アウラ ~神託者~3
……眩いばかりの白い光が、この空間を満たしている。
最奥にある祭壇の向こうにある大きな窓から、天光が溢れるように降り注いでいる。この部屋を汚せるものは存在せず、ただただ、ここに在るのは神の威光を示すもの。白き、聖きもの。それだけだった。
祭壇へと続く一つの道を、男は歩いていた。
その音に、荘厳な声が響く。
「――アウラを連れて戻ったか。剣の主」
クッと皮肉気に口元を歪めると、大きな衣擦れの音を立てて振り返る。真白きその衣は神官の証。長い長い衣は格を表すものだ。
彼は薄い唇に吐息を乗せてそう告げると、こちらを見上げながら近づいてくる男に言った。
「どうだ。アウラは只人であろう。このような世界に持ち込む必要もないほどに、矮小な」
「どうだかな。そこまで俺は興味がない」
長い、朱色の髪を靡かせて――先ほどまで櫻と共に在った男は嘆息しつつ応えた。皮肉などいつものことだ、誰も気にしない。男も皮肉のつもりで言っているとは思えない。皮肉が日常の男だ。
ふん、と流し目で応える男は、陽光を浴びるかのように再び前を向いた。男の髪は耳元までの茶の髪だが、日に晒されて金の色に見える。
空よりも深い青い目は、それをじっと見つめていた。
「けれどアウラはアウラだ。神の御心に沿うには、彼の女を丁重にもてなすしかあるまいよ」
丁重に扱うつもりではいるよ、と興味もなさそうに青年はそっぽを向いて、近くの長椅子に腰掛ける。
彼の目的はアウラに関する報告ではない。そんなもの、しようとせずとも勝手に知っている男だ。
「そうするつもりだ。言われずとも。彼女はアウラだ。それ以外の何者でもない」
「ああ。それがいい。来るべき終末の時は近いというのに愚かなことをする……なぁ?ジルアート」
「終末?」
赤毛の青年――ジルアートがようやく男の方を向いた。
もちろん反撃するためだ。
「くだらない。実にくだらないよヴィス。確かにアウラは定期的に”降りる”が、だからって伝説までもが実現しているわけじゃない」
微かな間を置いて、ヴィスと呼ばれた神官は窓の外の空を仰ぎ見た。
退廃と荒廃。堕落と怠惰。もうあらゆる似た事象が、この世界を覆いつくそうとしている。
「フィシシッピの矢……エメドの戦………そしてアジェリーチェの涙。全て予言の通りに起こった事象だが?」
ジルアートは顔色を変えた。
男はその様子を横目で見やり、口元を歪めてみせた。”アジェリーチェ”は未だにこの青年の中では健在らしい。
ジルアートはぐっと歯をくいしばると鋭い目で祭壇の上を睨んだ。鋭く、細い、刃のように。
「……それが全て現実のものだと誰が言える。史書でしかわからないことなどどこまで信じられる」
「”アジェリーチェの涙”は現実だろう?」
理性が爆発する。
「黙れ!!」
この厳粛な「神の間」に、青年の声が反響して……静かに途切れた。
鼓動を早めて息を切らせたジルアートは足早に扉へ向かう。
その背に、無感情な乾いた声がかかった。
「そのアジェリーチェは無事だ。恙無い」
世界を見据えるその瞳は赤く、まるで悪魔のようだと謳われたその目は、興味もなさそうに祭壇に佇んで景色を眺めているだけだ。
ジルアートは足を止めず、大きな音を立てて神殿を後にした。
重厚な扉が閉まる直前、神官は切れ長の目を細めて呟いた。
「もう始まっているのだから……後へは戻れまい。……なぁ、新しいアウラ ――」