アウラ ~神託者~4
神殿、という、何もかもが白の色で覆われた場所に到着してから、幾日経ったのか―――。
櫻は、神殿の中で怒涛の毎日を送らされていた。そう、送らされていたのだ。
到着した翌日から、傍らには常に人が侍るようになった。そして、毎日勉強の毎日だ。主にこの地について。彼らは、櫻をアウラと呼ぶが、櫻がこの地の人間ではないことを当然のように理解している様子だった。不慣れなことにも辛抱強く付き合ってはくれる。
そして………あの麗しい青年は、デュークを降りた後から一度も会えていない。それがどこか、櫻の心に影を落とす。
この地に降りて、初めて会った青年は、冷たい相貌の中に優しさを見せてくれた。それが櫻を落ち着かせる要因になったことに気がついたのは、彼から離れてしばらく経った、最近のこと。
けれど、わかったこともある。
電車の中で、あの金髪の男が囁いたことば。『グランギニョル』。
それは、この地――空中に浮かぶ、都市の名前だった。いつからあるのかも定かではない太古から存在し、空を彷徨うようにある。どこへ飛んでいるのか、今どこにあるのか定かではないという。都市の根底には深く厚い黒い雲が覆っているらしく、底が見えないせいらしいが……もしかして、と櫻の中にはある一つの推測が生まれていた。
高台にあるらしいこの神殿の窓からは、絶景を望むことができる。櫻の部屋もそれは同じで、朝食の後のひとときは、よく窓辺に座ってすごすことが日課になりつつあった。
見上げれば、濃い――濃いというより強いような気がする――青の空。今日は千切れ雲が天上に流れている。
眼下を見下ろせば、この島がいかに巨大であるかがわかる。デュークに乗っているときに見ていた小さな島々が幾つ集まっても足りないだろう。
この島は、円を描くような形状をしている。見せてもらった地図では、クロワッサンのような形の陸地をしていた。
中心に近い、つまり断崖の付近にあるこの神殿からは、向こう側の遠くの景色もよく見えるのだ。クロワッサンの形状など、どれだけ住みにくいのかと思いきや…………すぐそこに断崖はあるものの、向こう側に見える陸地の緑はどこまでも果てしない。ように、見える。
神殿が当たり一面を見渡せるのには、もう一つ、この地形の理由があった。この島は高さに大きな差があるらしい――まあ、一目瞭然だ。
神殿がこの島の中でも高台に建てられているということもあって、その光景はすぐに理解した。ここまで、気が遠くなるような長い階段が続いているのが見えるのだ。まるで巨大な地震で裂かれたように、段々になっているこの地形。平地がしばらく続き、また階段が続き、平地……この繰り返しらしい。尤も、櫻の部屋から見えるのは一つの平地が終わるところまでだから、その後がどうなっているのかはわからないけれど。
今日は、新しい教師がやってくると聞いた。
が、その前に彼女が来るのだろう。……お茶を一杯飲めるだけの時間はあるだろうか。
櫻は困ったように笑った。
と、その時軽い足音が扉に近づいてきた。
櫻は慌ててお茶を飲み干す。
飲み終わった直後、勢いよく部屋の扉が開いた。
「おっはよーございます、アウラさま!今日も良いお天気ですよー」
明るい声が部屋に響く。櫻は苦笑しながらも席を立った。