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第1話 掃き溜めの鶴

 


 死屍累々(ししるいるい)の中に立つ聖騎士は、私の目には、この世の(けが)れから隔絶した存在に映った。


 ざあ、ざあ、ざあ。


 日の出る前の、群青(ぐんじょう)に染められた砂浜の海岸線には雑多な漂流物が打ち上げられている。魔法の撃ち合いで沈んだガレー船が、内海に流れ込んでくる潮の影響でこの浜に漂着するのだろう。


 立派に戦った乗組員や、食べられることがなかった果物、ボロボロの武器が辺り一面に広がり、(すす)と海藻にまみれた甲板(かんぱん)が墓標のように立っている。


 (いま)だ薄暗く、戦争の残骸が影を落としている砂浜をその聖騎士は歩いていた。

 白磁(はくじ)のような甲冑に金の装飾をあしらい、潮風に揺れる青いマントには聖竜の紋章。間違いなく我が神聖アラ・メリニア帝国を守護する軍人だ。


「あいつ、何やってやがる」

 ドニが自分の禿()げ頭を()きながら呟いた。オノレとマケールも何やら小声で話していている。内容は聞き取れないが、よそ者に向ける嫌悪感が混じっている。


 なぜこんなところに。

 聖騎士隊はこの村からずっと先の前線で特殊任務をしているか、首都の守りに()いているはずだ。あの組織には相当な税がつぎ込まれているはずで、この戦時下に遊ばせておく理由はない。


 それがどんな理由でこんな田舎の港町を散歩している。それも、たったひとり、完全武装で。水死体から生き残りを探しているのか。


 ――それか、もしや、バレたのか。荷物を持つ手に汗が(にじ)んだ。


「あいつがいたんじゃ仕事ができねえ」

 ドニは(たん)を吐き捨てて言う。漂着した戦士の(ふところ)を漁って金目の物を奪うことを、この漁師くずれたちは仕事と呼んで(はばか)らない。私も同類ではあるが。


 そんな火事場泥棒のような真似は、当然あの聖騎士を含む軍人たちに見つかったらタダでは済まないだろう。


「ドニ、いなくなるまで待つか?」

「……いや、そろそろ土左衛門(どざえもん)が起きるはずだぜ」


 そうドニはほくそ笑むと、物陰に身を隠すように私たちへ指示を出した。もしやこいつ。

「お、お目覚めだぜ」


 聖騎士の歩く先、押し寄せる波と砂にされるがままになっていたうつ伏せの戦士が、動いた。ふらふらと、産まれたての牛のように立ち上がる。


 明後日(あさって)の方を向いた膝で何とかバランスを取り、千切れていない方の右腕で手斧を拾っている。首を巡らせて聖騎士を見つけ、口を開けると、ずるりと蝦蛄(シャコ)が落ちて行った。


 どう見ても生きてはいない。魔物だ。


 戦場跡にはアンデットが()く。戦士の死体に宿った魔力が、怨念(おんねん)に応えるのだと。

 なるほど、死体も怨念も、売るほどあるだろう。


 先程まで死体だったはずの戦士はアンデットとなり、同族を増やそうとして――聖騎士に向けて砂を蹴った。


 思いのほか足が早い。

 生前は名のある戦士だったのか、アンデットは一息に聖騎士との距離を詰める。斧を振り上げ、生者への憎悪を叩きつけるように力を込めて。そこから、私は(まばた)きができなくなった。


 一歩も動くことはなく、聖騎士の一閃はアンデットの首を斧のごと斬り飛ばす。力を失い、水死体に戻った身体がまた砂に沈む。


 聖騎士は直剣の(けが)れをマントで(ぬぐ)い、流麗な所作で剣を胸の前に(かか)げると、戦士に向かってゆっくりと(こうべ)()れた。


 職業柄、腕に覚えがあると自慢する者は大勢見てきたが、それらがすべてハッタリだと思えるほどの使い手。


 剣を抜くところを、私の眼は(とら)えることができなかった。


「オノレ、マケール。次にアンデットが起きたらあいつを襲うぞ」


 (ほう)けていた私の耳にドニの爆弾発言が入ってきた。確かにあの聖騎士はしばらく立ち去らないようだし、身ぐるみを()げば上等な装備類は高値で売れるだろう。


 金にはなるだろうが、それは倒せればの話だ。さすがに黙っていられない。


「正気か!? ドニ、今の剣を見ただろう。お前たちに勝てる相手ではない」

「寄生虫の闇屋風情が、黙ってろって言っておいたはずだ」


「こそ泥をやってきたくらいで気が大きくなったか!?」

「お前みたいな雑魚じゃあないんだ。あのくらいのアンデットなら俺たちでも殺れる」

「ちょっと脅かしてやるだけさ。闇屋、小便ちびっちまったのか?」

「漁夫の利ってやつだよ。馬鹿」


 いい年した不良気取りの村人どもは口々に罵ってくる。おそらく、止めねば殺されるのはこの阿呆どもの方だ。視線の先では別のアンデットが砂浜から起き上がろうとしている。


(レベル)の差は、――ッ」

 ナイフを向けられて言葉を飲み込む。


「仕事に口出すなって言ったはずだよな」

 新たに四体のアンデットが起き上がり、手近な武器を取って甲冑を囲む。相対した聖騎士は微塵(みじん)も恐れることなく剣を振るい、一体を斬り伏せた。


 甲冑の背中がこちらに向く。


「行くぞ!」

「待てッ!」


 私の声を無視して三人は得物(えもの)を手に駆け出した。海育ちで軽装な彼らは砂に足を取られることもなくあっという間に距離を詰める。


「なに?」

 聖騎士が気付いた。


 甲冑はアンデットの一刀をひらりと避けると、突っ込むオノレの方へと押しのける。魔物に驚いて間合いが狂ったオノレはたたらを踏み、その隙に聖騎士が踏み込み、オノレの持っていた槍を真っ二つに割った。


「うわあ!」

 とオノレは情けない声を上げながら、アンデットと砂の上で取っ組み合いの無様(ぶざま)(さら)す。


「言わんこっちゃない」

 袋の口を開けて中身をまさぐった。目を離した一瞬でアンデットは残り一体になっていて、マケールが強烈な前蹴りを食らってうずくまっていた。


「おりゃああ!」

 ドニは愛用の曲剣を抜き放って斬りかかるが、砂浜で拾ったなまくらで甲冑が割れるはずもない。裏拳で刃を止められ、アンデットの振り降ろした棍棒で肩を殴られてしまう。


 苦悶(くもん)にドニの顔が歪む。聖騎士は残ったアンデットを易々(やすやす)と仕留めると、膝を着いたドニに切っ先を向けた。


「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

「ひい!」


「この辺で、ブラックマーケットに通じる有名な……」

「お、お助けえ!」


「……はあ、話通じないじゃん。もういいか」


 聖騎士は剣を振り上げる。盗人に堕ちた村人が、国家権力に生殺与奪を明け渡したらどうなるかなど考えている暇などない。私も、死に場所がここなら出し惜しみは無しだ。


 荷物から取り出した巻物(スクロール)(ひも)(ほど)き、唱えた。


死霊魔法(スピリットスペル)、ゾンビウォーリア」

「!」

 砂から飛び出た腕が聖騎士の足首を掴む。


 腕を中心に砂が隆起(りゅうき)して割れると、大柄なアンデットが姿を現した。バランスを崩した聖騎士の足首を持って振り回す。


 聖騎士はされるがままではなく、空を舞いながらもアンデットの手首を斬りつけて身を自由にさせると、軽業師のような身のこなしで砂浜に着地した。


 両腕で身体を砂から引き上げたアンデッドの全貌(ぜんぼう)(あらわ)になる。上背は聖騎士より頭ひとつ大きいだろうか。肥大した筋肉は赤みを帯び、皮膚はひどく損壊しているものの、太い四肢は歴戦の勇士のそれだ。


 死体がない場所では効果を発揮しない巻物(スクロール)で、初めて使ったがうまくいったようだ。


「ゾンビウォーリア、時間を稼げ。ドニ、オノレ、マケール、さっさと逃げろ!」


 腐っても元漁師の三人はさすがに頑丈で、何とか身を起こすと悲鳴を上げながら()()うの体で村の方へ逃げ始めた。


秘跡(サクラメント)、ソブレ・ラス・オラス」

「させるか。秘跡干渉(サクラメントハック)消失(バニシング)


 聖騎士が祈りの力を使おうとしたところ、すかさず別の巻物(スクロール)を唱えて無力化する。確か身体能力を向上させる(たぐい)のものだ。あれ以上強くなられたらたまったものではない。


 砂に足を取られながらもゾンビウォーリアは愚直に突進する。聖騎士は転がりつつ避け、剣を()いでアキレス腱を切断した。アンデットの上位種だから痛みはないだろうが、動きが鈍ったのが見て取れる。


 それに引き換えヤツは、私の切り札を二枚も使ってやっと砂をつけられたくらいか。早鐘(はやがね)を打つ心臓に命じられるまま、三つ目の巻物(スクロール)をほどく。

呪詛魔法(カースドスペル)幻肢痛(ファントムペイン)

「ッ!」


 狙いは剣を持った右腕。

 聖騎士は急に襲われた激痛に耐えかねて得物(えもの)を落とした。ゾンビウォーリアは拾った船の残骸を拾い、横に大きく振るう。が、姿勢を低くしたヤツには当たらない。


 苛立(いらだ)ち、雄叫(おたけ)びを上げたゾンビウォーリアが残骸を叩きつけようとしたところに、聖騎士は一歩だけ進んで(ふところ)に入り込むと――。


 振り降ろされた右腕を背負うように受け、その渾身の力を利用してゾンビウォーリアを投げた。すかさず聖騎士は左腕で得物を拾い、アンデットの喉笛(のどぶえ)()()る。


「は、一本背負い……」


 沈黙したゾンビウォーリアのそばで、聖騎士はゆっくりと居住(いず)まいを正すと、こちらを見た。

「まずい」

 (ほう)けている場合ではない。

闇魔法(ダークネススペル)、ハイドアンド――!」


 回転して飛んだ(さや)が私の腹にめり込む。聖騎士が投擲(とうてき)したのだ、と分かった時には激痛が体中を駆けずり回り、頭の血がすっと落ちてきて、抵抗もできずに砂へと伏した。


 ざあ、ざあ、ざあ。


 波の音は異世界でも変わらないようだ

 前世からそうだ。いざという時に動けない。腹を抑え、口いっぱいに酸っぱいものを感じながらそんなことを考えた。


 ざ、ざ、ざ。


 足音が真っ直ぐにこちらへ近づいてきている。

 気付けば太陽はすっかり登り、水面が朝日を照り返していた。勝手に出た涙で(にじ)む視界には、あの三馬鹿の姿はない。まんまと逃げ切ったか。


 卑怯(ひきょう)な手を使って聖騎士の背後に襲い掛かり、御禁制の魔法を封じた巻物(スクロール)まで見せてしまった。


 聖騎士はそばに立つと、爪先で私の身体をひっくり返した。仰向けになって見るが、ヤツは(かぶと)越しに視線を寄越していて、何を考えているか分からない。


 この場で斬り捨てられるか連行されて拷問の末に処刑か、どちらが良いだろうか。それならば、この砂浜で果てた方が良いか。ひどい拷問を受けた時、闇市の仲間たちのことを吐かないでいられる自信はない。


「あんた名前は?」

 聖騎士が言う。男にしては高く、軍人にしては気安い。息が切れ切れになりながらも、何とか口に出した。


「セドリック」


 兜を脱いだ。

 朝日を逆光にして、深い海のような色の髪が輝いた。平然とした瑠璃色(るりいろ)の瞳、甲冑に負けず劣らずの白磁の肌。

「……女?」


 整えられた眉と眉の間が寄せられる。

「そう。私はミアン。ねえ、セドリックでしょ、有名な闇屋さんって。ちょっとお話しない?」


 ざあ、ざあ、ざあ、と。

 何もなかったかのように、いつもと変わらない波音が聞こえた。



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