現実と虚構の狭間2
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「そんな……」
胸が詰まって、言葉が出てこなかった。
青い薔薇が、ぼんやりと記憶から浮かび上がる。あの時見た青い薔薇は、もう見ることができないのだ。
それだけではなく、せっかくの治療薬もエレボスの罹患者が既に全滅してしまっているのも、アウラの胸を突いた。あの時必死になったのも、無茶を通したのも、実はアウラの独りよがりな我がままでしかない。それはわかっている。わかっていたのだ。……それでも、誰かの助けになるはずであったのに。
アウラはやるせない気持ちを隠し、シーツを握りしめた。
沈黙を、無言の批難と受け取ったのか。ディディエは眉を顰めて二人を庇った。
「……星一つ。これがどんな規模かわかる?アウラ。惑星一つ滅ぼすだけの恐ろしい病気なんだよ、エレボスは。僕たちも可能な限り治療薬の進化を探っていたけど、それでも幾つかの偽世界をダメにしたぐらいなんだから」
アウラは目を開いて息を止めた。
トリスタンは思わず目を伏せた。リュクスは変わらずアウラを見据えていたが、室内は重苦しい空気に包まれている。
「……どういうこと?ディー、今、なんて……」
「エレボスの治療薬を開発させるには、その世界でエレボスが蔓延しなくちゃいけないだろ?だから僕等はカストルからサンプルを採取して、それを二次元内で培養して偽世界にばらまいたってこと」
視界が真っ赤に染まったような錯覚。一瞬のうちに激昂する。
今、ディディエは何と言った?
エレボスをばらまく……先ほど、エレボスは星を破滅へ追いやるほどの脅威だと言ったのに。偽世界の生き物たちは、エレボスの生体実験に使用されたようなものだ。
頭が煮えてしまうかと思った。
「ディディエ、まさかそれを許したの?リュクスも、トリスタンも!そんな、そんなひどいことを……人を何だと思って……っ!」
その言葉を聞き終える前に、ディディエは鋭い視線でアウラに詰め寄った。
「ひどい?何がさ!治療薬を開発させるには絶対に必要なことでしょ。こっちで病を広めるわけにはいかないんだから、手の届かない向こうでやってもらうしかないじゃない。これは、君がやったことでもあるんだよ。アウラ。綺麗ごとを彼らの前で言うのは失礼じゃない?」
「……ディディエ、今、彼女にそれを言わなくても……」
「しょうがないじゃないか。だってアウラは僕たちにその役目を押し付けておいて、そんな酷い事するなんてって非難しようとしたんだよ。君だってそう思っているはずだ」
トリスタンの表情が曇った。
「まさか。僕はそんなつもりはありませんよ。確かに今までにないプレッシャーとの戦いでしたし、大変でしたけどね。アウラ、気に病むことはありません。犠牲に関して僕たちは悔いるわけにはいきませんが。でも、薬の開発については研究員は皆貴女に賛成ですから」
穏やかにそう述べる傍らで、再びディディエは不機嫌そうにフンと鼻を鳴らした。
「……まあ、仕方ない。それが事実だ、アウラ」
リュクスの声に、アウラは口を噤んだ。何一つ、反論などできるはずもなかった。
いつか治療薬が開発されたその時に、こちらへ戻ってくることができればいいと思っていた。何年だって、待つつもりだった。実際、偽世界での経過時間はこちらとは全く違う。観測の都合上、速度の限界はあるけれど、設定次第でどんなに早くもなり得るのだから。
けれど今。彼女の願いを実現した現実を目の当たりにした今……漠然と思い描いていた夢を彼らに押し付けただけなのだと思い知らされる。
エレボスの完全なる致死率と危険性は、悠長に薬を研究する暇さえも与えることはなかった。……全て、自らが招いた行いのせいだ。カストルに生きてほしいというわがままの為に、アウラのとった行動によって偽世界の尊い命が多く失われた。
それだけではない、という事実が更にアウラの言葉を塞ぐ。星を死に追いやりつつある現実と、アウラとカストルが偽世界に眠っているという問題がある以上、彼らはエレボスの治療薬の開発から逃げることは叶わなかった。どんな非常な行いをも厭う猶予はなかった。それゆえに、偽世界にエレボスを植え付けた。
……彼女は無意識のうちに、研究員の手を血で染めさせることを強要していたのだ。
沈黙がおりた部屋で、ディディエは不機嫌そうに言った。
「大体、君が偽世界で薬を造れって言ったんじゃないか。カストル一人のためにさ」
「……そうだね。そう……」
アウラは目を伏せて同意した。ごめんなさいと、簡単に謝ることができる問題ではなかった。返す言葉が見つからない。
その様子を見て、「ディディエは言いすぎですよ」とトリスタンが困ったように窘めた。
「……すみません、アウラ。この人こんなこと言っていますけど、僕たちの誰より貴方達を案じていたんですよ。資金の供給に留まらず、今じゃ立派なブレーンの一人でもありますから」
思わぬ言葉に顔を上げると、拗ねたように口を尖らせたディディエがそっぽを向いていた。そうして先ほどの抱擁を思い出す。……彼は、アウラを抱いて、震えていた。
「こいつはカストルと同じ専門で貴族学校を出ていたからな。……なんだ、知らなかったのか」
そうだったのか。意外な新事実にディディエを見ると、聞かれなかったからねと肩を竦める。確かに爵位を継いだ者には不要だろう。
リュクスは静かに嘆息した。なかなか話が進まない。ディディエがひねくれると、いつものことではあるのだが。
「……まあ、いい。エレボスの脅威が一時的に去ったとはいえ、今後この新薬が役立つときが来るだろう。犠牲は確かに伴ったが、今更議論することでもない。死者は戻らない。お前も気に留めないことだ」
「リュクス……」
悪戯を思いついたような顔をして、トリスタンは話の腰を折った。
「ふふ。貴女がグランギニョルへ消えた時、もちろん私も居ましたけれど、リュクスは特に、貴女から直々に研究を頼むと言われてしまいましたからね。そりゃあもう研究熱心で。慢性の不眠症と過労を併発していて大変なんですよ、彼」
「それって前からじゃない?」
そうですね、とトリスタンは穏和な様子で微笑んだ。
アウラを気遣ってのことだろう。その気遣いに感謝して、アウラは口角を意識的に引き上げた。
「――さて、ここからが本題だ」
リュクスはホログラフを操作し始めた。トリスタンはすぐに窓際へ寄ってカーテンを閉めた。研究で室内を使用するための暗幕だ。一瞬にして室内は闇の色へと切り替わる。
急に訪れた暗闇。アウラは咄嗟に近くにいたディディエの指先に触れた。……まだ怒っているだろうか。……怒っているかもしれない。すぐに思い直して手を放す。
けれどそれは正確には叶わなかった。放したはずの指が、アウラの手を握りしめたのだ。
思わず声が上がりそうになるのを堪えていると、ベッドが微かに左に軋んだ。ディディエがアウラのベッドに腰掛けたのだ。……手を繋いだまま。
「……これから君が偽世界へ行った後のグランギニョルの話をするよ。君は最後の櫻だったころの記憶が残っているだろうから、話したほうが良いという結論に達したからね」
そう説明している間に、部屋はぼうっと微かな蛍光色の光で縁取られ、暗所でも室内を知覚できるようになっていく。ベッドの床下や、散らばるイスの床下が淡い色に光って人の姿を映し出す。トリスタンと リュクスはディスプレイとのスペースにあるイスに、思い思いに腰かけたようだった。
「グランギニョル……」
ぼんやりとした意識は、暗闇の中で少しずつ冴えわたっていくような気がした。
何か忘れているようだと思っていたこと。それを思い出して、あっと声を出す。
慌てて櫻――アウラは問いかける。何より彼らの安否が心配だったからだ。
「そうよ、グランギニョル!グランギニョルはあの後、どうなったの?」
もう、偽世界の一つとして消去されてしまったのだろうか。アウラは懸命に、脳裏に焼き付いた青年の影を振り払おうと頭を振った。
――ジルアート。櫻が愛して……手に入れられなかった彼のことを。
その様子に訝しげにディディエが囁いた。
(……何してるの?キミ)
(な、なんでもない)
トリスタンからの返事は、明日は晴れだといいですねぇ、くらいに能天気なものだった。
「いいえ、残っていますよ。どの島にもアクシャム・ソードのおかげでちょっと壊滅状態ですけどねぇ」
「彼の地は偽世界計画の原型だから当初は現存のまま残しておこうかと思ったんだが……」
リュクスは何かいいたげに眉を動かしてディディエを見た。
「こいつが聞かなくてな」
「何でも僕のせいにする気?どっちにしても、本来の偽世界計画とはずれた主旨で、例の研究が進んじゃっていたから、アウラとカストルが戻ってくるなら本来の研究計画に戻したほうがいいし、その為に一度リセットした方が良いって言ったんだよ。大体、アウラは櫻としてグランギニョルに情を持ちすぎたしね」
「……情……」
情。情、というのは何を指すのだろう。
ジルアート、と心の中で囁いてみる。心が騒いだ気が、した。
今現在、ヒロインのお相手はどの人物と予想されていらっしゃいますでしょうか?
(読者の方にどのように見えているのかなーと気になっております。。。)
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