹心。
「さあ、どうだろうね。楽しくなるのは確かだけどね」
私は乾杯の仕草でとっておきのワインを飲んだ。
視察で見たのは、この私でさえ足が震える邪神とその眷属の姿だった。
「邪神の姫君」は幼い容姿ではあったが、その目はやはり私達を認めるどころか、同じ人間だとも思ってない、そんな目をしていた。
私はこの時ほどデイン老に感謝したことはない。
デイン老のあの顔や表情を知らなければ、まだ慣れぬ我らに緊張する子供と受け取っていたに違いないから。
私は彼女が我らを虫けらほども認識していないのを知って、いっそすがすがしいほどこの「邪神の姫」に甘い言葉を投げかけた。
案の定愚か者どもがそれで綺麗に釣れた。
終わりだ。
滞在する御座所に帰り急ぎ映すそれには、本来の表情の片鱗をみせた「邪神の姫」とぶざまなエファラン公家の面々が映る。
我が忠実なるものたちは私と一緒に御座所にいる。
あとのものがどうなろうと知ったことか。
あの邪神の姫にはありがたくその力をふって頂こう。
私は彼女がここで何をおこそうと、それをわざわざ王都まできて繰り返すというのをしないと確信している。
それほど我らに関心などない。
目の前の邪魔なものをどければ、それでおしまいだ。
ところが私でも思いつかない事がおこった。
転移の魔法陣が発動しないのだ。
周りの人間が静かに私を見る。
一人二人と私の為にその命を糧に、転移の魔法陣に力を更に与えようとする。
私はそれを厳しく止めた。
いつも穏やかな言葉しか投げかけない私の厳しい静止に、その刃が止まる。
「落ち着け!。何、ここで死ぬなら死ぬだけだ。まさか私だけ逃がそうというのか?そんなもの勘弁願おう。私の腹黒さを笑うものがいなければ、ただのまぬけに成り下がる。そのような人生はつまらぬ。」
そう言って笑う私に、皆泣き笑いで頭を下げる。
その後魔法陣は再び輝きを取り戻し、同時に私は王都への帰還をはたした。
私は陣を発動させていない。
困った事に私の部下達は、年々いう事を聞かなくなる。
魔法鏡ですぐさま映して、我が部下には何事もないのを見て、ほっとする。
だからといって、もしその命を捨てさせる時がくれば、私は「死ね」とちゃんと言うのだろう。
表裏一体か、デイン老、私はそれでも心の奥で望んでしまう。
我が御世には泣くものが少ないようにと。
それを望む同じ手で私はこれから我が父を失脚させ兄弟の幾人かを死なせるというのに。
それでも・・・。
毎日陽が昇り、空は青いままで、本当は奇跡のような一日が何事もなく民の前にあるように、私はそんな繰り返しが当たり前な、そんな日々を生む王になりたい。




