46.拒絶
レヴィンハルトがローラン侯爵邸に戻ると、執事が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、レヴィンハルト様」
「あぁ……。アーシェルは? 身体の具合はどうだ?」
「日に何度か吐血しましたが、それ以外は元気に過ごされておりました。ただ、日を増す毎に吐血の回数が増えておりまして。それが見ている側と致しまして、大変心苦しく感じておりました」
「……そうか」
レヴィンハルトが眉間に皺を寄せ唇を噛んでいると、小さな足音が聞こえてきた。
「――あ、あのっ。おかえりなさい、レヴィンさん」
その可愛らしい声にレヴィンは顔を上げ――全身が固まった。
こちらに向かってくるアーシェルの薄茶色の髪は綺麗に結い上げられ、水色のリボンが彼女によく似合っている。
そして、白と薄紫色の均衡がとれた清楚なドレスは、彼女の綺麗な碧色の瞳を引き立たせていて。
「あの……これ、メイドさん達が着させてくれたんです。こんな立派なドレス着たのは初めてで……。何だか照れちゃいます」
はにかむように笑うアーシェルに、レヴィンハルトは彼女から視線が動かせない。
「可愛いでしょう、アーシェル様? もとが可愛いから、こういうお召し物も絶対似合うと思ったんですよ」
「そうそう! 主様、惚けてないで感想言って下さいよ! ほら、か・ん・そ・う!」
後ろから付いてきたメイド達の声に、レヴィンハルトはハッと我に返る。
そして、目を細めてふわり、と微笑んだ。
「――あぁ、とても可愛いな。堪らない」
率直な感想と見惚れる程の微笑みに、アーシェルの顔色が熟したトマトのようになり、メイド達は「きゃーっ」と黄色い声を上げた。
「俺の部屋に行こう、アーシェル。“結果”を伝える」
「……! はい」
アーシェルが真面目な顔で頷くと、レヴィンハルトは彼女の肩をそっと引き寄せ、歩き始める。
「主様、アーシェル様がとっても可愛いからってヘンな事しちゃ駄目ですよ!」
「うるさい」
茶化すメイド達に、レヴィンハルトは後ろを振り向き半目で一言言うと、彼女達の笑い声を聞きながら自分の部屋へと入った。
「苦しくないか?」
「あ……いえ、今は大丈夫です」
「そうか」
レヴィンハルトはアーシェルをソファに座らせると、そのすぐ隣に腰を下ろした。
「結論から言うと、ジェニー・パリッシュが“死の宣告”の呪術を使った証拠が取れ、彼女は城の牢に入った。禁断の呪術を使った上、王族であるセルジュ殿下を殺害した彼女は、釈明も弁解も赦されず、即処刑されるだろう。その家族であるパリッシュ男爵当主も、爵位降格か剥奪、そして多大な罰金を支払う事になる」
「……そうですか……」
アーシェルは俯くと、そっとレヴィンハルトの方を向いた。
「……セルは……まだ目覚めませんか……?」
「……あぁ。呼び掛けても反応が無い。セルジュ殿下は、一度眠ったらなかなか起きなかったからな。“魂”もそうなんだろう」
「ふふっ、そうなんですね」
アーシェルはクスリと笑うと、少し逡巡した後、口を開いた。
「……その、解呪法は……分かりましたか?」
「…………」
険しい顔をしたレヴィンハルトの沈黙に、アーシェルはその答えを察し、再び顔を伏せる。
「……レヴィンさん」
「……あぁ」
「私の寿命は、あと一週間です」
「っ!!」
レヴィンハルトは両目を見開き、俯くアーシェルを見た。
ジェニーの証拠集めに集中していた為、そんなに日数が経っていた事にレヴィンハルトは驚愕し、自責する。
「それは、私しか知りません。このお屋敷のお医者さんにも背中を見せていません。執事さんは、私が血を吐く度、すごく辛そうな顔をして介抱してくれて……。メイドさん達には話していませんが、こんな私に笑顔で話し掛けてくれて、とても良くしてくれて……。皆の悲しむ顔を、私、見たくないから……」
「……アーシェル」
「でも、最期の瞬間は、レヴィンさんに傍にいて貰いたいです。……私の傍に……いて欲しいです……。――駄目、ですか……?」
潤む碧の瞳で見上げられ、レヴィンハルトは言葉に詰まる。
やがて、彼は酷く苦しそうな表情で、首を左右に振った。
「……すまない、それは出来ない……。これからまた出掛けなくてはいけないんだ……。恐らくその日までには……帰って来られない」




