アウラの慟哭3
黒い闇を一つの宝石が飾る夜。
金色の大きな満月が怪しく光り、世界を照らす。
小さな小さな箱庭の世界で人々は月の下、狂ったように踊り続ける。
――― それは、プログラム。
歯車の一つ。
『 さ い ご の 、
***
巨大なホールには人の熱気が溢れ、捌け口を求めるように豪華絢爛な衣装に身を包んだ貴族たちが代わる代わるに踊っている。ホールの壁、天井、すべてが硝子で作られ、背景は夜の闇色に染まっている。それを煌々と照らし続けるのは、当初より大きく位置を変えて尚、そこに鎮座する満月。そして、天井中央に設置された、巨大な金色のシャンデリアだ。
色とりどりの女性のドレスの裾が、ホールでくるくると舞い踊る。黒い燕尾服の男たちはその色を絡め取るように、彼女たちの身を抱く。
集団と言ってもいい規模の楽団は、音楽を途切れさせることなくホールの熱を上げてゆく。
………まるで、狂った夜のようだ。
怪しいサーカスでも出てきたら、櫻は迷いもせずこの現実を投げ出せるだろう。
何度か仰ぎ見た、目がチカチカしそうなシャンデリアをぼんやりと見る。
「おめでとうございます。我らの新たなアウラ」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
ギャロズリール家の現当主、奥方、その子息。
杯を交わす前に、毎度毎度耳打ちしてくれる青年に頷きながら、櫻も何度目かわからないグラスを掲げて見せる。
「わたくしの為に、感謝します。ギャロズリール家の皆様」
「勿体ないお言葉ですわ。アウラ様」
夫人は厚化粧を持ち上げるようにして笑顔になった。
香水がきつい。鼻が引きつっていないだろうか………まだ麻痺しない自分の鼻がいささか心配になる。この披露宴と称する舞踏会が始まって随分立つが、相手が変わるたびに香水のきつさが鼻につくのだ。
「ほら。あなたもしっかりとご挨拶なさい。息子のスアノですわ」
「お初にお目にかかります。こんなにお美しいアウラにお目にかかれるとは、天にも昇る気持ちです」
母親に突かれるようにして一歩前に踏み出した青年は、櫻とさほど変わらない年のようだ。紅潮した頬をしつつも、目はしっかりとぎらついていて、なんだか即物的でイヤだ。
櫻は内心嘆息し、表向きは返事をせずに微笑むだけに留めた。淑女は断りなど口にはしないらしい、とパメニに教わったことを実行している。実行し続けて、何度目か………考えるのも億劫だった。もうちょっと自分の欲とか、抑えられないものだろうか。”アウラの情夫”目的なのが丸わかりだ。
と、すかさず傍らの剣士が櫻のグラスを取り換えにかかる。………挨拶を交わすべき人間はまだまだいる。時間切れ、ということなのだろう。
すごすごと去っていく一家を横目に、一息つくために冷水を口にする。五臓六腑に染み渡るとはこのことか。櫻はくぅっと目を閉じる。ビールが飲みたい。痛切に。
ホールの最奥に設置された玉座のような位置の最上段に、櫻はジルアートと立っていた。階下にはパメニとヴィスドールが居り、時折挨拶を待っている人間を調整してくれている。階下には法王や、このような披露宴でなければここに立っているはずの王族たちの姿も見える。色々と重要そうな人物たちが階下に佇んでいるものだから、入れ替わり立ち代わり人が溢れていた。
開始時の緊張などすでにない。
やけに薄い生地のドレスで、肌寒いのではないかと思った危惧も無意味だった。今ならわかる。昼間の儀式のような重厚なドレスでは、一時間ともたなかったに違いない。
「大丈夫ですか、アウラ」
櫻の首に冷たいタオルを首に当てながら、ジルアートは尋ねた。ひんやりとした感触に、知らず息が漏れる。
「全然大丈夫じゃ、ない。けど………やる。やるしかないんだから。あと、何人………?」
ジルアートもさすがに、困ったように視線を避けた。
「さ、さあ………この人の集まりようでは、まだしばらくかかりそうですね」
「………そうよねぇ。………ああ、また来た」
また何度目かのお客人たちのご登場だ。
櫻は僅かな休息を惜しみつつ、上がってくる客人に笑顔を向ける。
その様子に、ジルアートはほっと息をついた。そして視線を人ごみに向けた。
「………っ」
ジルアートは、目を見開いた。
隣で硬直した青年を櫻は不思議そうに見上げる。
” そ の 唇 は 、 血 の よ う に ”
―――――― まさか。
「ジルアート?」
はっと現実に引き戻され、ジルアートは櫻に視線を向ける。
おかしなくらい、激しい動悸。
櫻は訝しんで首を傾げた。
「なに、どうしたの」
「い、え………知り合い、が」
やっとのことでそう返すが、視線は再び彷徨う。
――― 見間違えるはずもない。
” 蜂 蜜 の よ う に 艶 の あ る 、 金 の 髪 ”
「なら、挨拶でもしてきたら?ずっと私に付いててくれたけど、挨拶はした方がいいもの。ヴィスドールをこっちに呼ぶから、大丈夫よ」
朗らかに笑う櫻の声が、どこか遠い。
長年見ることのなかった、あの………
「ジルアート?」
「………っ、すみません」
櫻に虚ろな返答をして、階段を駆け下りる。
――― 激しい舞踏曲は、鳴りやむことを知らない。
狂ったように、踊り続ける為に。
ジルアートは、金の影を探して駆け出した。
最近短くてすみません。
舞台をページで割って書いているので…。
活動報告に、小話(というか、蛇足で削除したもの)入れておきます。
よかったらどうぞ。