空と、虹の狭間2
……頭が、ひどく重い。
随分寝すぎていたみたいで腰が痛い。抱えていた鞄ごとずり上がって…ぎょっとした。
誰もいない。
なのに、電車は動いているみたいだった。
…嘘だ。終点は3時間以上も先の、海の近くのはずだ。幾ら寝てたといっても、まさかそんな。
恐る恐る、立ち上がってみる。がらんとした電車は、乗ったときと同じままだ。
がたん、と電車が揺れる。
思わず一歩、前に足を踏み出した。
と、聴こえるのは。
ピアノの音。
もしかしたら、隣の車両に一人ぐらい、いるんじゃないだろうか。
終点が近くても、もう仕方ない。それよりこの、この妙な動悸をどうにかしたい。
怖かった。誰もいない、静かな電車。
急ぎ足で、車両を繋ぐドアを開ける。
誰もいない。
ぞっと、背筋からこみ上げて来る寒気。
太陽の光が差す車内はとても暖かくて明るいのに。
喉が引きつる。
誰か。
駆け足で車両を移る。前へ、前へ。
なのに、心臓の音ばっかりが大きくなって耳に届く。あとは機械的な単調な電車の車体の音しか聞こえない。
誰か。
走って、走って、一番前の車両の扉を開ける。
……誰も、いない。
嘘だ。こんな。
車両の前の運転席。そこには”誰か”が、いるはずだ。
例え乗客がいなくたって、電車は動いているのだから。
だけど、私の足は動かない。車両の中央で、止まったまま。
……ああ、なぜなの。
どうしてなの。わかる。わかってしまう。
「あそこには誰もいない」。
どうして。
ただ、休日の息抜きに買い物に行きたかっただけ。
一人でのんびり、洋服を見て。おしゃれなカフェでケーキを食べて。
のんびり読書をしてもいい。
たった、それだけの一日だったはずなのに。
冷や汗がどっと出る。指先が冷たい。
何これ。何、どうしろって?
電車は止まらない。
いったい、どこへ行こうというの。
―― 音がした。
ピアノの、鍵盤を。
指でそっと、叩いたようなかすかな。
はっと振り返ると、そこに、気配があった。
一人だけ。
ここに自分以外の「生き物」が存在していることに、なぜか再び恐怖が襲ってくる。
男だった。
まるで映画に出てくる人造人間みたいにきれいな顔立ちで、長く美しい金髪の。
その男は、にっこりと無邪気に笑むと、口を開いた。
―― 音が…した。
男が口を開いたと同時に、またほら。鍵盤を一つ、叩く音。
男はゆっくりと私に近づいてくる。動かない…動けない私に顔を近づけて、再び口を開く。
やたら近い、青の瞳に私は魅入られていた。
こんな、澄んだ、青を私は知らない。
「ここは、グランギニョル」
再びピアノの音が重なって。
言葉になった。
とりあえず、物語の始まりまで今日中に。
3までかな。