アウラ ~神託者~
眩い日光の閃光が、櫻の目を一瞬射した。それに顔を顰めて、ゆっくりと声の方向に身体を向ける。
そこには車内からは見えることのなかった、影が一つ。
さらりと、細い髪が石の床に落ちる。
跪いている彼の姿が先ほどまでは見えなかったことに櫻は驚いてはいた。
―――けれど。
「……誰?」
血のように朱い髪の色から、目が離せなくなっていた。
長い長い髪で表情は伺えない。燃えるように、朱色に染まった美しい髪。それが目に焼きついて。
その視線に気づいたのか――顔を上げた青年は、冷たく感じる相貌にうっすらと笑みを乗せた。
* * * * * * * *
立ち眩むような強い日の光に、一歩後ずさる。
けれども青年は動くことなく、再び視線を地に向けた。
「私のアウラ。迎えに参りました」
声が静かに染み渡る。低すぎもしない年相応の声は、まるで水のように櫻の耳に届く。
櫻は青年に近づくと、戸惑いながらも言葉を返す。
「……あの。私はアウラさんじゃないんですけど」
…間抜けな声だ。と、櫻は自身でも思う。
もうちょっと気の利いたことや可愛いことはいえないものか。
いや、今の状況に頭がついていっていないのは、随分前から同じなのだが。
「アウラとは総称です。神託を聴き、告げる者。異界からの神の使者。それがアウラ」
視線を合わさないまま、淡々と彼は告げた。
櫻は微かな不安を感じる。この美しい青年が日常の常識に当てはまらないのは百も承知だ。そんなことよりも現状を、今ここがどこなのかを知りたいのに。
その焦りが届いたのか、青年はすっと片手をきれいに差し出した。
「どうぞお手を。アウラ」
言われるがままに手を、差し出す。するとその手をとった青年がすっくと立ち上がり、櫻を間近まで引き寄せた。
華奢な青年だ。青い衣はそれなりの彼の身分を証明しているだろうし、何より軍隊のような衣装と腰に挿した剣が彼の力を物語っているのだろう。だが櫻より高い身長ではあっても、体格はまだ若々しい。二十代……だといいな、と櫻の意識の片隅が反応した。
いや、櫻もまだ二十台ではある。後半に差し掛かろうというところではあるが。
青年は、ようやく彼女に視線を合わせた。深い、藍色の青。先ほどの男と違い、まるで深海のような青だ。
そこに白皙の、と修飾語がつくであろうから、やっぱりきれいな人だった。
少なくとも、この非常識を彩ることに一役買っているのは間違いない。
「お待ちしておりました。私の、アウラ」
ふんわりと、微笑を送られると櫻は頬の紅潮を隠せなかった。自由なもう片方の手で頬を隠す仕草に、青年はおかしそうに再び笑った。
その顔がなんだか妙に近しかった。先ほどまでの、無表情に感じたような冷たさはあまりない。どこか幼い笑みだ。
「あなた、あなたは誰なの?」
「私は剣の持ち主です。今はまだ、未熟ではありますが。必ずあなたをお守りしてみせます」
ふふ、とどこか苦笑じみた、けれど先ほどよりは打ち解けた様子の青年に、櫻はようやく自分の顔がほころんでいるのを感じる。
顔が固かったのはお互い様ではないか。むしろ、よっぽど警戒した表情であっただろうことは否めない。
……少なくとも、危害を加えられることはなさそうだ。
そう自分に言い聞かせながら手に小さく力を込めれば、すぐに大きな手は反応を返してくれた。
「ねえ、あの、あなたの…」
「ひとまずは、参りましょう。あなたをいつまでも立たせておくわけにはいきませんから」
そう言って、手はそのままにホームの端へと歩き出す。櫻はこのホームも宙に浮いていることは窓から見たのだから知っている。
たなびく美しい髪に視線を取られつつも、青年に声をかけた。
脳裏にあった問いを忘れて。
「ちょ、ちょっと待って。ここ浮いてるのよ、行っても何もないって!」
ちらりと視線で振り返ると、青年はにっこりと微笑んで見せる。
それはどこか、楽しそうに。
「大丈夫です。確かにここは浮いていますが――……ああほら。来ましたよ」
その途端、ごうっと強風が足元から吹き上げた。そして一瞬にして、辺りが暗くなる。
強く青年に支えられながらも櫻は日が翳った”原因”を見上げた。それはもう、首が痛くなるほど上を向き。
思わず強く握った青年の腕に、青年はあやすように肩を叩く。
ビル、都心の大きなビル、ほどはあるだろう……大きな、大きな影。
「………うっそ……」
「大丈夫。慣れれば怖くありません。気性はそれほど荒くもありませんし」
ね。と言われても。
櫻はあんぐりと開けた口を閉じることができないでいた。
青い空。
櫻の視界を空を遮るように現れた巨大生物。
いくらなんでも、モンスターの登場とは聞いてない。
どう見たって。
あれは。
「……ど、ドラゴン?」
ああ、また間抜けな声を出してしまった。