5.幼き二人の大切な“約束”
そう言われて彼の服装を改めて見てみれば、庶民の服を着ていた。
領主以外の人達には気付かれないよう、お忍びで視察といったところか。
「大丈夫ですよ、誰にも言いません。王子様は――」
「セルって呼んで! お姉ちゃんはぼくの国の人じゃないでしょ? だから名前でいいよ」
「あ……じゃあ、セルジュ様……」
「様はいらない! セ・ル! はい、もう一回!」
「え、えぇ……? せ、セル……?」
「はい、よくできました!」
ニコッと笑うセルジュにつられて、アーシェルもフフッと笑ってしまう。
「お姉ちゃんのお名前はなんていうの?」
「あ……えっと、私はアーシェルといいます」
「じゃあ、アーシェお姉ちゃんだ! 名前もカワイイけど、笑った顔もすごくカワイイね! ずっと見ていたいくらい!」
「っ!?」
セルジュは、明らかにアーシェルより年下だろう。
「……ねぇ、セル。あなた、何歳ですか?」
「ぼくは七歳だよ! アーシェお姉ちゃんは?」
「私は十歳ですよ」
「僕より三つ上だ! じゃあ“お姉ちゃん”で間違いないね!」
(七歳……。その年であんな口説き文句が言えるなんて……。恐ろしい子ですね……)
「セル、あなた一人ですか? お父様に付いていなくていいんです?」
「一人じゃないよ、あそこにゴエイがいるから。父上は大人だけの話があるから、ここら辺で遊んでいなさいって」
セルジュが指差す方にアーシェルは顔を向けると、少し離れた場所に屈強そうな男が二人、こちらをジッと見据えて立っている。
顔つきも迫力があり、一睨みされるだけで身体が縮こまってしまいそうだ。
「わ……わぁ、見るからに強そうなお二人ですね……」
「うん、あの二人はすごく強いよ。ぼくはジャンケンでもあの二人にいつも負けちゃうんだ」
「じゃ、ジャンケン……?」
アーシェルは、あの屈強な二人がセルジュ相手に本気でジャンケンしている姿を想像し、小さく吹き出してしまった。
「ふふっ、そうなんですね」
「ねぇ、アーシェお姉ちゃん! 父上の話が終わるまでぼくとお話しようよ! ダメ?」
小首を傾げ、青緑色の瞳をキラキラさせながらアーシェルを見上げる天使に、彼女は断れる筈もなかった。
「いいですよ。お話しましょう」
「やった!」
そして二人は丘の上に座り、咲いている花々で花冠を作りながらお喋りをした。
「よしっ、できた! 初めて作ってみたけど……どう、アーシェお姉ちゃん?」
「わぁ、すごくよく出来てますよ! 初めてとは思えない程の出来栄えです! 手先がとても器用なんですね、セルは。さすがです」
「いやぁ、えへへ……」
セルジュは照れ臭そうに、鼻の頭を人差し指で掻く。
可愛らしい照れ方に、アーシェルの口元が自然と綻んだ。
「じゃあこれ、アーシェお姉ちゃんにあげる!」
「ふふっ、ありがとうございます。それじゃあ私もセルに差し上げますね」
二人は自分の作った花冠を、互いの頭に被せる。
「わぁっ! よく似合ってるよ、アーシェお姉ちゃん! カワイイ! 妖精さんみたい!」
「ふふっ、大げさですよ。セルもよく似合っています。とってもステキな王子様です」
「えへへっ」
二人が無邪気に笑い合っていると、今まで雲に隠れていた太陽が不意に姿を現した。
陽光が射し、丘の上がサーッと明るくなる。
「あっ!」
セルジュとアーシェルは驚き、同時に大きな声を上げる。
二人の瞳の色が、陽の光を受けて七色に光ったからだ。
「アーシェお姉ちゃんもっ!?」
「セルも!?」
またもや二人同時に声を出し、その顔がパァッと笑顔へと変わる。
「私以外にもいたんですね……! 同じ目を持った人が――」
「アーシェお姉ちゃんとおそろいで、ぼくすっごく嬉しいよ!」
「私もですっ」
二人ははしゃぎながら自然と抱き合った。
「そうだ、これはきっと運命だよ! アーシェお姉ちゃんがぼくの“運命の人”なんだ!」
「ふふっ、またそんなこと言って――」
その時、護衛の一人がこちらに近付き、声を掛けてきた。
「セルジュ様、お父様のお話が終わったそうです。戻りましょう」
「えっ、もうっ!? もっとアーシェお姉ちゃんと一緒にいたいよ!」
「……貴方がそんな我が儘を言うなんて珍しいですね……。ですが、それは出来ません。お父様を待たせたら駄目ですよ」
「…………」
ブスッとしたまま自分に抱きついたままのセルジュに、アーシェルは彼の柔らかな髪を撫でながら口を開く。
「セル、護衛さんを困らせちゃ駄目ですよ。またきっと会えますから」
「……また、会える?」
「はい。私、セルに会いに行きますから。約束です」
「ホント!? その時はぼくのお嫁さんになってね! 約束だよっ!」
「え、えぇ? お嫁さん……? それは早くありませんか……?」
「ぼくはアーシェお姉ちゃんとずーっと一緒にいたいの! だから約束ね! ほらっ」
セルジュはそう言うと、アーシェルの小指に自分の小指を強引に絡ませ、大きく上下に振った。
そして彼は満足そうに笑うと、困った顔のアーシェルから離れ、立ち上がった。
「じゃあまたね、アーシェお姉ちゃん! 絶対にまた会おうね!」
「はい、また――」
二人は大きく手を振り、再会を夢見ながら別れたのだった――