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震える剣  作者: 結紗
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アウラ ~神託者~5


「……おはよう、パメニ。今日も元気だね」



 似たような年頃だと思っていたのだけど、中身の年齢が違うのだろう。なんだか元気の良い妹でもできたような気分になる。

 パメニは櫻の専属の女官の一人だ。元々神殿にいたわけではなく、高位の神官の妹という理由で”アウラ”の世話のために呼ばれたらしい。褐色の肌の女性は、この部屋に出入りする人間の中でも彼女しかいない。元いた場所でも褐色の肌を持つ知り合いはいなかったが、彼女の明るさの前に、それは徐々に慣れていった。何が変わるわけでもない、という認識ができれば十分ということだ。

 パメニはにっこり笑って長い足でさくさく彼女の元へ近づくと、笑いながら鏡の前へ引っ張っていった。



「私はいつも元気ですけど。アウラさまにも、もーっと笑ってもらいたいなって思ってるんです、」


 よ?と告げながら櫻にドレスを合わせていく。高位の神官を兄に持つ彼女は、装飾に関してもいろいろとうるさい。櫻は着飾ることに異議はまったくなかったが、あの裾の長さには辟易した。最初に一日二日はドレスで気分が浮かれたが、あの歩きにくさはその意欲を消沈させるに十分だった。

 今日もまた、爪先で踏み付けそうな長さを選ぼうとしているのを見て慌てて止めに入る。


「ちょ、パメニ。これは長すぎるよ。本当に踏んじゃうんだって!」


 振り向いた彼女はぷぅ、と頬を膨らました。高い位置で一つに結んだ髪がさらりと揺れる。


「だぁって、今日は特別な日なんですよぉっ。いつもならワンピみたいのでもいいですけど、今日は新しい先生が来るの、知ってました?」


「うん?ああ……なんか、そうらしいね」


 だからといって、何を学ぶのかも聞いていない。

 それより、あの青年にはいつまた会えるのだろう。「守る」と言ってくれたからには、そんなに遠くに行かれてもいないと思うが。と、櫻の視線はぼんやりぼやけた。

 パメニは関心のなさそうな櫻に必死になって新しい教師のことをアピールした。


「アウラ様ってば興味ナシ?!そんなー……ふわふわのツヤツヤの髪、きれいな肌、良い骨格、整った顔、低い美声……超イイ男なんですからねっ、今度の先生!」


 ……うん?イイ男……?

 櫻の興味がピクリと反応した。が、すぐに赤い髪が浮かんで消える。……はあ。

 見知らぬイケメンよりは、まずあの青年と話したい。いろいろ、聞きたいことがある。ここの人間が教えてくれたのは、グランギニョルの地理的情報だけだ。

 ていうか、ここに呼んだ時点で説明しなきゃいけないことがあるでしょ、と櫻は嘆息した。

 アウラとして異界の人間を呼ぶことが初めてではないのなら、まずはそういうことから初めてもらいたいものだ。

 ……もしかして、今までの”アウラ”さんたちも、自分と同じく突っ込みできない人たちだったんだろうか……と櫻は再び溜め息を吐いた。

 別に、言いたいことが言えない性格じゃない、筈だ。なんだかふわふわしている内に電車の中で不思議なことが起きて、降りたら降りたで青年が丁寧に扱ってくれたから、なんだか強くできる気にならないだけだ。

 しばらく彼には会っていないが、こうしてパメニのように憎めない女性が傍にいるのもある。

 ……ひょっとして、これも計画だったりする?と、おぼろげに考えていると、横から甲高い声がした。


「んもー!アウラさまったら!私の話、聞いてました?」


 んもう、ドレスはこれねっと押し付けられたのは、珍しく濃紺のドレスだった。彼女はいつも、明るい色のドレスばかりを選ぶのに。

 

「パメニ」


「はい?」


 ちゃきちゃきと着せながらもパメニは律儀に視線を上げた。


「珍しいね、こういう色。……私は好きだけど」


 そのことばに、なんだか悔しそうに眉を顰めたパメニは、視線を戻しながらも応える。


「この前アウラ様を見た兄が、この色が似合うんじゃないかって。私はもっと、明るい色が良いって言ったんですけどね」


「え、どこで会ったの?」


「水晶で覗いたそうです」


 


 ………おい。

 それってどうなの、出来るとしても人として。


 

 ………。

 ……ま、まあ、確かに、パメニは褐色の肌に、ダークブラウンの髪を持つ。ついでに瞳が赤いので、もちろん明るい色が似合うだろう。

 だが、櫻はほどほどに色白な方だ。似合う色じゃなくて、好みの色じゃないの、と櫻は内心一人ごちた。

 この色は、櫻の肌をきれいに見せる。鏡の前で妙に納得した。

 彼女より背の高いパメニが、後ろからダイヤモンドのような宝石のネックレスをつける。

 ……綺麗だ。が。


「……重い……」


「我慢してください。……うん、悔しいけど、似合ってます。んー、でも悔しいなぁ。髪の色だって茶色いし、絶対明るい色の方がかわいいのに」


「はは」


「なんです、その遠くを見るような乾いた笑みは!新しい先生の前でそんな顔しちゃだめですよっ」

 

「別に、イケメンでも大したことを教えてくれるわけじゃないんでしょう」


 変わんないよ、と少し苦々しい口調で言ってみる。

 また地理の話だろうか。ざっくりここの状況は知れた。だからもう、本題に入りたいのに。

 ……ていうか、あの青年に。

 櫻は、ゆっくりと呼吸した。ここでパメニに八つ当たりしても仕方ない。


 ところが、パメニは意外なことを口にした。


「?もう基礎は終わられたのでしょう?今日から”アウラ”について学ばれるんですよね?」


「……え?」


「あれ、やだ、前の先生、きちんと伝えてなかったんですか。やだもう。後で厳罰にしときますね。今日から普通の先生じゃなくて、神殿の神官がアウラさまのことを教えてくださいます。だからこんなに身づくろいも張り切ってるんじゃないですか!」


 だから、と言葉を続けようとして、それは失敗した。

 


 突如、壁一面の窓が一斉に砕け散る。

 ぎょっとする間もなくパメラの強い力で引き寄せられると部屋の壁に伏せる。

 櫻は、自分を庇ってガラスの欠片を一身に受けた彼女の無事を確認しようと顔を上げた。

 その時、窓の外の巨大な生き物に息を止める。


「……なに、」


 デュークほどではない。だが、巨大だ。

 巨大な鳥が、大きな羽を羽ばたかせながらこちらを見据えていた。

 ―――……間違いない、あれは確実に。




「……わた、し?」




 櫻を見ている。






 つんざくような奇声を一声上げると、怪鳥は距離を取った。

 何を、と思っても、パメニに抱きしめられた腕の中から動けない。気絶しているのだ。

 だがそれがわかっても、身体が動かない。

 狙われているのだ、とわかっているのに動けない。

 怪鳥の、大きく開かれた口に光が集まる。

 ……あれは、だめだ。

 だめだ。

 櫻は息を呑んだ。

 

 強風が部屋中を掻き散らす。

 調度品が勢い良く倒れては砕け散る音。

 唸る風。

 光が急速に巨大化し、辺りを巻き込む。

 来る、と脳裏に浮かぶ。

 視界が光に包まれる。






 誰か。




 ――誰か!






 













「――― ……無粋な真似をする」







その声は、驚くほどクリアに彼女の耳に届いた。


ついで轟音。


耳を裂くような怪鳥の悲鳴。










光にやられた目が、視界を取り戻していく。

声のした方を目で追うと、追うまでもなく、部屋の中に一人の男が立っていた。

ほっそりとした体躯に、ゆるやかな長い衣を纏い、淡々とした表情で。

既にこちらを見遣る男の目は、こちらを捉えていた。

パメラにそっくりの、赤い、血のような目で。





「ご無事か?新しき神託者殿。いや……私の生徒、と言った方が良かったか」




男は気だるそうに、口元を歪めて笑って見せた。



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