4.幼き頃の大切な想い出
お昼休みの時間、レヴィンハルトは、ほぼ毎日アーシェルの所に来た。
「いつも学園の購買で買ってるんですか?」
「いや、家から持ってくる。購買で買っていると生徒達が寄ってくるからな。君は購買で?」
「はい」
「少ないな。育ち盛りなんだから、もっと食べた方がいいぞ」
「ふふっ、育ち盛りはもうとっくに過ぎていますよ。それに私、学園で沢山食べ過ぎて結構太りましたよ? とても優しい販売員さんがいて――」
ある日、お昼休みに購買に買いに行ったら、販売係の中年の女性に、
『ちょっと貴女、何その身体っ!? 痩せ過ぎよ、ガリガリじゃないの! もっと太りなさい!!』
と、自分が買った物と一緒に、内緒で大きなパンを一つオマケで付けてくれたのだ。
家ではあまり食べさせて貰えず、残飯やご飯抜きなんて事もざらにあったので、女性の好意が嬉しくて、パンも美味しくて、毎日パンを余分に買って全部食べていたら、いつの間にか身体がふっくらとしてきたのだった。
「もしかして、先生の中で私は小さな子供になっているんですか?」
「いや、そうでなくても君は細いんだから……」
「はいはい、ちゃんと食べますから、先生もちゃんと召し上がって下さいね?」
「む……。生徒に心配されてしまったな」
「ふふっ」
二人の会話も、流れるように自然と出来るようになっていて。
アーシェルは、レヴィンハルトと過ごすこの時間が、自分の中で密かな楽しみになっていた。
女子生徒に人気が高い彼――しかも先生と二人きりの時間を過ごすだなんて、もしもそれが周りに知れたら大変な事になりそうだ。
けれどこの場所を知っている者は皆無だし、万が一見られたとしても、こんな隅っこで独り昼食を食べている生徒をローラン先生が見掛け、心配して様子を見に来てくれたとでも説明すれば大丈夫だろう。
「先生の魔術の授業、魔術が使えない私でも解り易くていつも助かっていますよ。ありがとうございます」
この学園には魔術が使える者が少数いるが、魔術が使えない者でも、知識として覚える為に魔術の授業を受けているのだ。
「そうか。そう言ってくれると嬉しい」
レヴィンハルトは口の端を軽く持ち上げると、鼻の頭を人差し指で掻いた。
(あら……? その仕草は……)
昔、どこかで見た事がある気がする。
自分が子供の頃、誰かが同じ仕草をしていて――
(――あっ!)
細く切れそうな記憶の糸を懸命に手繰り寄せ――そしてハッと思い出した。
あの『男の子』の事を。
(そうです、『あの子』が照れた時にしていた仕草です! 私の大馬鹿者っ! 何で今まで忘れていたんですか、大切なあの子の事を――)
そしてアーシェルは、自然と記憶の中の『男の子』に想いを馳せていた。
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アーシェルがその『男の子』と出逢ったのは、彼女が十歳の時だった。
瞳の事で周りの同年代の子達から苛められ、丘の上で蹲って泣いていると、後ろから声を掛けられた。
「あの……。お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
アーシェルは目に涙を溜めながらゆっくりと振り返る。
そこには、黄金色のフワフワな髪に、青緑色の神秘的な瞳を持つ、とても可愛らしい天使のような男の子が、心配そうにこちらを見ていた。
「お姉ちゃん、辛いことあったの? 『よしよし』しよっか?」
男の子は、アーシェルの返事を待たずに彼女の頭に小さな手を乗せ、拙い動きで撫で始めた。
撫でられた事が無かったアーシェルは、初めての心地良い感触に、自然と目を瞑って男の子のしたいようにさせていた。
「どう? 少しは元気でた?」
「……はい、ありがとうございます……」
「うん、そっか。よかった」
男の子はニッコリと可愛い笑みを見せると、手をそっと離す。
名残惜しげにその手を見ていたアーシェルはハッと気付き、頬を赤らめながら男の子に目を移した。
「あの、慰めてくれてありがとうございます……。君、この辺りで見掛けない子ですね? お名前は何と言うんですか?」
「ぼくはセルジュっていうんだ。となりの国のウォードリッド王国から来たんだよ。ケンカイを広める……だったかな? のために、父上に付いてきたんだ」
「隣国……ウォードリッド王国……」
そう言えば、両親が居間で小声で話していた気がする。
「ウォードリッド王国の国王がこの町に寄るようだ」
……と。
その後は更にコソコソ声になり聞こえなくなったが。
「え……じゃあ、君――あなたは、ウォードリッド王国の王子様!?」
「うん、そうだよ……あ! これナイショにしなきゃいけなかったんだ! だからナイショにしてね?」
セルジュはしまった、という顔をし、両手をわたわたさせた後、口に人差し指を当ててシーッとした。
アーシェルは、その子供らしい可愛い仕草に、思わずクスリと笑ってしまったのだった。