5つの罪
目が覚めると、白い朝日が櫻のベッドに降り注いでいた。
ふと窓辺を見ると、女性が立っている。逆光で誰かは見えない…けれどそれは、いつもと同じ光景だった。
いつも同じ女性が櫻を起こして、笑ってくれるから。
櫻は彼女より早く、声をかけた。
「おはようパメニ。…いい天気だね」
パメニは驚いたように一瞬止まり、そしてカーテンを思い切り良く開けながらにっこりと笑う。
「おはようございます、アウラさま!今日も気持ちがいい天気ですっ!」
ひまわりのような快活な声。
それに櫻は朗らかに笑った。
この笑みも、世界を失った櫻の傍にあったのだ。
ずっとずっと、初めから。
「ねえジルアートはまだ?」
着替えが終わった直後、朝食のテーブルへ移動しながら櫻はたずねた。
別に、雛鳥ではないのだから本当に彼の言葉どおりいつもいつも傍に居てくれとは言わない。でもそれは年上の女性としての矜持で、本当は早く傍にいてほしいと思っていることを自覚しているからだ。まるで帰る家を見つけたような、家族より近く、安心できる存在。
櫻の言葉にパメニはにんまりと頷いた。
「ええもう。とーっくにいらっしゃってますよ。お部屋の前でお待ちです」
食事が終わるまでは入ってこないのが礼儀らしい。部屋の前とは部屋に続く待機室のことだ。
まだ日も昇りきらないというのに、早くから青年はアウラを待っているという。
櫻の胸にこみあげるものがある。……でも何といえばいいのだろう。恋であれば簡単だが、そういうわけでもない。恋ならば、櫻は相手を待たせることに申し訳なさこそ感じるものの、自分の時間を削ってそこで待っていて欲しいなど到底思わない。
だが、ジルアートがずっと待ってくれていたことに櫻は今、喜びを感じている。
そうとわかれば、と櫻はいそいそと卓につく。
常にない櫻の様子に、パメニは首を傾げた。
ようやく面会の準備が整い、大きな部屋の扉が開かれる。
隙のない足取りで、日に照らされた赤い髪が背で揺れる。
ジルアートは櫻と目が合うと、少し照れくさそうにはにかみながら笑んだ。
櫻も同じようにそれを返す。
「おはようございます、私のアウラ」
”私の”というのも何度も聞いているのになぜかこそばゆい。
「おはようジルアート。いい天気だね」
「ええ。とても」
そういうと素直に卓につく。先ほどまであった朝食の面影は既になく、そこには茶器が用意されていた。
櫻は元々お茶の時間が好きだ。自分の世界にいたときも、よくこうやって誰かとお茶をしていた。その中身が紅茶でもコーヒーでもそれは構わない。だがそれがあって席に着くと話をする時間としては豪華な気がするのだ。
だから朝食の後のお茶に、彼も付き合ってもらうことにした。そうすればこの時間まで急いて彼に会うこともないし、ゆっくりと話をする時間もできる。パメニにも同席を頼んだがにっこりあっさりと断られた。「彼女はヴィスの妹君ですが、今は女官としてアウラの傍にいるのですから無茶はいけません」と宥める青年によって納得したところである。
卓が置かれていたのはテラスのある窓の近くだった。
天気がよく、涼風が入るからだろう。パメニの心遣いを感じる。
窓のすぐ向こうに見えるテラスは、昨日ジルアートといたテラスだ。…なんだか少し、恥ずかしい気がして視線を戻すと、ジルアートも同じような表情をしていた。
…これからだ。彼とはこれから、信頼関係を作っていけばいい。
もう十分に信頼していることを承知の上で、櫻はそう心の中で呟いた。
「今日、よければ散策に行きませんか。とても天気がいいし、あまり外出したことはないでしょう?」
正確には神殿とやらから出たこともない。
ジルアートは心得ていると頷いた。
「私がいないと危険だからでしょう。今まで傍に居られなかった分を取り戻せるならそうしたい。あなたにもっと、グランギニョルを見て欲しいんです」
櫻はすぐに頷いた。
遠くに眺めるだけだった景色に触れることができるなら、大歓迎だ。
ジルアートも満足そうに頷く。
「では、準備が出来次第参りましょう。楽しみですね」
もう少しお茶はゆっくりしてから、と青年が言ったことに櫻ははっとする。
いつもより彼がいるからお茶の時間が延びている。
外に出るのは行きたいが、そうだ、あるじゃないか…彼女の日課が。
相手は昨日からだが。
櫻はこめかみを押さえてジルアートに向いた。
「ジルアート、行くのはいいんだけどすぐにはちょっと―― 」
「無理だな。俺との時間が先約だ」
すぐ扉の前に、淡々とした風情の男が立っている。ヴィスドールだ。
「昨日のことを話してもらうぞ。神託者殿」