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第1章 第21話 ありえない

アル隊長視点の最後です。

結界が消えた瞬間、俺達はスヌービンのいない背後にすばやく逃げた。


奴らは今、俺達の相棒をむさぶり喰っていて、血の匂いで俺達に今は気づかない。


極力静かにこのまま移動して、と思っていると、くそっ!俺とした事が!子供がいない!どこだ!


あきれた事に、この地に住む子供であれば、よちよち歩きの頃から親や集落の大人たちから繰り返し叩き込まれるはずの「確実に逃げる」という単純なそれを、少しも動かないばかりか、ぼうっと突っ立って緊張のかけらさえないで立っている。


すぐさま助けに向かうべく俺とロウゼがいこうとすると、俺達を振り向き、無邪気にニッコリと笑う。


そしてくるな、という風に手で押しとどめるようなジェスチャーをする。


何を馬鹿なと、再度助けるべく足を向けると、今度は空を指し示す。


それにつられて空を見上げた俺は、鍛えているはずの俺でも思わず腰を抜かしそうになった。


畜生!そうだった、「邪神の息吹」からの脅威が、目の前の命がけの攻防のせいで、すっかり頭から抜け落ちていた。


空を見上げた俺が見たのは、今まで俺達が見てきた妖獣なんか、子猫にしか見えない、正真正銘、見ただけでわかる、この大陸に3年前にやってきたお告げそのままの「邪神」だった。


一瞬で絶望に陥るが、この子供だけでも何とか助けようと、震える足をすすめようとした俺は、またまた信じられないものを見た。


凄まじいくらいの力あふれる地を走る妖獣の群れ、もはや「群れ」といっていいほどの数のそれらが、同じようにあらわれ、そしてスヌービンを襲っていった。


この地最強と言われたスヌービン達をたやすく紙を引き裂くようにたおしていく。


そうして見ると、あの子供は、笑っていた。


その懐に邪神を迎え入れながらコロコロと。


そして俺は初めてあの子供の話すのを聞いた。


体に見合った可愛らしい声だった。


何と言っているのかわからないが、言った事はわかった。


何故なら妖獣たちが、このソルネイ草原にいるだろうスヌービンを一方的に殺戮しはじめたからだ。


嬉々として邪神と戯れる子供と、次々に子供の前に現れては、甘えているかのように見える妖獣たち。


それも見たこともないようなレベルの、「邪神の息吹」にいただろうレベルの高いそれらの姿。


いつの間にか、翼ある「ズール」、翼のある「ズール」など、今まで見たことも、そんな情報も入っていなかったが、それらに囲まれて、俺達、第10小隊は、スヌービンが狩られていく様をみていた。


時々、その翼あるズールの尻尾が俺達をかすめるたびに、俺達のまとった装甲がボロボロと崩れていく。


信じられん、尻尾のふざけたような一撫でで、こうも装甲がやられるとは。


表に出ている体がやられたら、と思うと、俺達は必死にその戯れるような動きを避け続けていた。


そんな緊張の時間がどのくらい続いたのか、気がつくと子供が、顔をへんにゃりさせながら、俺達の所にこようとした。


どうやら、俺達のこのボロボロの状態に気がついて、大丈夫か、とこようとしているようだ。


俺は少なくともホッとした。


あの化け物たちを動かせる、信じられない事だが動かせる子供が、そりゃあ、あんな「ロキロキ草」の上で呑気に転がっているはずだ。


禁足地の「邪神の息吹」にもいるはずだ。


そんな子供が、少なくとも、俺達に敵対していない、いや、今までの様子をみれば、脅威になる気配はない、それどころか俺達は命が助かったとこの時はじめて確信したくらいだ。


俺は、この事をどうエンブス大隊長に報告するか頭の中で考えながら、これからの状況を考えていた。


だが、最悪な事に、3人いた神官達の中で、一番若いミネロスが攻撃呪文を詠唱しはじめた。


瞬間、まばたきをする間もない瞬間、突如出現した邪神によって、いともたやすく目の前でミネロスが殺された。


一番若い神官で、皆がその裏表のない単純さを可愛がった弟のような奴だった。


それが、簡単に人間の尊厳などないかのように、虫ケラのように瞬殺された。


思わず嘆いていた俺達は、その場の雰囲気の異常性に、息をするのも苦しいくらいの圧迫された雰囲気に気がつくと、あの子供が顔をこわばらせて後ずさるのが見えた。


声をかけようにも、邪神が体を震わせながらその体を凶悪に変化させ、俺達を囲んでいた翼ある「ズール」達も、同じように殺気をはらんで変化していった。


違う!危害を子供に加える気はない!そう言いたいけれど、まるで圧縮された空気に押しつぶされるように息さえもできない。


ああ、死ぬのか、そう思った。


ところがまた、それを、救った声があった。


神官のロウゼが飼っている、見た目は小さいが魔獣の一種のシェロンの鳴き声だった。


シェロンは同じ魔獣、魔獣というのはスヌービンもそうだが、我々がいかな手段をとっても家畜化できない生き物の総称で、その魔獣の気配に敏感で、必ず遠征にも警備にも連れて行く。


あの子供は、それを聞くなり、一転こちらに駆けより、シェロンを抱き上げるとなおさら嬉しそうにしている。


それに合わせて先ほどまでは何だったのかというくらい、あの邪神や妖獣も何事もなかったかのように大人しくなった。


この子供がカギか。


俺はじっとシェロンと戯れる子供を眺めた。


皆と目が合う、皆も同じことを思っているのがわかる。


3年前からの未曾有の危機。


大陸が初めて一つの元に、我らが聖王アイロン様の元に統一されたのは喜ばしい事だが、その危機を乗り越える答えがここにある。


この子供は、ちゃんと子供らしい愛らしい子だ。


そして、こうして意志の疎通も何とかなる。


少しの時間でも触れ合えば、この子が大丈夫な子だというのはわかった。


俺はロウゼを見た。


ロウゼも俺を見てうなずく。


この邂逅こそラオナ神の思し召しに違いない。


この世界にきた邪神と妖獣たちを従える事のできる子供。


俺はじっと、その子供が無邪気に遊ぶ様子を見ていた。



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