50.いつまでも一緒
エイリック・オルティスのその後だが、あの騒ぎを起こした後、両親のもとに引き渡された。
罪は【暴行目的略取罪】の未遂だが、捕縛された時点で、彼が親の監視下にある未成年だったからだ。
エイリックの親は監督義務を怠ったとして、騒ぎを起こした場所であるウォードリッド王国に相応の罰金を支払った。
被害者のアーシェル・レイノルズは、「今回だけは許す」という意向を示した為、彼女には示談金を支払い、もう二度とエイリックを彼女に近付けさせない事を誓約書に認め、固く約束をした。
そして、エイリックは親から強制的に国の『特別更生施設』へ入所させられる事になった。
そこは、罪を犯した未成年が、更生を目指したり心を入れ替える為に入る、刑務所のような施設だ。
そこで成年の歳を迎えても、更生するまで引き続き入所を継続する事が出来る。
エイリックの親は、彼が完全に更生するまでそこにいさせる事に決めたのだ。
エイリックが、何故あんなにもアーシェルに執着してしまったのか――
それは、自分達が「彼女は公爵家にとってもお前にとっても幸運をもたらしてくれる存在だ。だから大切にしろ。決して手放すな」と、息子に何度も強く言い聞かせた所為もあると、エイリックの両親は自責していた。
エイリックが両親に逆らえず、常に二人の顔色を窺っていたのは、彼らは何となく分かっていた。
けれど二人は、その事が「都合が良い」として、それに関して何の指摘もしてこなかったのだ。
エイリックを『特別更生施設』に入れる事によって、その噂は瞬く間に社交界に広がり、オルティス公爵家の尊厳や評判が大きく落ちる事は分かっているが、それも息子をあそこまで追い詰めた自分達の【罰】として受け止め、彼らは底知れぬ苦痛と困難に向き合っていく事に決めたのだった――
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見晴らしのいい丘の上に、セルジュの墓はあった。
そこには代々の王族の墓があり、丘の上に咲く色とりどりな花達に見守られ、静かに佇んでいる。
雲一つ無い晴天の下、セルジュの墓の前に花を供え、アーシェルとレヴィンハルトは黙祷を捧げる。
レヴィンハルトの髪と瞳の色は、白に近い銀色から、元の色である燃えるような鮮やかな深紅に戻っていた。
(セル……。また絶対に会いましょうね。“約束”ですよ……)
アーシェルは最期に見たセルジュの笑顔を脳裏に浮かべ、強く祈る。
「……アーシェル、聞いてくれるか」
不意にレヴィンハルトに呼び掛けられ、アーシェルは彼の方を向いた。
レヴィンハルトは、真剣な表情でアーシェルを見つめていた。
アーシェルの心臓がドクリと跳ね上がる。
彼がこれから言う事を予測出来たからだ。
「……この前の……俺の君への気持ちの事だが」
「……っ」
アーシェルは両目を固く瞑り、胸の前で手をギュッと握り締める。
その小刻みに震える手を、レヴィンハルトは腕を伸ばして自分の掌で包み込んだ。
「セルジュ殿下が俺の中から出ていった時、俺は己の心と向き合い、自分の気持ちを確かめてみた」
「…………」
アーシェルは瞼を開けると、レヴィンハルトを見上げた。
碧色の瞳が、不安気に揺れている。
そんな彼女に、レヴィンハルトはフッと優しい微笑みを見せた。
「君への想いは、そのまま変わらなかった。――いや、寧ろ大きくなってきている」
「……っ!」
アーシェルの両目が大きく見開かれる中、レヴィンハルトは真っ直ぐに彼女を見つめ、口を開いた。
「君を愛している、アーシェル。君が成人になったら、俺と結婚して欲しい。そして、『ローラン』の姓に――俺の“家族”になってくれないか」
熱い真紅の眼差しを受けながらの直球の求婚に、陽の光を受け、アーシェルの七色に輝く瞳から涙が溢れ出た。
「……はい……っ!」
アーシェルは煌めく涙を零しながら大きく頷くと、微笑み両手を広げるレヴィンハルトの胸に満面の笑顔で飛び込み――
彼からの口付けを、溢れる幸せを感じながら受け止めたのだった――
*・。*・。*・。*・。*・。*・。*・。
「――姉さん、起きて。朝だよ」
テノールの、透明感のある明るい声が、スヤスヤと眠っていた少女の鼓膜を擽る。
「……んー……」
「姉さん? 早く起きないとおでこにキスしちゃうよ?」
そう投げられた言葉に、夢現だった少女の瞼がパッと開いた。
その時にはもう、声の主である、可愛さの中に凛々しさもある端正な顔が、少女の顔に近づいていて。
黄金色の髪の少年は、青緑色の瞳を細めて微笑むと、少女の額にそっと唇を落とした。
瞬間、少女の頬が朱に染まり、慌てて口を開いて少年に抗議する。
「ちょっ――実行が早過ぎます! 起きる暇も無かったじゃないですかっ!」
「うん。だってアーシェ姉さんにキスしたかったんだもん」
「!! もう、セルったら――」
率直に言われ、少女は口をパクパクさせたが、やがて降参したようにフフッと笑った。
むくりと上半身を起こした薄茶色の髪の少女を、少年はギュッと抱きしめる。
「アーシェ姉さん、大好き。またこうして姉弟になれた事……また会えた事、本当に嬉しいよ。きっと前世のアーシェ姉さんが、ぼくに会いたいって強く願ってくれたんだよね? 約束、守ってくれてありがとう。今世では、ずっと……ずーっと一緒にいようね」
「ふふっ、またセルの前世話が始まりましたね。私には前世の記憶は全く無いけれど、貴方がいつもそうやって喜んでくれるの、私もすごく嬉しいですよ。私もセルが大好きですよ。だって格好良くて可愛い、私の自慢の弟なんですから」
自分の肩に顔を埋める弟の頭を、少女は微笑みながら優しく撫でる。
「ありがと。でも姉さんは、ぼく達が通う学園の教師の、レヴィン先生の事も大好きだよね? 向こうも満更ではない感じで姉さんの事見てるよ」
「えっ!? なっ、何を言ってるんですかセルはっ!? わっ、私はその――」
「あははっ、ぼくは姉さんの事なら何でも分かるの。だから隠さなくていいって」
「~~~っ」
真っ赤な顔で俯く少女に、少年は楽しそうに声を立てて笑う。
「姉さんの相手がレヴィン先生なら許してあげるよ。先生は前世の記憶持ってるのかなぁ? 姉さんを見る時の熱い眼差しが隠し切れてないんだよね」
「あ、熱い眼差しって……。――って、先生は前世で私達の知り合いだったんですかっ!?」
「知り合いというか……。――うーん、それは教えない。何か悔しいし。レヴィン先生と上手くいかなくても、ぼくが姉さんの傍にずーっといるから心配しないでね」
「その心配の前にまだ告白もしていませんし、何も始まってもいませんからっ!」
「あははっ」
少年は少女を抱きしめたまま、無邪気な笑い声を響かせる。
少女は澄んだ碧色の瞳を弟に向けると、彼につられて笑ったのだった――
――少年は、とても幸せだった。
大好きな姉と、また“家族”になれて。
産まれてから今まで、ずっと離れず一緒にいられて。
最初から前世の記憶を持っていた自分と違い、彼女はその記憶を欠片も持ち合わせていなかった。
しかし、少年はそれが無くても全く構わなかった。
大切なのは、前世では出来なかった、自分と一緒に作っていく、“二人の想い出”なのだから。
勿論、これからも彼女と離れる気は毛頭ない。
例え、彼女が今世でもまた“彼”と結婚しようとも、だ。
彼が“家族”になるのなら、それもまた嬉しいと、少年は心から思っている。
彼に対して、前世では自分の“兄”のように慕っていたし、彼の事も大好きだから。
けれど、他の男になんて絶対に姉を渡さない。
今まで彼女に寄ってくる男はいたが、全て『排除』し、彼女に近付かせないようにした。
これからもそれは続けていく。
彼女には、自分と彼以外の男は全く必要無い。
一人、彼女を執拗に狙う男がいるが、これ以上しつこくするようなら、【処罰】を与えた後の『排除』を考えている所だ。
(ふふっ……愛しているよ、姉さん。今度こそ、ぼく達はいつまでも一緒だ)
「……さ、行こうか姉さん。下で父さんと母さんがお腹を空かせて待ってるよ」
少年はゆっくりと立ち上がると、微笑みながら少女に向かって手を伸ばす。
少女は笑顔で頷き返すと、自然と少年の方に手を差し出した。
彼は小さく愛しいその手を、もう二度と離さないとするように、しっかりと握りしめたのだった――
Fin.
ここまでお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございました!
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真のヒーローは結局どちらだったのか……
それは、皆様の御想像にお任せ致します。
本編でレヴィンは色々と我慢していたので、結婚した後は、その分彼の溺愛っぷりが凄い事になっているかと……
来世での、セルジュのアーシェルへの異常なシスコンっぷりと執着っぷりも、それはもう凄い事になっているでしょう……
そんな事を妄想しつつ、お読み下さった皆様へ多大な感謝を。
ブックマーク、評価、リアクションをして下さった皆様、やる気を戴き、本当にありがとうございました!




