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震える剣  作者: 結紗
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空と、虹の狭間3



白い光が、電車の中を強く照らす。

身体に触れる感触に、はっと振り返ればそれは男の腕だった。

……どうして。


「あなた、誰?」


男は微かに笑みを浮かべて、けれど首を振った。

長い腕に背を抱かれて、電車の扉の前へと促される。

不思議だった。

あの声を聴いてから、身体の震えが止まった。指先が温かい。

電車の動く音が、しっかりと耳に届く。


穏やかな男の笑みが電車の外に向けられて、思わず私もそちらを見た。

真っ白だ。何も見えない。

だけど、どこかで納得していた。

……ああ、ここは、いつもの場所じゃない。

このまま電車が走っていても、そこは海の近くなんかに行ったりはしないのだろう。

それぐらいは検討がつく。


「ねえ。ここはどこなの」


それでもここがどこなのかは知りたい。ていうか、現状を知りたかった。

夢かと思いたくても、男の腕はしっかりと温かいし、窓から差し込む光も強い。

どちらかというと……浮かれてしまいそうだった。

いったいここはどこなのか、わからないけど。

恐怖の代わりに、胸が高鳴る。


男の人差し指が、そっと細い唇に当てられた。

ふうわりと微笑むと、そのまま指先が電車の窓に向けられた。

つられて再びそちらを向くと、白い世界が徐々に薄れてきたのがわかる。

……まるで、霧か雲のような。

それが外の強い風で吹き飛んでいく。

徐々に見えてくるのは……



「……っ。ここ、どこ?!」



電車の軋む、音がする。

聴きなれたそれとは裏腹に、電車の外の世界は美しく、壮大に広がっていた。



眼下に広がるのは一面の黄色い花畑。

遠くに、山が見える。その手前には湖。

山脈には白い雪が残っている。なんだかアルプスのような光景だった。

何より、驚いたのは。




「落ちる……っ」




窓の外を眺めた直後に私は男に縋り付いた。男は表情を変えることなく、ただ私を抱きしめる。

信じられない。

これは、いくらなんでも信じようがない。

この電車、空中を走っている。

花畑が広がっているのは、この電車のずっと下。高いところを走っているから、この広い景色が一望できるのだ。

宙を。

落ちる……っ。

高いところが苦手な私は思わず目を瞑った。

すると強い腕の力にぎょっと目を開いてしまった。男が急に、抱きしめる腕に力を込めたのだ。



「ちょっと…っ」


「ここは、グランギニョル。最後の場所」


男は真顔のまま、外の景色を見遣る。そこに感情は込められておらず、長い睫が微かに瞳に影を作る。

息がかかるほどに近い距離で、私はそれに引かれてしまう。

思わず握った手に、力を込めた。そうして男の服を掴む。


「……最後?」


「そう、最後」


男が言葉を発するたびに、私の頭にピアノの音が響く。


「グランギニョル。私の愛しいグランギニョル」


「あなたの?」


「そう。そして、君の」


言葉を交わすたび、どんどんピアノの音が増えていく。

単音であったのに、まるで誰かが遠くでピアノを奏でているような音になる。

こんなに近くにいるのに、男の声がなんだか遠い。

よく聞こえなくなりそうで、私は更に男に顔を近づけた。


「どうして、私」


「君はグランギニョルの神託だから」


え、と戸惑いを隠せずにいると、男はもう一度だけ、微かに笑んだ。






「さあ、行って。君の世界はここにある」






どういうこと、と口を開いた。…のに、とうとうそれは言葉にならなかった。

大きな揺れに、思わず近くの安全棒を握り締めたからだ。

振り返ると、そこに男の姿はなく。車両を見渡しても、どこにもなく。

愕然としている間、気がつかなかった。しばらくの間そうしていて、ようやく、気がついた。



――電車が止まったのだ。



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