47.最期の時
「………っ!」
アーシェルは一瞬傷付いた表情を浮かべると、すぐに笑みを浮かべた。
それは、明らかに無理している笑顔だった。
「そ、そうですよね……。すみません、我儘を言ってしまって……。今のは忘れて下さい――」
「いや、違う。違うんだ、アーシェル。我儘は幾らでも言っていい。君の我儘なら、叶えられるものは喜んで叶える。それにまだ諦めないでくれ。俺は必ず君を助ける。必ずだ」
「……ありがとう……ございます」
解呪法が無かった今、それが出来ない事が分かっているアーシェルは、いつになく強い口調のレヴィンハルトに弱々しく微笑むと、下を向く。
(レヴィンさんがこの屋敷から出て行ったら、《《もう二度と》》彼に会えない……。私はもう後悔はしたくない……。だから――)
アーシェルは勇気を振り絞り、震える唇を開いた。
「……あの、レヴィンさん……。私、貴方に言っておきたい事があります」
「……あぁ」
「わ、私……レヴィンさんの事が好きです。その……恋愛的な……意味で……。レヴィンさんが私の事何とも想ってないのは分かっています。けど、……言って……おきたくて――」
アーシェルの決死の告白に、レヴィンハルトは銀色の目を見開く。
そして、カタカタと震える彼女の身体を引き寄せ、優しく抱き締めた。
「……ありがとう。俺も、君の事を特別に想っている」
「え……?」
予想外の言葉に、アーシェルが弾かれたようにレヴィンハルトの顔を見上げると、彼は両目を瞑り、首を軽く横に振った。
「……だが、すまない……。正直に言うと、自分の気持ちが分からないんだ。俺の中にはセルジュ殿下の“魂”がいる。もしかしたら、この気持ちは……殿下の君を強く想う心が“影響”しているのではないか……と」
「っ!!」
「だから、もう少し……もう少しだけ待っていてくれないか。この気持ちが、本当に自分の“想い”なのか……分かる時まで」
そう言い、自分を深く抱き込むレヴィンハルトの胸に顔を埋め、アーシェルは小さく頷いた。
「ありがとう。……行ってくる。――アーシェル、必ず戻るから待っていてくれ」
「……はい」
レヴィンハルトはアーシェルの頭を優しく撫でると、そっと彼女の身体を離し、部屋から出て行った。
一人になったアーシェルは、レヴィンハルトの温もりが残る自分の身体を抱きしめると、静かに涙を流したのだった――
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そしてその日から、レヴィンハルトは屋敷に一度も戻らず――アーシェルの寿命が尽きる、一週間後が来てしまった。
「…………」
カーテンの隙間から微かな月明かりが差し込む薄暗い部屋で、アーシェルはベッドの端に座り、柱に掛かる時計をボーッと眺めていた。
「……日付が変わるまで、あと三分……。このお屋敷の皆にお礼の手紙も書きましたし、思い遺す事はありませんね……。――あぁ、でも……結局、セルには会えませんでした……。私が死んだら会えるでしょうか……? ――ううん、いなくても私がセルを捜します。約束しましたものね、セル……?」
アーシェルはそう呟くと、そっと睫毛を伏せる。
「……レヴィンさん、ごめんなさい……。『待っていてくれ』の約束、守れませんでした……。私はもうすぐ――」
アーシェルはそこで言葉を切り、微かに首を左右に振る。
「……出来るなら、もっとレヴィンさんと一緒にいたかったな……。――ふふっ、最後の最期に欲が出てきちゃいました……。まだ死にたくない……なんて……。駄目ですね、私ってば――」
気付けば、アーシェルの瞳からポロポロと涙が溢れていて。
「レヴィンさん……。最期に貴方に一目……会いたかった……。貴方の温かい腕の中で……逝きたかった――」
――そして。
カチリ……と、時計の二つの針が、『十二』の位置で重なった。
「………っ!!」
瞬間、アーシェルの心臓が激しい衝撃を受けたように大きく脈打ち、耐え切れず彼女の意識は漆黒の闇へと呑まれていったのだった――




